第227話 フリード伯爵家の影響力
☆今回は最後にお知らせがあります。
「さあ、ここから先がうちの敷地よ」
エリスを先頭に、大通りの真ん中を進んでいた俺たち。
ある交差点を過ぎたところでおもむろに正面を指差した天災少女に、俺たちは皆で首を傾げた。
「え、ここから先って、どこが?」
代表して尋ねた俺に、エリスは怪訝な顔をする。
「だから『ここ』から先よ」
そう言って今度は足元の道を指差すエリス。
「いや、敷地って…………ここ、道だよな?」
聞き返した俺に、エリスはなにやら「ぷっ」と噴き出し、再び前方を指差した。
「だから、さっきの交差点からこっちの区画は、道を含めて全部うちの敷地なの。––––お分かり?」
「えっ?! 区画全部???」
「そう。右の屋敷も、左の屋敷も、全部うちの所有よ。それを東部の貴族を中心に適宜貸し出してるのよね」
「「ええーーーー?!」」
唖然とする仲間たち。
いや、俺もだが。
「ちょっと待て。確かにフリード伯爵家は王国で一、二を争う大貿易港を持つ、東部随一の家門だが……。それにしても広すぎないか?! 王都で、それも貴族街でこれだけの規模の敷地を持つなんて、単に資金力があるだけじゃ無理だろう???」
馬を進めながら俺が食い下がると、エリスは、
「『たかだか伯爵位なのに』?」
と悪そうな笑みを浮かべて問い返してきた。
俺は一瞬、うぐ、と言葉に詰まり––––頷く。
「ああ、そうだ。『たかだか』とは言わんがな」
この国の貴族は上から順に、王家、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家、騎士爵家と序列がある。
王家は別格として、公爵家から伯爵家までが上級貴族。子爵家と男爵家が下級貴族。騎士爵は一代限りの准貴族という扱いだ。
確かにフリード伯爵家は上級貴族ではあるが、それでも公爵位、侯爵位に次ぐ第三爵位の貴族。
これだけの敷地を王都に持てるほどの政治力があるというのは、信じられない。
俺が首を傾げていると、エリスが、ふふん、と笑った。
「ねえボルマン。貴方、本当に知識が偏ってるわよね。それはうちが古王朝から続く豪族の家系だからよ。貴方の家もそうでしょ? 東部貴族の半分以上が古い豪族の家系で、外からやってきた新王朝の貴族とは明確に区別されてるの」
「区別?」
「ええ。新王朝への合流時に、旧王朝の貴族家の多くが形式上降格になった。公爵、侯爵は伯爵に。伯爵は子爵に。子爵は男爵になったのよ。逆に新王朝由来の貴族は陞爵したわ」
「……その話は、初めて聞くな」
確かに、エチゴール家が古い豪族の家系であることは俺も知っている。
新王朝系の貴族と、旧王朝系の貴族がいることも。
だけどうちは昔から『ダルクバルト男爵家』だ。
要するに、それ以上落としようがなかった、ということか。
エリスは続けた。
「うちの旧王朝での爵位は『辺境伯』で、しかも降嫁によって旧王家との血縁関係もあった。二百年前、西部に上陸して版図を広げてきた新王朝との戦争で疲弊した旧王朝が魔獣の森の大暴走で倒れるにいたって、東部貴族の新王朝への合流を取りまとめたのが、我がバルッサ家だったのよ」
「それは知らなかったな。ボルマンの知識にも、ゲーム『ユグトリア・ノーツ』にも出てこなかった話だ」
俺が呟くと、エリスは苦笑した。
「まあ現王家としては、我が家のおかげでローレンティアを統一できたという借りがあるし、そもそもうちを敵にまわせば東部がごっそり独立しかねないわ。この敷地も旧王朝時代から引き継いでるだけだし、わざわざうちの不興を買ってまで取り上げるメリットもないでしょう」
「なるほど。そういうことか。––––恐れ入ったよ」
今さらだが、どんだけヤバい相手と交渉してたんだろうな。俺。
敵にまわしてたら、完全に終わってたわ。
そんなことを考えて、身震いしたのだった。
☆
「「エリスお嬢様、おかえりなさい!!」」
遠くから俺たちの姿に気づき、急ぎ開門の準備を始めていた兵士たち。
彼らは馬に乗ったエリスが近づくと、びしっ、と気をつけの姿勢で俺たちを出迎えた。
「トム、ベンジャミン、久しぶりね。元気だった?」
エリスがそう声をかけると、二人の兵士は相合を崩した。
