第217話 それぞれの役割

 

「『ホームセキュリティ』? なによそれ。普通に警備するのと何が違うの??」


 俺が口にした言葉に、エリスが胡散臭げな視線を投げかけてくる。


「何が違う、と訊かれると困るんだが……」


 どう説明したものか、と思案する。


 エリスのイメージする『普通に警備』は、要するに当直の兵士がいて定期的に巡回するあれだろう。


 それに対して俺の頭の中にあるのは、霊長類最強的な女子が目からビームを……って違う!


 ––––いや、まあ、そう違わないか。


 俺が考えているのは、昔で言えば鳴子。

 現代で言えば、赤外線センサーやマグネットセンサー、音響センサーなどの情報を受けて警報を出す、いわゆる機械警備というやつだ。


「財政的に余裕のないうちで警備の人間を増やすのは難しいだろ。だったら罠をしかけておいて、賊がそれに引っかかったら警報を鳴らして、警備の人間に合図がいくような仕組みを作りたい。––––それが俺の言う『ホームセキュリティ』だ」


「罠って、虎バサミみたいなやつ?」


 首を傾げるジャイルズ。

 俺は「良い質問だ」と頷いた。


「狩りで使う罠はそれ単独で獲物を捕まえるのが目的だけど、俺が言ってるのは警報装置だな。例えば庭にベルがぶら下がった糸を張っておいて、侵入者が足を引っかけたら音が鳴るようなやつ。……ちょっと必要な要件を書き出してみようか」


 そう言ってスタニエフを見ると、うちの商会長はすでに懐から紙とペンを取り出していて、


「どうぞ」


 と、こちらに向けて頷いてみせた。


 さすがスタニエフ。

 有能すぎて笑ってしまう。




 ☆




「ざっと、こんなところか」


 思いつくまま口にしたことをスタニエフがメモし、最後に優先順位づけをする。


 その結果、ホームセキュリティに必要な要件は次のようなものになった。


 ①センサーによる無人監視

 ②警報装置による警報発令と、警備担当者への通報

 ③警備担当者による現場急行

 ④犯人の捕縛

 ⑤センサーの作動記録


 ……まあ、現代の機械警備とほとんど変わらんわな。


「これらの要件を満たすよう、皆で分担して早急にシステムづくりを行いたい」


 そう言って皆を見回す。

 すると、


「ねえ。これって、私の負担が大きくない?」


 エリスが顔を顰めた。


「そこだけ見れば、そうだな。センサーと警備装置の開発がこいつの要だ。ただ、資源の調達や設置と運用まで考えれば、そうでもないぞ?」


「調達と設置と運用?」


「ああ。封術道具の材料や領地防衛隊関係の備品の手配はスタニエフだし、センサーを屋敷のどこに設置するかは隠密持ちのカレーナじゃないと検討できないだろう。同様に、ジャイルズには防衛隊の訓練と組織化。カエデには敵を殺さずに無力化する方法を防衛隊に伝授してもらわなきゃならない。……あ、エステルとティナの神祀りの修行もあるな」


 そうやって並べたてると、エリスは「うっ」とか呻いて首をすくめた。


「それとも、お前には荷が重いか? エリスならできると思ったから、こういう提案をしてるんだが。それにこの件で開発する技術は、ほとんどそのまま対帝国用兵器にも転用できるんだけどな」


