第186話 愛と出会いの酒場

 

 ☆




 商業ギルドでの衝撃の事実発覚のあと。

 ギルドからほど近い食堂で、俺たちは遅い昼食をとりながら話をしていた。


「やられたな」


 シチュー皿の中の肉をつつきながらぼやくと、カレーナがテーブルの上の皿を見つめたまま顔を歪めた。


「……ごめん」


「いや、カレーナが悪いんじゃない。向こうが上手だったってことだ。お前はむしろよくやってくれたよ。何か褒美をやらないとな」


 そう言って笑いかけると、彼女はわずかに顔をあげた。


「成果があがってないのに、もらえないよ」


 悔しそうに呟くカレーナ。


「カレーナがいなきゃ、ここまで来ることもできなかった。そう考えれば十分よくやってくれたと思うんだが……」


 俺の言葉にもう一段顔を上げ、小さく首を振る彼女。

 それを見た俺は、


「お前のそういうところは、嫌いじゃないよ」


 一瞬、驚いたように目を見開く金髪の少女。

 彼女に問いかける。


「これで終わりじゃないだろ?」


「……ああ。ああ。手紙は間違いなく送られたんだ。誰かが捨てない限り、必ず目的の相手に届いたはず」


 カレーナが、ぎゅっ、とこぶしを握る。


「幸いなことに俺たちには手がかりがある。ギルドで教えてもらった『ダイパース洋品店』の跡地に行ってみようぜ」


 商業ギルドでは『ダイパース洋品店』の代表者の名前や連絡先は教えてもらえなかった。が、かつての所在地だけは「公知の内容だから」と教えてくれたのだ。


「そうだね。落ち込んでても始まらない。まずは現地に足を運ぶのが大事だよね」


「そうそう。……という訳で、せっかくの料理だ。冷めないうちに食べてしまおう」


「そうだね」


 少しだけ自嘲気味に頷き、やっと笑みを取り戻すカレーナ。


 そうして俺たちは昼食を腹に入れると、廃業した洋品店へと向かったのだった。




 ☆




「なあ、カレーナ」


「なに?」


 道端に佇み、言葉を交わす俺とカレーナ。


「ギルドで教えてもらった住所って、ここで合ってるよな?」


「たぶん」


 そこはテンコーサの街でも一般の商店と歓楽街が混じり合う微妙な地域。

 俺たちは顔を見合わせ、その建物に掲げられている看板を見上げた。


 けばけばしいピンクの文字と赤いハートマーク、そして青い牡蠣の絵に彩られた看板。

 そこにはこう書かれていた。

『愛と出会いの酒場 ミスター キャサリン・アハーン』と。


「……なんか、果てしなく立ち入ってはいけない場所な気がするんだが」


「そう? そういう人向けのお店ってだけじゃない」


「『だけ』ってお前……」


 思わずカレーナを見ると、彼女はぷっ、と噴き出した。


「なんだよ」


「あんたみたいなのが意外とモテるかもね」


 笑いながら恐ろしいことを言うカレーナ。

 背中に怖気が走る。


「やめてくれ。そのケはないぞ」


「まあまあ。別に国の法律では禁止されてないし、オルリス教会も黙認してる。犯罪者の巣窟よりはよほど安全だと思うよ。なんせ『愛と出会いの酒場』だし」


「それが怖いんだよ!」


 叫ぶ俺。

 再び噴き出すカレーナ。


「ほら、『準備中』になってるし、今なら多分お店の人しかいないよ。あと2時間したら開店みたいだけど、そこまで待つ?」


「ぐっ……」


 選択を迫られる俺。


「カレーナ」


「なに?」


「俺の背中を守ってくれ。……主に臀部を!」


 金髪の少女は、ぶっ、と噴き出した。




 ☆




 コン、コン、と2回ノックし、扉を開ける。

 と、そこは薄暗い空間だった。


 可愛さすら感じるコンパクトなボックス席。

 雰囲気のあるバーカウンター。


 そのカウンターの向こうにいた、やたらと肩幅のある女性が振り返った。


「あらあ? ダメよぅ。まだ準備中よ?」


「ぐふっ!!」


 思わず息を呑む。

 ……覚悟はしていたが、これはなかなか。


 店に入った俺たちを出迎えたのは、フェミニンな格好をしたアゴの割れたオネエマンだった。


「んんー? ずいぶんと若いお客さんね」


 そう言って口に指を当て、優しげな目をこちらに向けるオネエマン。


「うちのお店は、あなたたちにはちょおっと早いかもね。まだお酒飲めないでしょう?」


 そう言って微笑んだ彼女に、気遅れしていたカレーナが意を決したように口を開いた。


「あのっ、ちょっと訊きたいことがあって……」


「あらぁ、何かしら?」


 ぐっ、と顔を寄せてくるオネエマン。


「昔、この辺りにあった『ダイパース洋品店』のことを知りませんか?」


 カレーナの口からその名が出た瞬間。

 わずかに彼女の眉が動くのを、俺は見た。


「んーー、どうかしらねえ」


 オネエマンは本音が読めない曖昧な笑みを浮かべ、俺たちの顔を見た。








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