「おかげさまでこの通りです。––––ただ、そうですな。しばらくお嬢がいなかったんで、ちょいとばかり退屈な毎日ではありましたな」
ベテランと思しき兵士がそんなことを言うと、隣の若いやつも、うん、うん、と頷く。
「そうそう。旦那さまとお嬢様がいないと、このお屋敷も静かなものです」
「あら。私や父がいたらいたで、みんな大変なんじゃない?」
父親似の人の悪そうな笑顔でそんなことを言うエリス。
だがベテラン兵士は、涼しい顔で返してきた。
「そこはそれ。今さらですな!」
わっはっはっ、と笑う兵士たち。
エリスは苦笑すると、
「しばらくの間、またよろしくね」
そう言って片手をあげて馬を進めた。
エリスを先頭に門をくぐると、ちょうど屋敷からメイド長と思しき中年女性と他数人の使用人が、出迎えに出てきたところだった。
「おかえりなさいませ! エリスお嬢様。お久しゅうございます!!」
「半年ぶりね、パウラ! それに、リタ、ヴィルマ、ルッツ。––––みんな、元気だった?」
「はいっ」「おかげさまで」「見ての通りですよ!」
口々に返事を返す使用人たち。
その顔には一様に自然な笑みが浮かんでいる。
門での兵士たちとのやりとりを見て思ったが、どうやらエリスは近しい使用人たちの顔と名前をすべて覚えているらしい。
そういえば、父親のフリード伯爵もそうだった。
フリード伯爵家の『強さ』は、意外とこういうところにあるのかもしれないな。
そんなことを思っていると、馬から降り使用人たちと談笑していたエリスがこちらを振り返った。
「さて。それじゃあ私はうちの屋敷で休むけど、貴方たちは外の宿に泊まるのよね?」
「ああ。これからフリード伯が手配して下さった宿に向かうつもりだ」
「『ローレントの夜風亭』ね。貴方たちだけじゃ場所が怪しいでしょうから、案内をつけるわ。––––ルッツ。ダルクバルト准男爵と皆を宿まで案内してくれるかしら?」
エリスが先ほどまで談笑していた男性使用人に声をかけると、エリスの馬の手綱をとっていたルッツという名の青年が応えた。
「かしこまりました。お嬢様の馬を借りても?」
「いいわ。『裏道』を案内してあげて」
「かしこまりました!」
一礼したルッツが、軽やかに馬に跨る。
「それでは皆さま。不祥わたくしルッツが皆さまを『ローレントの夜風亭』までご案内いたします」
「ああ、よろしく頼む。……ところで『裏道』ってのはなんのことだ?」
俺の問いに、ルッツは、ちら、とエリスを見た。
思わず俺も視線をそちらにやる。
くだんの天災少女は胸をそらし、にやりと嗤った。
「行けば分かるわ。よろしくね、ルッツ」
「はい。––––それでは皆さま、私について来て下さい」
そう言って馬を巡らせ、屋敷の右手の道を進み始めるルッツ。
「え? おい、門はあっちだぞ???」
尋ねる俺に、先導する青年はにやりと笑った。
「お嬢様から『裏道』を案内するように言われましたので」
「は?」
首を傾げる俺たち。
そんな俺たちに構わず、馬を進めるルッツ。
結局『裏道』が何か分かったのは、俺たちが宿泊する『ローレントの夜風亭』の裏口に到着した後だった。
隣のエステルが曖昧な笑みを俺に向ける。
「ええと……つまり、わたしたちが泊まる宿というのは––––」
「フリード伯爵家の敷地内にある、ってことだな」
俺たちは首をすくめて苦笑したのだった。
☆新作投稿のお知らせ☆
いつも本作をご愛読頂きありがとうございます。
二八乃端月です。
突然ではありますが、一昨年より構想を温めてきた新作の連載を始めました!
タイトル
『やり直し公女の魔導革命 〜処刑された悪役令嬢は滅びる家門を立てなおす〜 遠慮?自重?そんなことより魔導具です!』
https://kakuyomu.jp/works/16817139557742171856
婚約者である王太子の暗殺未遂という無実の罪で処刑された悪役令嬢が、婚約前に巻き戻って家業である魔導具づくりで家門を立て直し、破滅を回避するため奮闘するお話です!
「ロープレ〜」読者の方であればきっと楽しんで頂けるはずです。
ぜひ一度読んでみて下さい。
よろしくお願いします!
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