第230話 それぞれの王都②
『カレーナに同行してほしい』
そんなエステルの言葉に、俺は「分かった」と頷いた。
元々そのつもりだったし、エステルからの頼み事であれば断る理由もない。
だが、なぜか焦り始めたのはとうのカレーナだった。
「で、でも、ボルマンはエステルの婚約者だし。これは仕事でもないし……」
何を気にしているのか、いじいじと呟く金髪の少女。
そんな彼女を見て、エステルはすっと席を立ち、カレーナのところに行った。
そして、その手をとる。
「カレーナさんは、弟さんに会いに行かれたいのでしょう?」
「う、うん……」
戸惑い頷く金髪少女。
「でしたら、ぜひボルマンさまと行ってらして下さい。わたしに気をつかう必要はありません。カレーナさんはわたしを助けてくださった命の恩人であり、大切な仲間です。今回の機会で、よいお友だちにもなりたいとも思ってます。そんなカレーナさんがわたしのせいで弟さんに会えないなんてことになれば、わたしは自分をゆるせないでしょう」
エステルの穏やかで、でも力強い説得に、カレーナは泣き笑いのような表情をした。
「でも、いいの?」
「はい。もちろんです!」
天使のような笑顔。
可愛い。……というか神々しい。
女神だろうか?
俺は苦笑して言った。
「––––決まったようだな。早速、明日の午前中でいいか? カレーナ」
「……うん。よろしく」
顔を朱くした少女は、もじもじと頷いたのだった。
☆
翌朝。
朝食を終えた俺たちは、ホテル一階のラウンジで互いの今日の予定を伝えあっていた。
「ところで、なんで朝っぱらからお前がいるんだ?」
俺の問いに、向かいに立つ人物が、ふふんと笑った。
「それはもちろん、エステルと王都デートするためよ! ねー、エステル?」
「はいっ。王都の街を歩くのは初めてなので、楽しみです!!」
ドヤ顔で返事を寄越す天災少女と、楽しそうにニコニコ笑うエステル。
まあ、エステルを一人にするのも申し訳なかったので、渡りに舟ではあるのだが。
「それで、どの辺りに行くつもりなんだ?」
俺が尋ねると、エリスは口元に指を当て「んー」と少し考えてから口を開いた。
「そうね……旧市街のブティックを巡って、カフェでランチ、ってとこかしら。エステル、それでいい?」
「はいっ、エリス姉さま」
笑顔で答えるエステル。
この二人、本当に仲のいい姉妹みたいだ。
「––––そうか。なら、ちょうどいいな」
「何が?」
「俺が考えてるコースと被らない、ってこと」
俺はエステルとのデートで、新市街を中心にまわることを考えていた。
「あっそ。それはよかったわ。––––それでね、エステル。うちの若い子に聞いたんだけど、今、王都でとあるスイーツが流行ってるらしいのよ」
もはや眼中にない、とばかりに俺の婚約者と話し始めるエリス。
俺は、ふぅ、と息を吐くと、ジャイルズとスタニエフを振り返った。
「お前たちはどうするんだ?」
「闘技場に行ってくるぜ!!」
俺の質問に間髪を入れず、ご機嫌で返事を返すジャイルズ。
その横でスタニエフがため息をついた。
「闘技場は午後からですよ。午前中は市場などに行ってくる予定です」
「市場調査か?」
「ええ。もちろんそれだけじゃなく、ちゃんと観光もしてきますけどね」
そう言うとスタニエフは、鞄から小冊子を取り出した。
冊子のタイトルは––––
『必見! 王都名所めぐり 〜これで貴方も王都通〜』
「ぶっ」
思わず噴き出す。
「ボルマン様、ちょっと失礼ですよ」
「いや、すまん。おまえもそんなものを買うんだな、と思ってさ」
「それはそうですよ。何事も基本を押さえるのは大事ですから。それにこれは、ボルマン様にも必要でしょう?」
「えっ、俺???」
聞き返した俺の耳元にスタニエフが口を寄せる。
「(まさかエステル嬢を闘技場や冒険者ギルドなんかに連れて行く気じゃありませんよね?)」
「っ!」
確かに、俺もこの世界の王都のことは何も知らない。
なんとなく『市場や食料品店なんかをまわったら、エステルも喜ぶんじゃないかな』と思っていたくらいだ。
「(事前調査と計画づくりは物事の基本ですよ。まして大切な相手とのデートであれば、なおさらです)」
「くっ……!」
まさかスタニエフに、女性関係の指南を受けることになるとはっ!?
「(よかったらこの本、今晩お貸ししますけど?)」
「先生っ、お願いします!!」
俺の声に、仲間たちがぎょっとした顔で振り返ったのだった。
☆
「さて。それじゃあ俺たちも行くとするか」
ラウンジで解散した俺たち。
皆がそれぞれの行き先に向かう中、最後に残った俺とカレーナは顔を見合わせた。
「孤児院は、新市街の西地区だったな」
俺が尋ねると、カレーナは一度「うん」と頷き、
「あ、でもその前に、中央地区の市場に寄りたいんだけど、いいかな?」
と訊いてきた。
「もちろん構わないが……何か買いたいものでもあるのか?」
「うん。ある。––––だから、ちょっとだけ付き合って」
「いいぜ。移動は馬車でいいか?」
「ううん。あんたのところに来て練習して、せっかく乗れるようになったから……できれば一緒に馬で行きたい」
そう言って微笑するカレーナ。
なんか、彼女のこんなに柔らかい笑顔は初めて見る気がするな。
「分かった。––––それじゃあ行こうか。カレーナ嬢?」
俺が差し出した手に一瞬とまどい、やがて自分の手を乗せるカレーナ。
彼女は恥ずかしそうに笑って言った。
「よろしくお願いします。ボルマン卿」
こうして俺たちは、馬で新市街に向かうことになったのだった。
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