第218話 エリスの侍女とダミーアイテム

 

 ☆侍女の年齢を十七、八に訂正しました。




 こちらに走ってきて、何もないところで派手にすっ転んだ旅装の女性。


 彼女は俺たちを見て『お嬢さま』と叫んだ。


「……残念。俺は男だ」


 ぼそり、と言った一言に、隣のエステルが噴き出した。

 くすくすと笑う婚約者。


 どうやらツボにはまったらしい。

 そんなに面白かっただろうか?


「なにバカ言ってるのよ」


 背後から冷たい声が聞こえる。

 まあ、これが普通の反応だよな。


 俺はブリザードのように冷たいツッコミを入れた伯爵令嬢を振り返った。


「それはともかく、あれってお前の関係者じゃないのか?」


 俺の問いかけに、エリスお嬢様はすごく微妙な顔をした。


「貴方から話を聞いて『ひょっとしたら』って思ってたけど、よくない予感が当たったわね」


「『よくない予感』って、どういうことですかぁ? せっかくはるばる一人で来たのに、ひどいですー」


 地べたに這いつくばったまま顔をあげ、ぶー垂れる女性。


 エリスはため息を吐くと馬から降り、彼女のところに歩いて行く。


 栗色の髪を後ろで結いたその女性は、慌てて起き上がりエリスに歩み寄った。


「お嬢さまっ、ご無沙汰してますー!」


「久しぶりね、ナターリエ」


「はいっ! この度旦那さまより、お嬢さまに侍女として仕えるよう仰せつかりましたあ」


「やっぱりそうなのね。…………まあたしかに、色んなことを勘案すれば今回は貴女が適任かもしれないわね」


 エリスは困ったような笑顔を浮かべると、はるばる一人で派遣されてきた侍女に向き直った。


「これからよろしくね、ナターリエ」


「お嬢さま……」


 うるうると瞳を潤ませる侍女。

 エリスは、馬を降りた俺たちを振り返った。




「ダルクバルト准男爵(※)、エステル嬢。紹介するわ。我がバルッサ家に仕える騎士家の娘、ナターリエよ」

 ※男爵家嫡男に対する敬称。


 と、侍女はその場で俺たちに向かって姿勢を正し、スカートの端をつまんでカーテシーで礼をする。


「ボルマン・エチゴール・ダルクバルト准男爵閣下、エステル・クルシタ・ミエハル様。この度、エリスお嬢様に侍女としてお仕えすることになりました、ナターリエ・ベルンハルトと申します」


 先ほどまでのヘニャヘニャが嘘のようにしっかりした挨拶をするエリスの侍女。

 彼女の本来の仕事は間諜のはずだが、伯爵令嬢の侍女を任されるだけあって、一応礼儀作法を叩き込まれているらしい。


 俺は『どっちが本当の姿なんだろうな』と思いながら、頷いた。


「話は聞いている。というか、フリード閣下に君の派遣をお願いしたのは俺だからな。詳細はあとで話すが、よろしく頼む」


「よろしくね、ナターリエさん」


 隣で微笑むエステル。

 エリスの侍女は、再び礼で応える。


「こちらこそ、よろしくお願い致しますー」


 なんか、あっという間にヘニャヘニャモードに戻ってた。




 とりあえずナターリエにも馬車に乗ってもらい、俺たちはエチゴールの屋敷に向かうことにする。


 出発するときに、こそっと門の兵士に先ほどナターリエと何を揉めてたのかを訊いたら、こんな答えが返ってきた。


「その……『領主様のお屋敷にどうやって行けばいいか分からないから、案内して欲しい』って言われたんです」


「案内ぃ???」


「はい。ただ私も持ち場を離れるわけにいかないのでお断りしたら『自分は方向音痴で、街の真ん中で乗り合い馬車を降りたのに気がつけばここまで来てしまった。なんとかならないか』って粘られたんです」


