第228話 ローレントの夜風亭
☆
さて。
そんなこんなでフリード伯爵が予約してくれた『ローレントの夜風亭』に着いた俺たちだったが––––
「こりゃあ、宿というより『宮殿』だな」
俺たちは宿の建物を見上げ、その規模と豪華さに圧倒されていた。
歴史と風格を感じさせる四階建ての本館は、まさに宮殿。
裏口側には本館からつながるダンスホールと思しき建屋があり、その周囲には噴水と広場が設けられ庭園が広がっている。
ぽかん、と口をあけている俺たちに、ここまで案内してくれたルッツ青年が口を開いた。
「この建物は、元々フリード伯爵家の本邸だったんですよ」
「「え…………」」
ルッツの言葉に、固まる俺たち。
「ちょっと待て。ということは、ひょっとしてこの宿のオーナーって––––」
「ああ、いえ、別に伯爵家が経営している訳ではありません。もちろん出資はされてますが」
やっぱり伯爵の資本は入ってるのか。
「元々『ローレントの夜風亭』というのは、ここからそう遠くない場所で営業していた王都で最も長い歴史を持つ高級宿だったんです。が、何度かの増改築を経てさすがに建物が老朽化して手狭になっていたそうで––––そんな時にたまたまフリード邸の新築移転の話が持ち上がって、それで伯爵家と入れ替わりで宿が移転してきた、という経緯ですね」
「「へえ……」」
ルッツの説明を聞いた俺たちは、再び本館の方に目をやる。
と、そこでカレーナが口を開いた。
「え、でも、さっき見た屋敷に比べて、明らかにこっちの方が大きくない?」
たしかに。
先ほどエリスと別れた時に見た彼女の屋敷は、結構な大きさではあったが、ここまでの規模ではなかった。
「わざわざ小さな屋敷を建てて移ったってこと?」
首を傾げるカレーナに、ルッツ青年は笑顔で頷いた。
「おっしゃる通りです。この屋敷は広すぎて逆に不便だったんですよ」
「広すぎて不便?」
理解できない、という顔をするカレーナ。
ついでに、隣のエステルや後ろのジャイルズも首を傾げている。
さすがにスタニエフは納得しているようだったが。
でもまあ、彼女たちの感覚だと実感が湧かないのだろう。
家の管理の経験なんてないだろうし。
俺も前世の実家がボロの一軒家でなければ理解できなかったと思う。
「ご存じの通りフリード伯爵家は旧王家とも血縁関係があり、長きにわたり社交界の一角を担ってきました。それで建設当時はこれほどの規模の居館が必要だったそうなんですが、最近は伯爵家の軸足が貿易や海賊対策に移り、比較して社交の重要性が少なくなってきたそうなんです」
「へえ……」
カレーナやエステルたちがいまいちピンとこない顔をしているので、俺が補足説明のために口を開いた。
「屋敷の規模が大きければそれだけ維持管理に人手が必要だし、これだけの屋敷となると補修にも莫大な金がかかるだろう。使わない部屋や施設が多いならコンパクトな屋敷に移った方がいいし、部屋数を必要とする宿に貸し出す話があるなら、そうした方が有効活用になる、ということだな」
「その通りです」
そこまで説明して、皆はやっと納得した顔になったのだった。
しかし王都に来てから伯爵家の歴史と底力を見せつけられてばかりだな。
単なる東部の有力貴族、という認識は俺もあらためなければならないだろう。
エリスの家に見かけ以上の力があり、伯爵と懇意になれたのは俺たちにとって幸運だった。
これから泊まるのがフリード卿の『息がかかった』宿なのも正直ありがたい。
俺とエステルがフリード卿の屋敷に滞在するのはミエハル子爵との関係上問題だが、この宿であれば政治的な問題を回避できる。
しかも、宿の建物自体はフリード伯爵家所有物ということで、『敵』にとっては何かを仕掛けるハードルも上がるだろう。
(ひょっとして海賊伯は、そういうことを見越して宿を斡旋してくれたのか?)
そんなことを考え、俺は一人苦笑いしたのだった。
☆
乗ってきた馬を預け、ルッツの案内で無事チェックインした俺たち。
これから二週間ほど滞在することになるホテルは、ロビーも広く、とても豪奢な内装だった。
「今回部屋割りは、男組と女組で隣り合った二部屋にしてもらってる。セキュリティを考慮した結果なんで、個室じゃないのはまあ勘弁して欲しい」
俺はカエデに鍵の一本を渡しながら皆に……主に女性陣に向かって説明する。
と、隣のエステルが微笑んだ。
「わたしは構いません。これまでカレーナさんとゆっくりお話しする機会がありませんでしたし、ちょっと楽しみです!」
そう言ってエステルから好意の視線を向けられたカレーナは、
「そっ、そうだね」
……と複雑そうな笑みを浮かべていた。
まあ、彼女にとっては恋敵だもんな。
その渦中にいる身としては他人事ではないが……と言ってできることもない。
とにかくカエデを含め、女子会でもなんでもいいから、仲良くやって欲しいところだ。「宿に押しかける」と宣言しているエリスが、今は頼もしかった。
俺は、ぱん、と軽く手を打った。
「さて。それじゃあ夕飯まで少し時間もあるし、部屋に荷物を置いてしばらく休んでから、併設のレストランに集まることにしよう」
そう言って、皆で部屋に向かったのだった。
☆
「すげえ……!」
窓をあけて顔を出したジャイルズが感嘆の声を漏らした。
吹き込む風に、俺も目を細める。
ジャイルズの言葉には、俺も同意だった。
窓の外には、王都の街並みが広がっていた。大パノラマだ。
傍らのスタニエフが苦笑する。
「相部屋と聞いて一部屋に3つベッドが並んでいるのを想像してたんですが…………まさか『部屋続きのスイートルーム』だとは思いませんでしたね」
「ああ。俺も正直、想定外だ」
フリード卿には『3人相部屋で、隣り合った2部屋』としか要望してなかった。
まさか、王都で最高級の宿のスイートを予約してもらえるとは……!!
スタニエフが笑ったままの顔で呟く。
「ところでこの部屋の代金って、ウチもちなんですかね?」
「…………わからん」
そういえば、宿泊の予算、伯爵に伝えてなかったな……。
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