第220話 銃の威力、婚約者の威力
高威力すぎて、固定台ごと試作銃が宙を舞った一発目の試射。
一応、20mほど先に的として廃棄予定の鎧を置いてあったのだが、弾は擦りもせずどこかに飛んでいってしまった。
「まあ、あの反動じゃあ当たる訳ないわな。とりあえず被害が出なかっただけ、よしとしようか」
そう言って振り返ると、ふい、とエリスがあさっての方向に視線を逸らした。
はは。
マズった自覚はあるんだな。
幸い封術板を格納した箱の方は無事みたいだし、威力調整して銃身交換したら二発目の試射、いってみようか。
☆
「それじゃあ、二発目いくぞー!」
俺が手をあげると、後方から「OKでーす!!」というジャイルズの返事が返ってくる。
ちなみに今回は、封術板を交換して威力を手持ちの範囲では最小に絞ってある。
俺は二回目のカウントダウンを始めた。
「……5、4、3、2、1、ファイア!!」
ひもを引く。
ドンッ!!
––パァン!!
銃身が火を噴くと同時に、銃口の先20mに置いてあったボロ鎧が揺れた。
「よおしっ!!」
思わずガッツポーズする俺。
「「おおっっ!!!!」」
背後でも歓声をあがる。
見たところ威力は適正。
台座もわずかにしか動いていない。
さらに的にまで当てられているから、まず成功と言っていいだろう。
大盾の陰から出た仲間たちが、わらわらと鎧の方に歩いてゆく。
そして––––
「「おお……!」」
鎧を囲んだ者たちがざわめいた。
結果から言おう。
二発目の弾は、見事に鎧を撃ち抜いていた。
それも、古びているとはいえ板金鎧(プレートメイル)の腹側と背中側に丸い穴をあけて。
貫通である。
「……とんでもない威力ね」
カレーナがボソリと呟いた。
隣のスタニエフが頷く。
「たしかに。こんなものが量産されれば、戦場のあり様は一変します」
「ふふ。ふふふふふ……。これがあれば、帝国の連中も……」
不気味な笑みを浮かべるエリス。
そんな彼女に、そっと腕をまわしたのはエステルだった。
皆がその威力に騒然となる中、茫然として鎧を見つめる少年が二人。
ジャイルズとリードである。
騎士に憧れ、自ら騎士たらんと考えている二人。
騎士の象徴が剣であるなら、小銃は近代の象徴と言えるかもしれない。
「ジャイルズ」
声をかけると、騎士志望の少年は、ビクッとして振り向いた。
「ボルマン様」
青ざめた顔の領地防衛隊隊長。
俺はそんな彼の背中を叩いた。
「道具は道具だ。誰が、なんのために使うかが大事なんじゃないか?」
考え込むジャイルズ。
彼はもう一度銃の方を見て、
「…………はい!」
力強く頷いたのだった。
☆
鎧に人が集まる一方で、銃の方には開発陣が集まっていた。
鍛冶屋のオルグレンに、装飾細工師のルネ。それに木製銃床の製作を依頼したティナの父、弓職人のダリルだ。
そこに、俺とエリス、それにエステルが合流する。
俺たちが来たときには、すでに銃は台座から取り外され、分解され始めていた。
「損傷の具合はどうだ?」
俺が声をかけると、銃身の筒の内側を覗きこんでいたオルグレンが顔を上げた。
「いいぜ。銃身には問題ナシだ。これなら百発撃っても大丈夫だろう」
そう言いながら、俺に銃身を手渡してくる。
両手で受け取った銃身は、ずしりと重い。
かろうじて片手で持てるくらいだろうか。
「どれ、よっこらせ、っと」
俺は筒の先を持ち上げ、穴を覗き込んだ。
と、なるほど。
内側に傷がついた様子もなく、向こう側の青空が見える。
覗き込んでいる方の内側にはネジがきってあるが、それも潰れた様子はなかった。
余談だが、この銃身端の雌ネジには栓となる雄ネジが噛み合い『尾栓』と呼ばれる構造になって銃身端を閉塞するのだが、前世日本ではこの尾栓……特に雌ネジの製造方法が長年にわたり謎とされていた。
鉄砲伝来当時、日本にはネジの製造技術も、概念すらもなかったからだ。
尾栓は火縄銃にとってとても大切な役割を果たす。
使用後の火薬の残滓などを清掃して取り除くために必要不可欠な構造だった。
栓となる雄ネジについては、糸を巻きつけてネジ山の形を作り、ヤスリで削りだしたのであろうということで概ね合意されている。
が、銃身端の雌ネジについては様々な議論が飛び交い、実に半世紀以上にわたって結論が出ないままであった。
近年では、残存する様々な文献や鍛冶道具、実銃の金属組織の分析から、概ね二通りの方法で製作されてきたことが分かっている。
一つは、雄ネジを型とした熱間鍛造。
もう一つは、現代のハンドタップに似たネジ切り器を使った方法だ。
鉄砲伝来当時の方法がどちらであったのかは未だに不明だ。
が、とりあえず今回俺とオルグレンは前者の熱間鍛造で尾栓を作ることにして、実際に製作に成功したのだった。
「ダリル、お前が担当した部分で、何か気づいたことはあるか?」
