第187話 愛と書いてラヴと読む①
「『知らない』とは言わないんだな。ミスター・アハーン」
カレーナの問いをはぐらかしたオネエマンに、今度は俺が斬り込んだ。
「でも『知ってる』とも言ってないわよねえ。……ふふふ」
余裕の表情で俺を見返すオネエ。
それに対して俺はさらに切り返す。
「言ってるさ。本当に知らない奴は、首を傾げるか眉をひそめるもんだ。あんたがとぼけた顔をした時点で『知ってる』と言ってるのと同じだよ」
その言葉に一瞬、ポカンとした顔になったアハーンは、突然「あははははっ」と面白そうに笑い始めた。
「あははっ、アナタずいぶんと弁が立つのねえ。オネエさんの好みかも」
そう言ってカウンターごしにウインクを飛ばすアハーン。
身の危険を感じ、仰け反る俺。
「でもそうね……。さっき訊かれたことについて話はできないかしら」
「「えっ?」」
俺とカレーナの声が被った。
「確かに私は『ダイパース洋品店』のことを知ってるわ。でも、だからといってそれを見ず知らずのアナタたちに話す義理も、理由もないでしょ?」
どこか哀愁を感じさせる目でそう言ったアハーンは、再び曖昧に微笑して俺たちを見た。
「さあ、この話はこれで終わり! もうちょっとアナタたちの相手をしてあげたい気もするけど、お店を開ける準備もあるからそろそろ帰ってくれると嬉しいかな」
そう言って入口の扉を手で指し示すアハーン。
そこにカレーナが身を乗り出した。
「ねえ、お願い! 私たちにとっては唯一の手がかりなんだ。当時のオーナーの名前か、関係者の連絡先か、知ってるならヒントだけでも教えて!!」
カウンターに手をかけ、必死で食い下がるカレーナ。
そんな彼女に、アハーンは「はぁ」とため息を吐いた。
「そもそも、なんであなたたちはあのお店のことを知りたいのよ。お店が潰れて5年も経つのよ? そんなお店があったことすら、もう覚えている人は少ないわ。今更アレコレ訊いてまわる理由もないと思うけど」
アハーンの言葉に、カレーナが俺を振り返った。
その目は『話してもいい?』と問うている。
俺は手をあげ彼女に待ったをかけた。
情報統制の面でも、駆け引きの面でも、ここは俺が話した方がいいだろう。
「ある領で先日、事件が起こった。犯人はいなくなったが、領地滞在中に定期的に手紙を送っていた先が『ダイパース洋品店』だった。俺たちはその事件の捜査をしている」
俺が簡潔にそう説明すると、アハーンは目を丸くした。
「事件の捜査? アナタたちが???」
「ああ、そうだ。……俺たちのことは訊くなよ? 互いにとっていいことはないからな。一つ言えることは、下手に隠し事をすればお前自身にも嫌疑がかかる、ということだ。場合によっては死刑もあり得ると思え」
俺がそう言うと、アハーンに動揺が走った。
くるりと向こうを向いて俯き「あの子また変なことに手を出してるの?」とかブツブツ呟いている。
反応を見るに、どうやらアハーン自身は帝国と関わりはなさそうだ。ただし、ダイパース洋品店の関係者……おそらくオーナーだろう……とは知己の間柄であるらしい。
この店に足を踏み入れてからずっと、俺は彼の言動を注意深く観察していた。
が、カレーナが店の名前を出した時に反応はしたものの、逃亡したりこちらを襲うような動きは見せなかったし、誰かに連絡を取ろうとする様子もなかった。
今の反応を見るに、彼は完全に『シロ』だ。帝国の諜報網の外にいることは間違いない。
だが、ダイパース洋品店とは繋がっている。こちらにとっては貴重な情報源だ。
☆
アハーンは何やら思い悩んでいる。
その間に、ちょっと話を整理しよう。
・帝国の工作員ラムズとジクサーは、商業ギルドの郵便サービスを使い、定期的にダルクバルトからテンコーサのダイパース洋品店に手紙を出していた。
・さらに彼らは、エステル誘拐の前日にも手紙を出していた。
・ところがテンコーサの商業ギルドにダイパース洋品店の場所を確認すると『5年前に廃業した』と言われてしまった。
・商業ギルドに情報提供を求めると、守秘義務をたてに断られ、かつての店の所在地のみ教えてもらえた。
・実際に店の跡地に足を運んでみると、そこはゲイバーになっていて、店のママのミスター・アハーンはダイパース洋品店の関係者と知り合いだった。
……こんなところだ。
今、俺たちはダイパース洋品店の関係者の居所を探っているが、本当に必要な情報は『手紙がどこに行ったか』だ。
この点を商業ギルドに確認したら、あくまで一般論として『宛先不明の場合、転居先が分かっていればそちらに届ける。それも分からない場合は、差出人に返送する』という返事が返ってきた。
ペントの共同ギルド支部にカレーナが忍び込み、郵便記録を確認した際には、送信記録だけでなく、受信記録も確認してくれていた。
その結果分かったのは、『送信記録はいくつも見つかったが、受信記録はなし』。
つまりラムズたちが送った手紙は、テンコーサの商業ギルド内で転送され、ダイパース洋品店の元オーナーのところに届けられた可能性が高い。
もしここで元オーナーの名前や居場所が分からなくても、公的なルートで情報開示を要求する方法があるし、最悪カレーナに商業ギルドに潜入させ、転送先を調べさせるという手もある。
が、公的に情報開示を求めようとすれば時間がかかるし、事件を公にしなければならない。
カレーナを潜入させれば転送先が分かるだろうが、彼女にはこれ以上安易に犯罪行為をさせたくないし、人も情報もペントとは比較にならないほど溢れているテンコーサでは、より発覚のリスクが高まり、調査時間もかかるだろう。
できればここで、手紙の行き先を特定しておきたい。
☆
俺がそんなことを考えていると、思い悩んでいたアハーンが、こちらを振り返った。
「『彼』は死刑になるようなことをしたのかしら?」
不安げに問う、アハーン。
俺は首をすくめてみせた。
「さあな。調べてみなきゃ分からんし、本人に犯罪に加担している自覚があるかどうかも不明だが、今のところは果てしなく『黒』に近い『灰色』だな。公的な捜査が入れば死刑が求刑されるだろうよ」
「そんな……っ。彼はたしかに山師なところがあって騙されやすい人だけど、他人を傷つけることなんてできない人よ?!」
「だったら、騙されたんだろうさ。本人に自覚はなくとも、やってることは極刑以外あり得ないことだからな」
なんせ、敵国への情報協力者だ。
「ぅぐっ……」
アハーンは、プルプルと震える。
「ア、アナタが嘘をついてる可能性も……」
「そんな嘘をついて、一体俺になんの得がある?」
「…………」
黙ってしまうアハーン。
俺はそんな彼に、助け舟を出した。
「ただまあ、今のところ俺たちはこのことを公にするつもりはない。お前が俺たちに協力し、くだんの男にこちらへの悪意がない限りはな」
「……どういうこと?」
「そもそも公にするつもりなら、そのように動くさ。この街を治めるコーサ子爵には何度か挨拶したことがある程度だが、子爵に話がつけられる方とはある程度の信頼関係があるんでね」
アハーンは、はっとしたような顔で俺を見た。
「まさか、アナタは……っ?!」
俺は人差し指を口の前に立てて、しぃっ、とやった。
「さっきも言ったはずだ。俺たちのことは詮索しないことだ」
そう言って、にやりと笑った。
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