第219話 スパイ対策と試射……試爆?!

 

「まがたま、ですか?」


 手をとった俺に、きょとんとした顔で首を傾げるエステル。


 可愛い。

 死ぬ。尊死する。


 ––––いやいやいや。

 それは今は置いとこう。


「ねえ、ボルマン。ちゃんと説明して」


 エリスからも注文が飛ぶ。


 二人のリアクションを見る限り、どうも話が全く伝わらなかったらしい。


 ……そりゃそうか。

 自分の頭の中だけで考えをこねくり回してたからな。


「つまり『遺跡の封印を解く鍵は、カエデ本人じゃなくて、カエデが持っていた特別な勾玉(まがたま)と呪文だった』って話にするんだ。ラムズとジクサーはカエデからその勾玉を奪い、呪文を聞き出して自分たちだけで奥に進んだ––––そういうストーリーでどうだろうか?」


 俺が皆に問うと、四人はそれぞれ違った反応を返してきた。


「なるほどね」


 そう言ってエリスが紅茶を口に運ぶ横で、エステルがしばし考え、俺の目を見る。


「……たしかに、それならわたしたちを足手まといとして置いてゆく理由になると思います」


 一方、カエデは難しい顔をしていた。


「アキツの皇族や祭祀関係者が聞けば、虚偽であると見抜かれるかと」


「よく分からないですー」


 最後のは、まあ、いいだろう。




 俺はカエデに問うた。


「やっぱり分かるか?」


「はい。少なくとも不思議に思うはずです。勾玉はユグナリアとの繋がりを保つ媒体であって、そのものが術式的な力を持つ訳ではありませんから。……ただ、即座に『虚偽である』と言い切れる人間は限られるとも思いますが」


 なるほど。


「ならいいさ。どうせ疑われるんだ。あの二人を行方不明扱いにしておけば、それだけで敵を惑わすことができる。せいぜい時間を稼がせてもらおう」


 そう言ってにやりと笑った俺に、エリスが呆れたように首を振った。


「貴方って、本当に悪知恵がはたらくわよね」


「お褒めにあずかり光栄です。エリスお嬢様」


「いや、褒めてないから」


 即座にツッコミを入れる天災少女。


「まあとりあえず、子爵への報告はそれでいこう。あとは、そっちの侍女の話だな」


 そう言って彼女に目をやると、ナターリエは「私ですかあ?」と苦笑して首を傾げたのだった。




 ☆




 その後俺たちは、ナターリエの任務について話し合った。


 まずは、エリスを守ること。当然これが最優先だ。


 次に、カエデと協力してエステルやカレーナを敵の間諜から守ること。これも優先順位が高い。


 そして三つ目は、エリスの研究と技術の盗難を防ぐこと。これは今後の武器開発の上での最重要事項となる。


「魔導銃の威力を知れば、フリード伯爵も封術研究所への出費を惜しまないだろう。研究所さえ建ってしまえば、そこのセキュリティを固めることでかなりの防犯対策ができる。––––が、問題はそれまでどうするかだ」