「なっ…………このくらい、もちろん作れるわよ! ––––いいわ。やってやろうじゃない!!」


 軽く煽ってやると、天災少女は見事に釣れた。

 うむ。大漁だな。


 ちなみに今言ったことは嘘じゃない。


 警備用センサーの技術はレーダーや近接信管、誘導弾に繋がるし、警報装置を発展させていけば最終的に広域自動警戒管制システムになるだろう。


 千里の道も一歩から、だ。

 未来は明るい。


 俺が内心ニマニマしていた時だった。


「あの……わたしもなにかお手伝いできないでしょうか?」


 傍らのエステルが、悲しそうに小さく手をあげた。




「わたしには、みなさんのように際立った技術はありません。ですが、それでも、皆さんのお役に立ちたいんです」


 必死でそう訴えるエステル。

 そんな彼女を見て、俺は『しまった』と思った。


 先ほどの説明で、彼女だけ役割の説明をしなかった。

 それはこれから頼もうと思っていることがあるからだけど、結果として彼女のことをスルーする形になってしまっていた。


 ここ最近は少しずつ自信が芽生えてきてはいるものの、基本的にエステルは自己評価が低い。


 『ミエハル子爵家の子ブタ姫』。


 長い間、周囲からそう馬鹿にされ、家族にも蔑ろにされてきたのだ。当然といえば当然だろう。


 薙刀にしろ、神祀りにしろ、お菓子づくりにしろ、彼女の技術はすでに相当な域に達している。

 だが、彼女自身はそう思っていない。

 まだまだだと思っているのだ。


 そんな彼女が、皆が役割を明確にされる中で自分だけ言及されない状況に置かれたのだ。

 そりゃあ『自分は期待されていない』と思ってしまうだろう。


 もう少し、配慮すべきだったな。




 俺は彼女に向き直ると、まっすぐその目を見た。

 透明な薄いブルーの瞳が、俺を見つめている。


 俺は彼女に謝った。


「ごめん、エステル。君にはある意味一番大変なことを頼まなきゃならない」


「大変なこと、ですか?」


 突然の謝罪に、目をぱちくりさせる婚約者。

 俺は「ああ」と頷いた。


「知っての通り、俺たちは今いくつもの取り組みを同時に進めてる。正直なところ、最近は自分でも何がなんだか分からなくなることがあるんだ」


 これは本当のことだ。

 並行して考えないといけないことが多すぎて、進捗管理ができない。


「そこで君には、俺の補佐をやってもらいたい」


「補佐、ですか?」


「そうだ。具体的には、各プロジェクトについて進捗を管理したり、俺のスケジュール管理なんかをお願いしたいんだ。当然、かなりの時間を俺にはりついて仕事してもらうから、ジャムづくりとの両立の負担は相当なものになるだろう。––––だがそれでも、これは君にしか頼めない。将来的にうちの家のことを管理する立場になる、君にしか頼めないし、君にやってもらわなければならないことなんだ」


 そう説明した。


 かなりの無茶ぶりであることは理解している。

 彼女は彼女で、ダルクバルトの名産品となるジャムづくりというやっかいな仕事を抱えているのだから。


 それでも、彼女には頼まざるを得ない。

 俺ひとりでこれだけ沢山のプロジェクトを切りまわすのは、そろそろ限界だった。


 エステルは俺の様子に驚いたような顔をしていた。

 が、やがて––––


「わかりました。至らぬことも多いとは思いますが、がんばらせて頂きますね」


 そう言って、天使のように微笑んだ。




 ☆




 その後。

 カレーナが遅い昼食をとり終わった頃、屋敷にリードが顔を出した。


 曰く、ティナとダリルの馬車の準備ができたらしい。


 俺たちが馬をつれて村の西門に向かうと、1台の幌馬車が出発の準備を整えていて、その周りに多くの村人が集まっていた。


「ボルマン様が来られたぞ!」


 村の若い衆が周囲に声をかけ、俺たちが通る道ができる。

 その間を通って馬車までたどり着くと、そこには4名の人間が俺たちを待っていた。


「ボルマン様、これからどうぞよろしくお願い致します」


 そう言って頭を下げたのは、松葉杖をついたティナの父親、ダリルだ。

 隣に立つティナも一緒に頭を下げる。


「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 俺が頷くと、今度は女性と娘が前へ進み出た。

 闊達そうな美人と、俺よりふたつみっつ年下と思われる少女。

 彼女たちと面識はない。

 が、娘の方はボルマンの記憶の中に該当するものがあった。


「ボルマン様、私は––––」


「リードの母君だな。お初にお目にかかる」


 俺が会釈すると、女性は目を丸くした。


「私のことをご存じなんですか?」


「いや。だが、そこの娘がリードの妹なのは知ってるさ。ティナとよく遊んでいただろう」


 びくっ、と緊張した顔でこちらを窺う妹。


 彼女もリードやティナと同じく俺を毛嫌いしていて、何度か『ひとでなしっ!』とか叫ばれたことがあったな。––––ボルマンが。


「よくご存じなんですね」


「まあ、リードとはけんか友達みたいなもんだからな」


 そう言って苦笑すると、傍らのリードは引き攣り笑いをしていた。

 そして、続ける。


「息子さんをしばらくお借りする。なるべく守るようにはするが、民のために剣をふるってもらうこともあるだろう」


「分かってますわ。この子の父親は領兵でしたし、この子の兄も剣を持つ仕事に就いております。覚悟はできてますから」


 そう言うと、リードの母親は深々と頭を下げた。


「息子を、リードを、どうかお願い致します」


 ゲーム『ユグトリア・ノーツ』の主人公リード。

 その母親もちょこちょこと彼を起こしたり、ご飯を作ったりしているシーンで見ることがあったが、印象深いのはやはり出発前日の夜のシーンだろう。


 旅に出ることに当初反対しながらも、最後には『あなたが信じる道を行きなさい』と励まし、送り出す母親。


 きっと昨晩も、そんなやりとりがあったのだろう。

 俺は彼女の目を見て、頷いた。


「責任をもって預かろう」


「はいっ」


 その目には、光るものがあった。




 ☆




 こうして俺たちはオフェル村を出発し、ペントへの帰路についた。

 早駆けすれば30分の道のりを、馬車を護衛しながら1時間かけて領都に向かう。


 途中現れたワイルドドッグたちを切り捨て、そのまま進む。


 そうしてペントの北門が見える頃には、空は朱に染まり始めていた。




「……ん? なんだありゃあ」


 門を守る領兵が、何やら旅装の女性に話しかけられ、困ったような顔をしている。


 なんだろう。

 争っているわけじゃないようだが。


「おい、どうしたんだ?」


 馬上から声をかけると、兵士は俺を見てほっとしたような顔をした。


「あっ! お疲れさまです、ボルマン様。実は、この女性が……」


 兵士が説明しようとした時だった。

 こちらを振り向いた女性が、叫んだ。


「お嬢さまっ!!!!」


 そう言ってこちらに向けて走ってくる、十七、八と思われる女性。


 彼女は俺たちのところまで走ってくると––––


「あっ!?」


 ベシャッ


 目の前で派手にすっ転んだ。








☆なかなかコメントに返信できずにすみません。並行連載している「くたびれ中年と星詠みの少女」が7/5の書籍版発売に向けて準備中で手が回らない状態です。


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