第202話 海賊伯への報告

 

「突然の訪問となり申し訳ありません。そして先日の領軍派遣につき、閣下のご厚情にあらためてお礼申し上げます」


 内心で冷や汗をかきながら、再びこうべをたれる。

 前回はエリス同伴だったのでいくらか気楽だったが、今日は俺一人。否が応でも緊張してしまう。


 そんな俺に、エリスの父親––––ジャックス・バルッサ・フリード伯爵は、ふん、と鼻で笑って見せた。


「構わんさ。犠牲者はゼロ。出兵期間は一週間足らず。おまけに皆たんまり土産を買い込んで帰って来やがった。貴様の手腕も知れたし、兵たちにも良い演習旅行になったさ」


 面白そうに片頬を上げる伯爵。

 いや、ただ面白がってるだけなんだろうが、笑うだけで迫力あるんだよな。このおっさん。


「恐縮です」


「まあ、それはいい。それより本題に入れ。貴様が前触れもなく一人で顔を出したんだ。何か急ぎの話があるんだろ?」


 伯爵はドスの効いた笑みを浮かべながら俺を見た。


 お見通し、ということか。

 俺は息を吐き、頷いた。


「……はい。まずは今回の事件のあらましをご説明させて下さい」


「それは、先の手紙に書いてあった以外のことか?」


「おっしゃる通りです。本当は、王都でお会いするタイミングで詳しくお話しするつもりでしたが、そうのんびりもしていられなくなりました」


 事件の翌日に伯爵宛に早馬で送った手紙。


 そこには狂化ゴブリン事件の顛末を書いたものの、エステル誘拐事件についてはほとんど触れなかった。


 ただ『エステルが誘拐され、奪還した』とし、その上で『詳細を報告しに伺いたい』と書いたのだ。

 結局『王都で会おう』という返事をもらったのだが。


 フリード伯爵はあご髭を触りながら、ふむ、と目を細めると「まあ座れ」と傍らの応接セットを指差した。




「エステル嬢誘拐の話はケイマンから報告を受けている。なんでも賊は帝国の者だったそうだな?」


「ええ、その通りです。エリス嬢にお尋ねになれば詳しく説明してくれると思いますが、奴らが使用した封術はエルバキア帝国流の封術だったそうです」


 伯爵と二人、テーブルを挟んで向かい合う。


 最初の挨拶は緊張したが、こうして実務的な話をする分にはさほどでもない。慣れもあるんだろうか。


「ケイマンからは、誘拐の狙いはエステル嬢本人ではなく、アキツ国出身のメイドだったと聞いた。メイドに遺跡の封印を解かせるために人質をとったのだと。……アキツ国とは俺も5年ほど前まで交易をしていたが、彼の民にそのような不思議な力があるなど、初めて聞いたぞ」


 探るような目でこちらを見る伯爵。


「アキツ国の民が皆、その力を持つ訳ではありませんから」


「つまりそのメイドが特別、ということか?」


 伯爵がぎろりと俺を睨む。


 一瞬、カエデの素性について伏せるべきか逡巡する。

 が、今後のことを考えれば選択肢はない。


 俺は頷いた。


「……彼の国の皇族は、彼らが信仰する精霊の力を行使する禁術使いであり、また大精霊と交信する巫女でもあるそうです」


「皇族? なんでアキツ国の皇族が、ミエハルのメイドなどやっているんだ?」


 眉をひそめる伯爵。


 どう説明したものか。

 俺は再び逡巡し、以前エステルから聞いた話をすることにした。


「昔、エステルの母君が存命だった頃、森の中で血まみれで倒れている異国の少女を母君が発見し助けたそうです。その後意識が戻った少女は、自ら望んでエステルに仕えるメイドになったと聞きました」


「ふむ…………」


 腕組みをし、宙を睨む伯爵。

 その様子は、何かを思い出そうとしているようで––––


「……そういえば。彼の国の政変の際、直系の皇子と皇女が行方不明になったという話を聞いたな」


 伯爵はそんなことを言った。


 さすがだな。

 海賊伯の情報収集力は伊達じゃない。


「その行方不明の皇女が、エステルのメイドのカエデです。本人も認めましたし、実際、俺の目の前で遺跡の封印を解いてましたから、間違いありません」


「なるほど。異国の皇女に、遺跡を暴こうとする帝国の手の者か。しかし……うちの馬車が襲撃された件といい今回の件といい、貴様の周りではろくでもない事件ばかり起こるな」


 そう言ってにやりと笑う伯爵。


 人を疫病神みたいに言うのはやめて欲しい。

 大体、エリスの馬車が襲われた件に関しては、うちは巻き込まれただけじゃないか。


「……そういえば、あの件もミエハル子爵の関与が疑われるんでしたね」


 ぽつりと呟いた俺の言葉に、フリード伯爵の眉がぴくりと動いた。


「『あの件も』というのは、どういうことだ?」


 部屋の室温が、一気に5℃くらい下がった気がした。




 ☆




「––––ちょっと待て。すると何か、ミエハルのところの執事が、帝国の手の者だというのか?!」


 伯爵は珍しく本気で驚いているようだった。


「ええ。少なくとも事件直前に賊が出した手紙を受け取ったのが、その者でした。今現在うちの人間が一名、彼の屋敷を探っています」


「しかもそれを、貴様が自前で調べたというのか」


 こちらを睨みつけながら呟く伯爵。

 ひょっとして、うちの調査力を警戒しているのか?


「今回の件では俺も必死なんです。このまま放っておけば、我が領に再び帝国の手が伸びるのは確実。下手したら帝国に滅ぼされかねないと思ってます。そのためには『敵を知る』ことが必要です。俺は、ルールを破ろうが何をしようが、使えるものは全部使うつもりでいますよ」


 そう言って、伯爵を睨み返した。


 今言った言葉は、全て本音だ。


 違法行為? 上等じゃないか。

 生きるため、大切な人たちを守るためなら、俺はどんな手でも使ってやる。


 そんな決意で、伯爵と対峙する。


 ひりつくような空気。

 しばらく俺と睨み合っていた伯爵は––––


「ふっ……。フハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 突然大声で笑いだした。


「?」


 俺が首を傾げると、伯爵は面白そうに顔を歪めた。


「やはり貴様は面白いな。その若さで、そこまでのことをやってみせるとは。––––いいだろう。あらためて訊こう。貴様は俺に、何を求めるんだ?」


 真っ直ぐ俺を見据える目。

 先ほどまでとは違った緊張感が漂う。


 俺は拳を握り締め、口を開いた。


「ミエハル子爵家、およびエルバキア帝国関連の情報収集について、伯爵家の全面協力をお願いしたいのです!」


 その瞬間、伯爵のまぶたがぴくりと動いた。







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