第224話 王都へ 〜 若手芸術家の売り込み方



 アトリエ・トゥールーズをどう売るか。


 実は半年前、彼らのオリジナル作品を見た時から、頭の中には青写真が出来上がっていた。


 それが『歌劇のポスターで話題をさらう』というアイデアだ。




 彼らは若手ながら、確かな画力、製作力を持っている。

 古典のタッチとルールを守りながら、自分たちの作品を作る応用力も持っている。


 だが俺が初めて彼らの作品を見たときに感じたのは『人物のデフォルメと寓意が非常に上手い!』ということだった。

 言い換えれば『マンガ的』とも言える。


 マンガのはしりと言えば、平安末期から鎌倉時代あたりに描かれたと思しき鳥獣戯画、あるいはルネッサンス期あたりに源流を遡ると思われる新聞の風刺漫画などがあるが、俺が彼らの作品を見て思い浮かべたのは、19世紀の末頃に活躍した二人の画家だった。


 ロートレックとミュシャ。


 ロートレックは『ムーラン・ルージュ』などダンスホールやキャバレーで夜の仕事に携わる女性を独特のタッチで描いた画家で、ポスターという媒体を芸術の域に引き上げたことで知られている。


 ミュシャは星や草花、季節などの意匠を女性に象徴させて描いたイラストレーターで、その淡く柔らかなタッチは日本でも特にファンが多かった。アール・ヌーヴォーを代表する画家である。


 奇しくも同時期のパリで活躍した二人の共通点は『ポスターの製作によってその名を世に知らしめた』ということだろう。


 特に絵柄が似ているという訳ではないのだが、俺はアトリエ・トゥールーズのメンバーの作品に、ロートレックやミュシャに近い匂いを感じとっていた。




 ☆




「なるほど! 考えたね、准男爵。たしかにこれなら彼らの持ち味が生きる。それに表舞台ではほとんど実績のない彼らだ。敷居が低く露出が多い『ポスター』というのは、名前を売るには非常に良い媒体かもしれないな。––––うん。これは素晴らしい一手だよ、ボルマン卿!!」


 若い頃の情熱が目覚めてしまったのか、前のめりにまくし立てるタルタス卿。


 ロートレックやミュシャを参考にしただけの俺は、若干の居心地の悪さを覚え、ぽりぽりと頰をかいた。


「ええ、まあ、そんなとこですね」


 そんな俺をおいてけぼりにして、男爵の芸術談義は続く。


「それになんと言っても素晴らしいのはこのイラストだ。これだけ人物をデフォルメしながら、ちゃんと歌手たちの特徴をとらえてる。表情も、動きも、本物のように……いや、本物以上に生き生きと躍動している。直書きじゃなく、あえて版画としているのも、良い。こんなアートは見たことがないよ! このポスターは、我が国……いや、世界の芸術界に革命を起こすに違いないっ!!」


「そ、そうですね……」


 俺から見ればただのマンガ的表現だが、この世界の人々にとってはきっと真新しいものなのだろう。


 よかったな、トゥールーズの諸君。


 ほら、男爵があまりに興奮してまくし立てるから、エステルもエリスも微笑したまま固まってるぞ。


 と、それまでポスターに見入っていたタルタス卿が、腕組みをしながら顔を上げた。


「しかし、王立歌劇場もよく決断したもんだ。たしかにこのポスターは革新的で素晴らしいが、伝統と格式を重んじるあの劇場が、無名の新人たちを起用するなんてね。一体君は、どんな魔法を使ったんだい?」


 ニマニマと、マジックのたねあかしを待つ少年のような顔をするタルタス男爵。


 そんな彼に俺は、ひと言こう言った。


「いや、別に起用されてないですよ」


「…………………………………………え?」


 固まる男爵。


「だから、このポスターは非公式なものです。別に劇場の許可はとってないですよ」


「ええええええええっ?????!」


 タルタス卿は今度は別な意味で目を丸く……いや、目を飛び出させた。




「実は以前タルタス卿に書いて頂いた紹介状を持たせて、トゥールーズのヘンリック・ジートキワに王立歌劇場に売り込みに行かせたんですけどね。––––門前払いをくらいました」


「え?」


「公式のポスターは、毎回王都のなんとかという有名画家に依頼しているそうで、うちが入り込む余地がなかったんですよねー」


 ははは、と笑う俺。

 ポカンとした顔のタルタス男爵。


「ちょっと。貴方、いつの間にそんなことしてたのよ?」


 傍らのエリスがものすごく微妙そうな顔で尋ねる。


「わたしも、知りませんでした……」


 ちょっと寂しそうなエステル。


「いや、これはエステルたちがうちに来るより前の話だよ。去年の年末頃の話だ。売り込みには失敗したし、その後の指示も出し終わってたから話す機会がなかった。それで今回、説明する意味も含めてこうやって同席してもらってるんだ」


 俺は慌てて彼女たちに弁解する。


「あ、そうだったんですね。ボルマンさまのお気遣いに気づかず申し訳ありません」


 慌てて謝るエステル。

 あせあせする彼女も可愛い。


「いいよ。俺もこれからは早めに言うようにするね」


「ボルマンさま……」


 見つめ合うふたり。


「いやいやいや、ちょっと待ってくれ」


 その時、我に返ったタルタス卿が、頭を抱えながら口を開いた。


 慌てて離れる俺とエステル。




「…………そうするとこの絵は、一体どうやって描いたんだい? 公式に依頼を受けたのでなければ、練習風景も見られないはず。なのにこのポスターでは、出演者たちの表情や演技がこんなにも生き生きと描かれてる。どこか他のところで俳優や歌手の顔を確認できたとしても、このポスターみたいには描けないはずだ。それともこの絵は、トゥールーズの想像で描いたものなのかな?」


 心底わからない、というように首を傾げる男爵。


 そんな彼に、俺は今度こそ本当にたねあかしをする。


「仰るとおり、いくらトゥールーズが才能に溢れていても、実際の舞台を見ずにそれを製作するのは不可能でした」


「じゃあ、一体どうやったんだい? 部外者が練習風景を見学するなんてできないだろうに」


「ええ。たしかに『部外者』が舞台練習を見るのは難しいでしょうね」


 さらりとそう答える俺。

 その答えに、男爵の顔が引き攣る。


「ま、まさか……」


 俺はにやりと笑った。


「トゥールーズのメンバーは四人。うち二人ほどは現在、王立歌劇場に出稼ぎに行ってもらってます」


 ぶっ、と男爵が噴き出した。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る