 なんじゃそりゃ。


 ちなみにペント中心の乗降場からうちの屋敷までは、徒歩で7、8分。

 ほぼ一本道だ。


 果たして本当に極度の方向音痴なのか、それともうちの領兵の練度を見るためにそんなことを言ったのか。

 判断がつきかねるな。


 そんなことを考えているうちに、屋敷に到着した。




 ☆




 エステルたちは彼女の屋敷に戻り、リードとティナ親子は子分ズに頼んで使用人宿舎に案内してもらう。


 荷解きやらが必要な者もいることだし、とりあえず今日のところは一度解散だ。


 そんな中、俺はと言えば自室に戻ってホームセキュリティ関係の開発に必要なものを洗い出し、ポンチ絵などを描いていた。


 が、今日は朝から色々あってさすがに疲れたのか、気がつくとデスクに張り付いたまま寝落ちしていたのだった。 




 ☆




 夕食後。

 俺はエステル邸の談話室にいた。


 部屋には中央のテーブルを囲むように、エステル、エリス、カエデ、ナターリエがソファに腰掛けており、俺の説明に耳を傾けている。


 ちなみに俺たちの前に置かれた紅茶は、カエデが淹れなおしたものだ。


 その前に「私の腕の見せどころですねー!」と張り切って紅茶を淹れようとしたナターリエは、見事にティーポットをひっくり返しおった。


 頭が痛い、というように額に手をやるエリス。

 あれを見る限り、ナターリエはマジもんのおっちょこちょいとしか思えないんだが。




「……というわけで、エステル誘拐の話がここまで領内に広まっている中で間諜が送り込まれてくれば、この件をミエハル子爵に隠し通すのは不可能だろう。まずは手紙で一報を入れ、簡単に君の無事について報告しようと思うんだけど、いいかな?」


「はい。お願いします」


 俺の目を見て頷くエステル。


「カエデも、構わないか?」


「もちろん構いません。––––が、そうすると事の顛末についての説明が必要になるかと思いますが、そちらはどのようにされるのですか?」


 そう、そこの問題がある。


 実際にはラムズとジクサーは俺たちによって討伐されている訳だが、そんな情報が伝われば俺たちは帝国に脅威認定されてしまうだろう。


 そうなれば新たな刺客か特殊部隊でも送り込まれ、良くて暗殺、場合によっては領地ごと更地にされかねない。


 ゲーム『ユグトリア・ノーツ』でやられたように。




「帝国には、俺たちが奴らを排除したことは伏せる」


 俺の言葉に、エリスが怪訝な顔をする。


「『伏せる』って……簡単に言うけど、本当にそんなことできるの?」


「前に話したストーリーで行こうと思う。––––俺たちが連中を追って遺跡に潜ると『水天の間』の扉が閉められ、その前に手足を縛られたエステルとカエデがいた……ってやつな」


「それで、あの二人はどこへ?」


「扉の向こうに消えたことにする」


「なんでカエデたちを置いていったの?」


「そ、それは……扉が開いてカエデが用済みになったから」


「扉の奥に、さらに封印された扉があったらどうするのよ」


「うぐぅ」


 エリスから投げられる矢継ぎ早の質問に、音をあげる。


 たしかに、今の説明ではエステルとカエデを置いていく理由がない。


 なんせ遺跡は世界中にいくつもあるのだ。

 例えテルナ湖の遺跡の封印をカエデが全て解いたとしても、彼女の価値は無くならない。

 縄を切って逃げるリスクを考えれば、置き去りにして良いことなど何もないのだ。


 つまりこのストーリーで通すなら、カエデが力を失うなり、奴らが封印を解く『代わりの何か』を手に入れるなりといった事情が必要になる。


「……………」


 俺は考え込んだ。


 カエデが力を失った、というのは説明として納得し辛い。

 せめて目に見える何かがないと。


 では、『代わりの何かを手に入れた』というのはどうだろう。

 どこで、何を、手に入れたのか。

 遺跡で、『鍵』を?


 いやいや。

 出来の悪いRPGじゃあるまいし、遺跡の奥の扉を開く鍵が、遺跡の手前の部屋に落ちてるはずがない。


 じゃあ、どんな設定だったら受け入れやすい?




「……………」


 俺は天井を睨んだ。


 視線の先には、白い天井。

 そしてその向こうには、2階のエステルの部屋がある。


 ほんの一週間前、捜査のために入らせてもらった彼女の寝室。

 その部屋は、彼女のイメージ通りの可愛らしい部屋で––––


「……あ」


 俺の口から漏れた間の抜けた声に、エリスが反応した。


「何よ?」


 俺は天井を見つめたまま呟いた。


「あったわ。『鍵』になりそうなアイテム」


「?」


 可愛い顔で小さく首を傾げるエステル。


「勾玉(まがたま)だ。アキツ国製の勾玉だよ、エステル! あれならカエデから取り上げる遺跡の『鍵』としてうってつけだ!!」


 俺は彼女の手を握り、そう叫んだのだった。








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