第231話 買い物と孤児院、そして再会

 


 ☆



「ちょっ、こんなに買うのか?!」


 目の前で複数のバスケットに入れられてゆく各種フルーツの山を見て、俺は思わず叫んでしまう。


 その声に振り返り、にっ、と笑うカレーナ。


「あったりまえ。育ちざかりの子どもたちは底なしだからね」


 俺たちは今、新市街の市場に来ていた。


 中央広場に張られた無数のテント。

 ここでは食料品から金物、木工の家具まで、あらゆる食材、日用品が売られている。


『市場に行きたい』というカレーナの目的は、これから赴く孤児院の子どもたちに、おみやげを買っていきたい、というものだった。


「孤児院にいれば飢えることはないけど、甘いものを食べる機会なんてほとんどないからさ」


 そう言って笑う彼女は、自身がそうだったからこそ、その有り難みが分かるのだろう。


「なるほどな」


 俺は少しだけ考え、店主に声をかけた。


「お代はいくらだ?」


「80セルー(約8千円)になります」


「なら、俺が払おう」


 俺が麻袋から硬貨を取り出そうとした時だった。

 カレーナが慌ててそれを止めに入った。


「ちょっ、ちょっと。いいよ、私が出すから」


「お前にはいつも助けられてるからな。こんな時くらいカッコつけさせてくれ」


 そう言った俺に、彼女は首を振った。


「私は、前から孤児院のみんなにこうやって甘いものを差し入れたいと思ってたんだ。––––自分が稼いだお金でね」


「……なるほど。それじゃあ俺が出すのは無粋(ヤボ)だな」


「そうそう。だからさ、ほらっ」


 どさどさっ、と果物の入ったかごを渡される。


「あんたはこれを持ってくれたら十分だよ」


「っつ…………了解した」


 こうして俺たちはかごに溢れんばかりの果物を仕入れて、孤児院に向かったのだった。




 ☆




 孤児院は、王都西部の貧民街の一角にあった。


 元々は教会だったんだろうか。

 お世辞にも綺麗とは言えない古い建物からは、子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。


 俺とカレーナは馬を降り、門の横に繋ぐと、先ほど買った果物のバスケットを馬から下ろした。


「色々あるオルリス教会だけど、こうして孤児院をやってくれてることには感謝してるんだ。両親をなくした私と弟は、ここが無かったら本当にのたれ死んでたかもしれないから」


 カレーナはそう言って笑うと、バスケットを一つ持ち、建物へと向かう。

 俺は残りの二つを肩に担ぐと、その後を追ったのだった。




「カレーナ?! あんた、カレーナじゃないか???」


 扉の前で掃き掃除をしていた老シスターが、彼女に気付き声をかけてくる。


「うん。久しぶりだね、シスター……って、え?!」


 手にしていた箒を放り出し、目を見開いて近寄ってきた老シスターは、そのまま黙ってカレーナを抱きしめた。


「よかった……。本当にあんたなんだね?」


「わ、私は私だよ」


 突然の抱擁に戸惑いながらも、笑みを浮かべるカレーナ。


 シスターの目には、光るものが浮かんでいた。


 彼女はしばらくカレーナを抱きしめると、体を離し、かつて自分が育ててきた少女の顔を見た。


「カレーナ、本当に心配したんだよ? あんたが顔を見せなくなったんで冒険者ギルドで訊いたら『行方不明』って言われて。教会の知り合いに調べてもらったら今度は『犯罪奴隷になった』っていうし。しばらくして手紙が来たと思ったら『辺境で暮らしてる』っていうじゃないか。一体、何があったんだい?!」


 涙を拭いながら詰問する老女。


「ああ、まあ、そのぉ……」


 らしくなく、言いづらそうにこちらにヘルプの視線を送ってくるカレーナ。


 俺は二人の方に歩いて行くと、シスターに声をかける。


「積もる話もあるだろうが、とりあえずこれを置かせてくれ。肩が外れそうだ」


「あらあら! 連れの方がいたんだね!!」


 やっと俺の存在に気づいたシスターは、慌てて扉を開けに行った。




 ☆




 孤児院の中は––––すごかった。

 なんというか、熱量が。


「うわあ! すっごいっ!!」


「これ、カレーナねーちゃんが買って来てくれたの?!」


「早く食べたあい!!」


(こそ〜〜)


「これっ、勝手に持って行くんじゃありません!!」


 ぺちっ


「いてっ!」


 次々に食堂に集まってくる子供たち。

 それを捌きながら、果物を台所に運ぶ中年シスター。


「ほらっ、みんな手を洗っといで! せっかくカレーナが買って来てくれた果物だ。ちゃんと切り分けて美味しくいただくよ!!」


「「はあい!!」」


 老シスターが叫ぶや、一斉に外の井戸に向かって走り出す子供たち。


 ––––どこの世界でも、こういう光景は変わらんな。


 俺がその熱量に圧倒されていた時だった。


「ねーちゃん?!」


 背後から誰かが叫ぶ声が聞こえた。




 振り返ると、食堂の入口に一人の少年が立っていた。


 くすんだ金髪。

 つり目がちな瞳。

 小柄な体躯。


 一目見て、それがカレーナの弟だということが分かる。


「テオっ!」


 カレーナは少年に早足で駆け寄り––––そのまま彼を抱きしめた。


「ごめんねっ。心配させてごめんっ!!」


「ねっ、ねーちゃん、痛いって……」


 恥ずかしいのか、顔を赤くしてそう言った弟くんは、カレーナが体を離すと、上目がちに姉を見る。

 そして––––


「ねーちゃん……無事でよかった」


 今度は弟の方から姉を抱きしめたのだった。



 …………。

 やべ。泣きそう。




 ☆




「この孤児院を預かっている、マーサと申します」


 老シスターが自己紹介すると、その横に座る弟くんが同様に頭を下げる。


「テオバルト・サラン……です」


 子供たちが果物を頬張る長テーブルの反対側の端で、俺とカレーナは院長と弟くん––––テオと向き合っていた。


「こちらの方が、私がお仕えしているボルマン卿です」


 今度はカレーナが俺を紹介する。


 ちらっ、とこちらを見る彼女に俺は頷き、なるべく自然に––––威圧感が出ないように、自己紹介する。


「王国の東の端にあるダルクバルト男爵領から来た。ボルマン・エチゴール・ダルクバルトという者だ。以後、よろしくたのむ」


「「えっ…………」」


 俺の名を聞いた二人の顔が、固まった。





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