第221話 密偵とのかけひき〜エステル無双

 


 ☆



 封術銃の試射から数日後のこと。

 うちの屋敷に、一人の来訪者があった。


 ある意味、俺たちの予想通りの人物。

 そしてクルシタ家の予告通りの者が現れた訳だ。


 エステル邸のメイド長。

 つまり、帝国の密偵である。


 豚父(ゴウツーク)に着任の挨拶をした彼女は、エステル邸の客間に集まった俺の仲間と使用人たちを前に立礼した。




「ミエハル子爵様より本邸のメイド長を申しつけられて参りました、コリンナ・ウッソ・イスパーダと申します」


 ダークブラウンの髪を後ろで短くまとめた美女は、その整った顔に微笑を浮かべ、正面に座るエステルを見た。


 彼女の視線を、いくらかの緊張をもって受け止めるエステル。


「エステル・クルシタ・ミエハルです。コリンナ嬢、遠いところをよくお越し下さいました」


 そう言って微笑む婚約者。

 そんな彼女に、新メイド長はさらに微笑みを返す。


「エステル様。私は騎士爵家の娘とはいえ、クルシタ家の使用人に過ぎません。ただ『コリンナ』とお呼び下さい」


「そうですか。それでは、これからよろしくお願いしますね。コリンナ」


「こちらこそよろしくお願い致します」


 再び立礼するコリンナ。

 その姿は洗練されていて、彼女の育ちの良さを感じさせる。


 ––––もちろんそれは『作られた』ものなのだろうが。




 彼女は今、あえてフルネームを名乗った。

 ウッソは家名、イスパーダは領地の名だ。


 これにより、自分が貴族、または王国から領地の代官を命じられた准貴族の家門の者であることを仄めかし、エステルから『コリンナ嬢』という言葉を引き出した。


 さらに自らを『騎士爵家の娘』と紹介するサービスっぷり。

 本当に『コリンナ』と呼んで欲しければ、ただそう名乗ればよかったはずなのに。


 つまり、今の一連のやりとりには、自分が騎士爵家の娘であることを皆に知らしめる意図があったと考えられる。


 他の使用人たちに対してマウントをとり、ことによっては俺を牽制する。


 そんな意図だ。


(なかなかやるじゃないか)


 俺は思わずにやりと笑った。




 そんな俺の思考はさておき、挨拶は進んでゆく。

 エステルは言葉を続けた。


「コリンナ。この邸宅には、長期滞在中のわたしのお友達を含め、日々様々な方が出入りされます。また、わたしの命で動いている者もいます。主な人たちを紹介しますから、失礼のないようにお願いしますね」


 にこっと笑い、新任のメイド長にそんな言葉をかける婚約者。

 幼いながら、なかなかしっかりした女主人の貫禄である。

 そんなエステルの言葉にコリンナは、


「……かしこまりました」


 わずかな間のあと、そう言って頭を下げる。


 きっと彼女は、今のひと言でエステルが話の主導権を握ったことに気づいたのだろう。


『あなたの出自はともかく、この屋敷には自分(エステル)が出入りを許した者、自分の代理として動いている者たちがいる。その人たちを軽んじることはゆるさない』


 エステルの言葉を分かりやすく翻訳すると、こんなところだろうか。


 なかなか強烈である。

 笑顔で、丁寧な言葉で、極太のクギを刺す。


 無垢で可憐な彼女は、一体いつの間にこんな交渉術を身につけたのだろう?

 実に謎である。


 うちの婚約者が優秀すぎる件。




 そんなことを思いながら彼女を見ていると、視線に気づいたエステルは頬を赤らめ、どぎまぎしながら俺を紹介した。


「ま、まず紹介するのは、わたしの婚約者のボルマンさまです。ボルマンさまの言葉は、わたしの言葉だと思って聴いてください」


 エステルの紹介を受けた俺は、やや尊大にふんぞり返る。


「ボルマンだ。俺はダルクバルト男爵家の跡継ぎでエステルの婚約者だからな。彼女の言う通り、この屋敷の主同様に仕えるように」


「……承知致しました。よろしくお願い申し上げます。ボルマン様」


 一瞬、血の気がひいたように見えたコリンナは、すぐにその顔に笑顔を貼り付けなおし、頭を下げた。


 エステルは紹介を続ける。


「次に、わたしの無二の親友であり、この邸宅に長期で滞在されている、エリス姉さまです」


「エリス・バルッサ・フリードよ。騎士爵家の者なら、細かい説明は不要よね?」


 エステルに紹介されたエリスは、腕を組み、俺に勝るとも劣らない不遜な態度と笑みで若いメイド長を威圧した。


「言うまでもありませんが、お姉さまに何かあれば家門同士の外交問題に直結します。エリス姉様の本邸への滞在は、フリード伯爵家、ダルクバルト男爵家、そしてわたしの三者合意に基づくものです。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」


「っ……。かしこまりました」


 エステルのクギの刺し方がエグい。


 コリンナの笑顔は相変わらずだが、なんかあぶら汗が浮いてるように見えるぞ。おい。




 紹介は、さらに続く。


「わたしの侍女のカエデと、エリス姉様の侍女のナターリエさんです」


 並んで立礼する二人。


「カエデは亡きお母さまの遺言で、わたしが彼女に暇を出す日まで、わたしの専属侍女であることを約束されています。その遺言は、お母さまの実家、王国西部のグラッツェル伯爵家に正式に認められたものです」


「えっ、そうなの?!」


 初めて耳にする情報に、思わずエステルに聞き返す。


「はい。ですから実家でも、わたしの侍女はずっと変わらず彼女だったんです」


 にっこりと笑顔を返す婚約者。


 なるほど。

 それでカエデさんはあれだけ強気に、自由に動けているのか。


 要するに、カエデの雇用についてミエハル子爵には云々する権利はない。


 エステルを守るために彼女の母親が遺した、絶対(アンタッチャブル)の盾。

 彼女がどれだけ母親から愛されていたのかが分かるな。


 エステルはコリンナに微笑んだ。


「『カエデは、常にわたしの代理人である』。そう思って頂ければ幸いです」


「……か、かしこまりました」


 やめたげてー

 コリンナさんはもう瀕死よー?!




 ☆




 その後、ナターリエがフリード伯爵家から正式に派遣されてきた侍女であることが説明され、これまたアンタッチャブルであることが念押しされた。


 さらに俺の子分ズの紹介、エステル邸の使用人たちの紹介が続き、終わるころにはコリンナは真っ白に燃えつきていた。


「……というわけで、これからよろしくお願いしますね」


 にっこりと微笑むエステル。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いしますわ」


 ゲッソリした顔で引き攣った笑みを浮かべるコリンナ。


 まさに『エステル無双』。


 そう呼ぶしかない光景だった。




 ☆




 それから数日間はいたって平和に過ぎた。


 コリンナに動く気配はなく、俺たちは間近にせまった王都への出立に向け、各種開発を進めていた。


 そんなある日の夜。


 ジリリリリリリリリリリリリリリリッ!!


 誰もが寝静まった丑三つ時に、けたたましいベルの音が俺の部屋に響き渡った。








☆いつも応援頂きありがとうございます。


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