第225話 王都へ 〜 タルタス卿との契約
アトリエ・トゥールーズは4人の若手芸術家からなる芸術家集団だ。
代表で画家のヘンリック。
装飾細工師のルネ。
小柄で版画が得意な画家、ユールス。
造形専門で大柄な、あご髭老け顔のエクトール。
まとめ役のヘンリックは今このタルタスに戻っていて、先ほど俺たちに目の前のポスターを渡してくれた。
この後は馬車で王都へ向かう予定だ。
ルネはダルクバルト領で、鍛冶屋のオルグレンと協力して封術板の量産化に取り組んでくれている。
では残る二人、ユールスとエクトールはというと、二ヶ月ほど前から王都入りしてもらい、王立歌劇場で背景と大道具担当として働いてもらっていた。
「ちょっと待ってくれ。君は簡単に言うが、歌劇場で働くのだって簡単じゃないはずだ。あそこは芸術家を志す若者には人気の就職先で、昼間は劇場で働きながら自作を作っていこうという人も多いからね。たしかにトゥールーズのメンバーは尖った才能と実力を持っているが、かと言って楽に入れる場所でもないはず。––––私の紹介状は役に立たなかったんだろう?」
怪訝そうに首を傾げるタルタス卿。
そんな彼に俺は微笑して首を振った。
「いえいえ。タルタス卿からお預かりした紹介状はちゃんと役に立ちましたよ。––––たしかに歌劇場では門前払いされましたが、王国芸術院ではうちのメンバー3人が学長さんに面通しさせて頂くことができました」
「学長に?」
「ええ。今の学長さんは、閣下の恩師でいらっしゃるんですよね?」
「ああ、そうだが…………って、ひょっとして学長を頼ったのかい?!」
「はい。さすがにコネ就職は無理そうでしたので、『短期研修の見習い』という形でねじ込んで頂きました。」
「おいおい、あの紹介状ひとつでそこまでやったのか……」
驚き呆れるタルタス男爵。
「一つでも武器があれば、人間なんとでも道を切り開いていけるものですよ」
前世では、名刺だけを武器に新規開拓したこともあった。
あの頃に比べれば、今の俺はよほど恵まれてる。
––––こんなにもたくさんの人に支えられてるんだから。
「ですからユールスとエクトールは今、きちんとした立場で王立歌劇場に入り込んでいます。彼らは研修生として劇場で与えられた仕事をしている訳ですが、しばらく働いていれば、たまたま目の前で演技の稽古が始まることもあるでしょうし、たまたま家に帰ってそれを思い出しながら絵を描くこともあるでしょう––––ということです」
「ううむ……」
ポスターを睨みながら唸るタルタス男爵。
隣からは、
「いや、前者はともかく後者に『たまたま』はないでしょ」
すかさず伯爵令嬢がツッコミを入れてきた。
「まあ細かいことはともかく、そういう経緯でなんとかここまで来ました。ヘンリックに確認したらすでにポスターは十枚ほど出来上がっているそうです。あとは『どこに』掲示するか、というところですね」
俺がそうまとめると、男爵は「ふむ」と頷いた。
「すると君の今日の用件は『このポスターの掲示場所について』か」
「はい。芸術家のパトロンになりそうな貴族や画廊の店主、芸術や美術への造詣が深い人たちが集まりそうな場所について、閣下に心当たりを教えて頂けたら、と。そう思いご相談にあがりました。私の知り合いでその手のことに一番詳しいのは、間違いなく閣下ですから」
なんせ、ご本人が現役のパトロンだからな。
彼以上の相談相手はない。
俺の言葉にタルタス男爵は、ぽん、と手を打った。
「なるほど。この版画はオペラのポスターだが、君たちの目的はオペラの宣伝ではなく『このポスター自体の売り込み』だものな。飾るとすれば芸術愛好家のサロンの方が好ましい、ということか」
「はい。公式ポスターの横に掲示してガチンコ勝負するのも面白そうですが、俺はトゥールーズと彼らの作品を純粋に評価してもらいたいと思ってます。王都には今回の『春の叙任』に合わせて、来週あたりから国中の貴族が集まり始めます。地方貴族が多く宿泊するであろうホテルやレストランにも何軒かは売り込みをかけますが、それだけじゃ足りません。芸術への関心が高い貴族にピンポイントでアピールできる場が必要です。––––今回を逃せば、次に貴族たちが王都に集まるのは来年になります。このチャンスを逃したくないんです!」
男爵の目を見据え、真剣に訴える。
「うーむ…………」
タルタス卿はしばらく考え込んでいたが、やがて––––
「よしっ。これでいこう!」
何らかの結論に達し、顔をあげた。
「なあ、ボルマン君」
「はい、閣下」
「よかったらこのポスター、僕に預けてみないか?」
「えっ?」
意外な申し出。
もともと目の前のポスターは男爵に渡すつもりでヘンリックから受け取って来たのだが、彼は今『預けてみないか』と言った。
つまり彼は『このポスターを使い、自分自身で何かをする』つもりなのだ。
「それはもちろん構いませんが……どうされるんです?」
俺の問いに、にやりと笑うタルタス卿。
「ちょっとした伝手を頼ろうと思うんだ。うまくいくかは分からないが……。あと、販売の窓口となる王都の画廊も紹介しよう。その代わり、よかったら僕もこの『事業』に噛ませてもらえないかな?」
なんと。
まさか男爵から逆提案を受けることになるとは!
俺は後ろに控えるスタニエフを振り返り、目で問う。
するとオネリー商会の商会長は、即座に頷き返し、さっとこちらに近づき、耳打ちをした。
俺は男爵に向き直った。
「分かりました。まずはこのポスターをお預けします。追加で必要であれば、私たちの王都の宿泊先までご連絡ください。また『アトリエ・トゥールーズの作品の販売』について、手数料契約を結ばせて頂く形で構いませんか?」
俺の言葉に、男爵は苦笑した。
「さすがだね。二人とも決断が速い。––––いいよ。その線で条件を詰めよう」
こうして俺たちは、条件を詰め、お互い納得できる条件で契約を結んだのだった。
☆
翌朝。
朝食を終えた俺たちは、タルタスの街を出発した。
久しぶりに通る道を、王都のある西に向かう。
前は馬車だったが、今回は馬での移動だ。
途中、エリスの馬車が盗賊の襲撃を受けていた場所を通り過ぎた。
そこはエリスだけではなく、カレーナとの出会いの場所でもある。……まあ、当時は彼女を少年だと思って疑わなかったが。
隣を行くエステルにその時の話をすると、表情豊かに話を聴いてくれた。
可愛い。
さらにしばらく行くと、ミエハル子爵領に入った。
領都クルスが近づくにつれ、なんだか嫌な空気がまとわりつき始める。
同じことは仲間の多くが感じているようで、それまでちょくちょく会話に混ざっていたひだりちゃん(剣形態)にいたっては「気持ち悪いけぷ」と言って黙り込んでしまった。
おそらく、ギフタル小麦の栽培が関係しているんだろう。
俺たちはクルスの町をそのまま通り過ぎ、二つ先の集落で小休憩すると、さっさとミエハル領を抜けたのだった。
その後も旅程は順調だった。
ヤード伯爵領ドヤドの町で宿泊。
エキノ公爵領エマッテの町を通過。
ダルクバルト領を出発して4日目の午後。
小さな森を抜けたところで、遥か道の先に優美な城を抱く広大な都市の姿が見えたのだった。
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