第203話 海賊伯との交渉
「具体的には?」
フリード伯爵が短く問う。
「ミエハルの執事の監視と、彼の素性調査。ミエハル子爵の動向。エルバキア帝国全体の動向と、皇太子直属の工作機関についての調査です」
欲しい情報を並べ立てると、伯爵は含むような目で俺を見た。
「ずいぶんと欲の張ったことだな」
「最終的には、貴領と機密情報の共有について包括的な協定を結びたいとも思ってます」
「はあ?」
エリスの父親は『何を言ってるんだ』と言うように眉をひそめた。
☆
フリード伯爵家への、ミエハル・エルバキア関連情報の提供依頼。そしてその後に控える機密情報共有協定の下地づくり。
それが今回、俺が自らフリード伯爵領の領都フリーデンまで足を運んだ目的だ。
特に前者については、すぐに、なんとしても協力を取り付けなければならない。
カレーナに危ない橋を渡らせ続けるわけにはいかないから。
とはいえ、機密情報に関する協力は下手をすると単純な派兵依頼よりもセンシティブで難しい問題だ。
なぜなら情報共有により、提携相手に自らの手の内を晒すことになるから。そして情報の外部漏洩リスクが跳ね上がるからだ。
例えば、ある情報が漏れたとする。
するとそこから、『誰が』、『どうやって』、『どういう意図で』収集した情報なのかを推測するのはそう難しくない。
つまり情報収集者の『次の一手』が読めてしまう。
そういう事情で、機密情報の共有は非常にハードルが高い問題だ。
実際、伯爵の反応は渋かった。
「ボルマンよ。それは些か難しい話だな」
俺を見据えるフリード伯爵。
その視線を、真っ向から受け止める。
「与えるものに比べ得るものは少なく、リスクが高過ぎる。ミエハルの執事が帝国の間諜であることを調べ上げた貴様の力は認めよう。だが、万一共有した情報が漏れれば、我が領は直接的に帝国の脅威に晒されるおそれがある。港湾都市であるこのフリーデンは、海から攻撃されれば甚大な被害を被るだろう。その時、貴様はどうやって責任をとるつもりだ?」
「どうせこのままいけば、前に閣下が仰っていた10年を待たず、数年で帝国の世界侵攻が始まります。であれば、情報共有でもなんでもして、帝国に備えるべきではありませんか?」
俺の言葉に、伯爵は皮肉げな笑みを浮かべた。
「俺に協力を求めるほど情報収集能力が不足しているはずの貴様に、なぜそんなことが分かる? 大体、時間をかけて確実に勢力を広げてきた現皇帝がそんなに拙速に侵攻を早めるとは思えんが」
「現皇帝はそうでしょう。ですが次の皇帝はどうでしょうか」
「現皇帝に健康不安の話はないはずだが?」
「クーデターにより暗殺されれば、話は変わります」
伯爵は目を細めた。
「先ほど貴様は、皇太子の情報も必要だと言ったな。……皇太子がクーデターを計画しているのか?」
その問いに、俺は内心で冷や汗をかく。
俺の未来の見通しは、ゲーム『ユグトリア・ノーツ』を根拠にしている。
この世界における『皇太子によるクーデター計画』の証拠を握っているわけじゃない。
だからここは、ハッタリをかますしかない。
俺は、キッと顔を上げた。
「はい。その力を得るための遺跡調査です。皇太子は封印された邪神ユーグナ……アキツ国で言うところの大精霊ユグナリアを復活させ、その力を背景にクーデターを起こして帝国を掌握し、世界の征服を目論んでいます。今、ユグナリア復活に必要な『武具』の一つは私が握っており、他の武具は世界各地の遺跡に封印されています。それらの遺跡の封印を解くことができる二人の者……カエデ皇女と、『古き森の民』の王女の血を引くティナは、ダルクバルトで保護しております。分かりますか? 皇太子の野望を実現する全ての鍵が、俺の手の中にあるんです」
両のこぶしを握り、必死で訴える。
そんな俺を黙って睨みつけるフリード伯爵。
明らかに疑っている目だ。
「嘘だと思われるなら、エリス嬢に訊いてみて下さい。彼女には俺が知るほとんどの情報を話してありますし、彼女自身も皇太子配下の工作員と交戦しています。奴らがゴブリンを人為的に狂化させ操っていたこと、創生神と言われるオルリスの力で自ら凶悪な化け物に変化して襲ってきたことを含め、丁寧に証言してくれるはずです」
「おい、ちょっと待て」
早口でまくし立てる俺を、伯爵は唸るような声で制止した。
「ゴブリンを人為的に狂化、だと?」
「はい。具体的な方法は分かりませんが、奴らは動物を人為的に狂化し操っていました。ケイマン殿から報告を受けておられるでしょうが、我がオフェル村を襲った狂化ゴブリンたちは『群れで』行動していました。……ああ、カエデ皇女によれば、ギフタル小麦を栽培していると近隣に住む人間も狂化するそうですよ」
「は?! ギフタルの栽培で人間が狂化???」
「ええ。彼女曰く『ミエハル領で狂化する村人が出るのは時間の問題』とか。……これは嘘か本当か分かりませんが、化け物に変化した賊に言わせれば『狂化はオルリスの力への適応障害』だそうです」
「なんと、そんなことが……」
ここにきて、視線を落とし考え込む伯爵。
まだ疑心でいっぱいだろうが、少しずつ俺の言葉を信じ始めているように見える。
実は俺は、話の中に意図的に伯爵が知らないであろう関連情報を大量に盛り込んで話していた。
相手との関係にもよるし加減が難しいところだが、この方法で奇想天外な話でも、ある程度の説得力を持たせることができる。
伯爵の反応を見る限り、一定の効果があったようだ。
「話を、戻していいですか?」
俺の言葉に伯爵はわずかに顔を上げ、不機嫌そうに小さく頷き返す。
「賊がミエハルの執事に宛てて出した手紙には、おそらくカエデ皇女のことが書かれていたと思われます。––––彼女が遺跡の封印を解く『鍵』であると」
「まあ、そうだろうな」
「残念ながら、これで彼女の秘密が帝国に漏れました。きわめて近い時期に、帝国の魔の手は再びダルクバルトに伸びるでしょう。俺は、守るべき者のために、帝国と戦わなければなりません」
言葉にしてみて、あらためて感じるその重み。
そう。
俺にはもう、迷っている時間はない。
「そのためには、敵の情報と、敵を圧倒できる武器が必要です。武器については、すでに俺とエリスで封術を用いた極めて強力な新型武器の開発を進めています」
「封術を用いた武器?」
「はい。来月王都でお会いする際にはプロトタイプをお見せするつもりです。伯爵にはその製造方法と効果的な運用方法を無償で公開させて頂きます」
「はっ、ただで作り方を教えるだと?」
「はい。その代わり伯爵には、俺では手の回らない諜報についてご協力頂きたい」
俺は姿勢を正し、伯爵を見据えた。
「今後うちで開発する兵器の全面的な情報開示と、フリード伯爵家による安全保障関係情報の共有。それが俺から閣下への提案です」
俺の言葉に、海賊伯は険しい顔で「ううむ」と唸った。
☆2022/2/27
家族を守るため、自分たちの未来を守るために、それぞれの方法で戦われているウクライナの方々に、強い連帯の意を表します。
また自らの死を受け入れて首都に留まり、国民を支え続けるゼレンスキー大統領と首脳部の皆さんに、最大限の敬意を表します。
一刻も早く、この最悪の事態が解決することを祈っております。
二八乃端月
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