「そこでまた『ホームセキュリティ』な訳ね。……やっぱり私の負担が大きい気がしてきたわ」


 エリスが不機嫌そうにこちらを一瞥する。


「せっかくの研究を帝国に盗まれてもいいなら、別に構わないが?」


「ああ、もうっ、やるわよ! ––––ナターリエ、向こうが盗みに入ることを前提に封術具を作るから、開発に協力しなさい」


「? ええと、よく分からないけど、分かりましたー」


 分かっているのか、いないのか。

 ニコニコと笑みを浮かべて答える侍女に、俺は言った。


「今話したように、君の仕事は俺の仲間と技術を『守る』ことだ。送り込まれてくる者から情報を引き出す必要はないから、極力エリスの侍女として普通に働いて欲しい」


「分かりました。怪しまれるような言動は慎みますー」


「まあそれはそれとして、何か新しい情報を掴んだら、すぐにエリスに報告するように」


「すぐに報告しますー」


 ……本当に分かってるのかね、この娘は。


 天然そうな笑みを返す侍女に、少々不安になった打ち合わせだった。




 ☆




 それからしばらく、俺は仕事に忙殺されていた。


 ミエハル子爵への手紙を書き、エリスやルネと封術道具の打合せをし、ダリルにも仕事を与える。

 スタニエフとは、王都でのプレゼンの準備を進めていた。


 もちろん防衛隊の朝練(ブートキャンプ)にも毎日参加している。

 ジャイルズや俺にとっては日課となっている訓練も、まだ低レベルの主人公リードにはキツいようで、時々ゲーゲーやっている。

 自分も半年前はああだったな、と思うとなんか懐かしい。


 俺たちの隣では、エステルとティナがカエデの指導を受ける。

 神祀りの術と、薙刀と弓。

 半年間続けてきただけあってエステルは慣れたものだが、こちらも初めてのティナは青い顔をしていた。


 そんな日々。

 だが、当然ながら変化は訪れる。


 ミエハル子爵家から新たにメイド長を派遣する旨の手紙が届いたその日、俺たちは郊外の練兵場に集まっていた。




 ☆




「それじゃあ、いくぞ」


 俺が振り返ると、集まった仲間と関係者たちは、並べられた大楯の裏に隠れたまま頷いた。


 ちなみに俺は『それ』の一番近くにいる。

 ひもを引き、動作させる役目だからだ。


 一応、俺自身も大楯を構えているが、こんなものは気休めに過ぎない。

 なんせ核となる部分は天災少女の設計だからな。

 性能は十分。

 ……いや、むしろ過剰性能(オーバースペック)である気しかしない。


 『それ』は、木製の台座の上に固定されていた。


 片方の端に箱がついた、鋼鉄製の筒。

 俺が手にしているひもは、その箱に繋がっている。


 空いている左手をあげた。


「カウント! 」


 大声で叫ぶ。


「……5、4、3、2、1、ファイア!!」


 俺がひもを引いた次の瞬間––––


 カチッ ドガァンッッ!!!!


 筒の先端が爆発した。


「っ!!」


 筒の先から噴き出す強烈な閃光と爆炎。

 ビリビリと大楯を震わせる衝撃波。

 そして、固定した台座ごと宙を舞う試作銃。


 俺は咄嗟に大楯に身を隠す。


 やがて––––


 ガンッ、ガンッ、ガシャン、と、何かが落下し転がる音がした。


「おいおいおい……」


 わずかに煙が漂う中、大楯の陰から出てみると、銃を固定した台座は後方に10メートルほど飛んでひっくり返っていた。


 …………。

 一応、台座の脚には重りを括りつけてあったんだがな。

 無駄だったな。




「おーい、エリス!」


 俺が振り返ると、天災少女は珍しくバツが悪そうな顔で大楯の陰から姿を現した。


 同時に出てきた関係者たちが「すごい」とか「ヤベー」とか言いながら、わらわらと試作銃の方に歩いて行く。


「……なによ?」


 俺の前まで来て立ち止まったエリスが、目を逸らしながら訊き返す。


「威力はできる限り抑えてくれ、と言ったはずだが?」


「封術板の加工と多重化で、変換効率がもっと落ちるかと思ったのよ」


 こいつは……。

 やっぱり確信犯か。


 ただ今の話だと、変換効率が悪くなることを見越してあの出力にした、ということだから、


「じゃあ、まだ威力をしぼる余地はある、ってことだな?」


「ええ、まあ、そうね」


 さらに視線を逸らしてゆくエリス。


 俺は思わず噴き出した。


「まあ、いいさ。幸いなことに銃身にはまだ予備があるし。ちなみに、今ここで調整するなんてことは––––」


「できるわ」


 食い気味に言ったエリスは、ポケットから3枚の封術板を取り出した。


「威力調整用の板を入れ替えれば、あと二段階落とせるし、一段階上げられる」


「さすが、準備がいい!」


 俺が褒めると、彼女はやっと視線を合わせてきた。


「お礼はあとでルネに言うことね。あの子の細工の腕は、大したものだわ」


「そうだな」


 そんな話をしている時だった。


「おーい、坊ちゃん! ちょっといいですかい?」


 転がった試作銃の傍らに片ひざをつき、様子を見ていた鍛冶屋の親父が、俺を呼んだ。




「どうした?」


 歩いて行って声をかけると、鍛冶屋のオルグレンは俺を振り返って言った。


「これを見てくれ」


 彼が手に持って指し示したのは、試作銃の銃身。

 その外見は、見たところ何も変わっていない。


 だが、変わっていないことに俺は驚いた。


「まさか、あの爆発に耐えたのか?!」


「内側にキズがある可能性はあるが、とりあえずこいつはあの爆発に一発は耐えたことになる。––––こいつぁ、すごい。時代が変わるぜ?」


 俺の問いに、オルグレンはニヤリと笑ったのだった。








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