第204話 海賊伯の忠告、そして悪寒

 

「その『新型武器』というのは、どんなものだ?」


 しばし考え込んだのち、フリード伯爵は口を開いた。


「封術を使って高速で鉛玉を撃ち出す飛び道具です。装填が早く、射程距離の長いクロスボウをイメージして下さい」


 そう言って俺は懐から紙を取り出し、ペンを借りてその場でさらさらと絵を描いてみせた。


「鋼の筒の先から鉛玉を入れ、筒の中で威力を抑えた『爆轟(エクスプロージョン)』を発生させて弾丸を撃ち出します」


 目を細め、渡された絵に見入る伯爵。


「……こんな封術武器は、見たことも聞いたこともないな」


 封術があるおかげで、この世界の火砲の発達は遅れている。

 というか、火薬そのものがほとんど認知されていない。


「おそらく帝国でもいまだ開発には至っていないはずです。鹵獲されれば短期間で模倣されるでしょうが……」


 かつて火縄銃……マッチロック式マスケットが種子島に伝来した際、現地の刀鍛冶たちは一年ほどで複製に成功したと聞いたことがある。


 この世界のエルバキア帝国の技術を考えれば、さほど変わらない期間で複製してしまうだろう。

 もちろん、技術の秘匿についてはできる限りの対策を施すつもりだが。


「帝国も持っていない強力な武器を、エリスとお前が作っている、と?」


 訝しげな顔をする伯爵。

 俺は「まだ開発段階ですけどね」と微笑した。




「射撃速度はベテランの弓兵に劣りますが、短期間の訓練で誰にでも扱えて、20秒に一発は撃てます。有効射程は200m。50mの距離でプレートメイルの貫通を目指してます」


 たしかフリントロック(火打ち石)式マスケットで大体そのくらいだったはず。

 消費エネルギー次第だが、封力石の交換なしで何発か撃てるようであれば、点火薬の充填動作がない分、射撃間隔はさらに短くできる。


「なかなか野心的だな。まだプロトタイプも完成してないんだろ?」


「ええ。ですが諸々の検討結果を合わせて考えると、最低でもそのくらいの性能にはなるかと。封術技術としては『できる』と我が国最高の封術研究者が言ってます」


「エリスか……」


 フリード伯爵は目を細めて考え込んだ。

 やがて、口を開く。


「あいつが言ってるならそうなんだろう。……来月には実物を見られるんだな?」


「はい。試作品ですのでみてくれは悪いかもしれませんが、性能を評価頂けるものをお持ちします」


「お前がホラを吹いている可能性もあるが?」


 伯爵は試すような目でこちらを見る。

 俺は余裕をもって微笑んでみせた。


「これまでの実績を振り返って頂ければ、あらためて私の信用についてご説明する必要があるとは思えませんね」


「ぶっ……ぶはははははははは!!」


 豪快に爆笑する海賊伯。

 笑い終わると伯爵は、再びドスの効いた笑みで俺を睨んだ。


「言うじゃねえか。確かに貴様の実績は十分だ。エリスの件にしろ今回の派兵の件にしろ、貴様は大風呂敷を広げることなく期待以上の成果を出している。今さらそこを云々言っても仕方ねえな」


 うん。この人はこういうのが好きだよね。

 知ってた。


「……よかろう。とりあえず来月会うまでは、ミエハルと帝国に関する情報収集について協力してやろう。以後の機密情報共有については、その新型武器とやらの出来次第で考えてやらんこともない」


 伯爵はそう言ってにやりと笑った。




「ご協力に感謝します!」


 俺が勢いよく頭を下げると、伯爵は少しだけ声のトーンを変えて言葉を続けた。


「だがボルマンよ。分かっているか? 包括的に機密情報を共有するということは、前提として同盟関係になるということだ。政治、経済、軍事、全てについて一蓮托生ということになる。俺とお前との間の秘密協定とするにしても、今後貴様は政治的には俺を支持し、フリード領が外敵から攻撃されれば出兵を求められることもあるだろう。その点についてはちゃんと考えているか?」


 まるで人生の先輩のような口調で、そう尋ねる伯爵。

 そこに普段感じられる威厳や威圧感はない。

 むしろ俺を心配しているようにすら感じられる。


 ひょっとするとこれが彼の『素』なのかも、とそんなことを思った。


 俺はしばし考え、口を開いた。


「どのみち帝国による世界侵攻が始まれば、戦うか隷属するかしか選択肢はありません。ローレンティア王国という枠組みすら無価値になるでしょう。ましてそれ以前に帝国の影から領地と大切な人たちを守ろうとするなら、信頼できる仲間が必要です。一蓮托生、望むところです。そうでなければむしろこちらが不安になります」


 そう言い切る。

 すると伯爵は、ふっ、と笑った。


「愚問だったな。お前がそこまで腹を決めているなら、俺ももはや何も言うまい。……すぐに実務的な打合せに入ろう」


 伯爵はハンドベルを鳴らすと、執事を呼んだのだった。




 ☆




 この世界の執事は、どうやら自身が仕える家の諜報についても掌握しているものらしい。

 すごいな、執事。


 この城で何度か見かけたことのある穏やかそうな老執事は、伯爵の指示を聞いて恭しく頭を下げた。


「かしこまりました。それではミエハル領の人員を増やし、ボルマン様の配下の方と監視を交代致します。また帝国の皇太子と傘下機関についても情報収集を進めます」


 顔を上げたロアムという名の執事は、今度は俺に一礼した。


「ボルマン様。配下の方の滞在先などは分かりますでしょうか?」


「実は連絡待ちなんだ。おそらく明後日には、ダルクバルトに手紙が届くと思うんだが……」


 すると執事は微笑した。


「それでは、配下の方の特徴を教えて頂けますでしょうか? こちらでも探させて頂きますので」


「名前はカレーナ。短めの金髪の小柄な少女で、確か14歳になるはずだ」


 俺の言葉に、ロアムは目を丸くした。


「14歳……でございますか」


「ああ。ただ高レベルの『隠密』スキル持ちだから、探してもすぐには見つからないかもしれない。あとで彼女宛の手紙を書くから、それをうまく使ってくれ」


「かしこまりました」


 老執事は、再び一礼した。




 その時だった。

 何の拍子か、ふと頭の中で繋がったものがあった。


 カレーナ。

 ミエハルの執事。

 エリス。

 馬車の襲撃。


 どくん、と心臓が震える。

 まさかそんなはずは……


 今まで俺は、例の馬車襲撃事件は、ミエハル子爵が隣領のタルタス男爵領を乗っ取らんがために起こしたものだと思っていた。


 だが、それは本当に正しいんだろうか?


 ミエハルの執事は、帝国の間諜だった。

 エリスは王国東部の有力貴族の娘で、天才として名高い封術研究者。だがそのベースとなっているのは帝国流封術だ。

 そしてエリスとカレーナは半年だけだが、王立封術院の在籍期間が被っている。


 盗賊が襲撃した相手がエリスだったのは、果たして偶然だったのか?


 ミエハルの執事は、なぜわざわざカレーナに指名依頼を出してまで盗賊の一味に合流させたんだ?


 背筋を、冷たいものが走った。




 俺はフリード伯爵に向き直った。


「ところで閣下。エリス嬢を襲った盗賊の件ですが、黒幕は分かりましたか?」


「……いや。残念ながら確実な証拠までは掴めてない」


 顔をしかめ、首を振る伯爵。

 俺は不気味な悪寒を感じながら、伯爵に言った。


「少しだけ、聞いて頂きたい話があります」








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