俺は銃身を鍛冶屋に返すと、隣で杖を置いて地面に座り込み、自らが作った銃床を抱えて考え込んでいるティナの父親に声をかけた。
「ああ、ボルマン様」
本職で木を扱っている、というだけで俺に銃床製作を依頼されてしまった弓職人は、顔をゆるめて俺を見た。
「強度自体は問題なさそうです。あとはバランスどりですね。さじ加減で命中精度も変わってくるでしょう」
「弓職人のお前に、こんなものを依頼してすまなかったな」
ダリルは東大陸、北方の森に隣接する村の出身だ。
弓に対する思い入れも強いだろう。
––––そう思って謝ったのだが。
意外なことにベテランの弓職人は首を横に振った。
「とんでもありません。娘と一緒に安心して住める場所と、仕事を与えて下さったボルマン様には感謝しかありません」
そういえば彼ら親子は、帝国から逃げ続けて、こんな田舎の領地まで流れ着いたんだったな。
ダリルはさらに言葉を続ける。
「それにこの『銃』が普及すれば、狩りの道具も弓から銃に置き換わってゆくでしょう。その最初の開発に弓職人である私が関わることになったのは、もはや何かの巡り合わせとしか思えません。持ちやすくバランスの良い道具が狩人の相棒となるのは、おそらく変わらないでしょうから。––––改めてお礼申し上げます。私をこの仕事に携わらせて頂き、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げるダリル。
その言葉に感極まってしまった俺は、
「こちらこそ、引き続きよろしく頼むぞ」
とだけ言って、そこから逃げ出したのだった。
「エリス、ルネ、そっちはどうだ?」
弱まった涙腺をなんとか締め直した俺は、今度は封術板を格納する箱を開けていた女子二人組に声をかけた。
二人はそれぞれ封術板を手に観察していたが、すぐにこちらを振り返る。
「––––悪くないわね。最初の強烈なのを含めて二回衝撃が加わってるはずだけど、ほとんど歪んでないわ」
そう言ってエリスはにやりと笑った。
そこにルネが続く。
「箱を二重にして内箱をバネで固定したのと、外箱と内箱の間をゼリーで満たしたのが、よかったんだと思います」
それを聞いた俺は、思わずにんまりして隣に立つエステルを見た。
「?」
くい、と首を傾げるエステル。
俺は彼女に言った。
「君のおかげだな」
「っ! そんな、わたしなんて……」
もじもじと恥じらうエステル。
なんだこの可愛い生きものは。
「いや、本当に。エステルが提案してくれたアイデアがなきゃ、多分一発目の試射で使いものにならなくなってただろう。––––ありがとうな」
「……お役に立てたのであれば、なによりです」
頬をそめて微笑むエステル。
なんだろう。
うちの嫁は天使だろうか?
そう。
実は今回の試作銃開発にはエステルも関わっている。
しかもかなり重要な部分で。
箱の間をゼラチンから作ったゼリーで満たすのは、なんと彼女のアイデアだった。
封術陣を刻んだ封術板は、非常に繊細な部品だ。
封術陣が歪むと封術の発動効率が悪くなり、ひどいと発動すらしなくなる。
その封術板を銃の衝撃からいかに守るかということは、今回の開発において非常に大きな問題だった。
関係者を集めた会議でも、バネを使用した箱の二重化の案はすんなり決まったものの『それだけでは十分ではないだろう』ということで、いくつもの案が検討されては消えていった。
出尽くす意見。
漂う閉塞感。
頭を抱える開発者たち。
そんな中、控えめに手をあげた少女がいた。
エステルである。
彼女は言った。
「あの、衝撃をやわらげるのであれば、ゼリーを入れてみてはいかがでしょうか?」と。
そのひと言が、今回の実験の成功に結びついたのだ。
うちの嫁は天使……いや、幸運の女神に違いなかった。
☆
「よし。銃にも問題ないようだから、このまま耐久試験に移るぞ!!」
俺の号令に、仲間たちが動きだす。
バラしていた試作銃を組み立て、台座に固定する。
発射は引き続き、責任を持って俺が担当した。
今日のために用意した弾丸は、二百発。
その全てを撃ち尽くす頃には、標的のプレートメイルは穴だらけになり、陽は傾き始めていた。
そう。
俺たちが作った銃は、最後まで使用に耐えたのだ。
再分解した銃身に傷はなく、封術板にも変形はない。
俺たちは肩を叩きあって喜びあった。
その日この世界に、定められた運命を塗り替える、新たな武器が誕生した。
☆いつも本作を応援頂きありがとうございます。
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以上、ご報告でした。
引き続き本作ともども応援をよろしくお願い致します!!
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