第183話 悩み
その日の晩。
俺は執務室で一人頭を抱えていた。
「くそっ、考えがまとまらん!」
俺はこぶしで事務机を叩いた。
考えるべきことがあり過ぎて、脳内がプチパニックになっている。
あの後。
カレーナを労い、独断専行に対して訓告した上で「対処は俺が考えるから、今日はもう休め」と伝えて彼女を部屋に帰した俺は、状況を整理しようとペンを持って机に向かっていた。
それから二時間。
俺の灰色の脳細胞は、真っ白になりかけていた。
「いきなり本丸を『どうするのか』を考えようとするから、混乱するんだろうか」
本丸とは、カレーナが調べてくれた帝国の協力者の件だ。
テンコーサの『ダイパース洋品店』。
すぐに飛び出して首を刎ねてやろうかとも思ったが、よく考えたらいきなりの武力行使はデメリットが大きいため、思いとどまっている。
それではどうするのかということを考えたら、行き詰まってしまった。
「まずは、ジャイルズだな」
俺は頭を切り替え、先ほど激昂して部屋を出て行った腕っぷしが強い方の子分のことを考えることにした。
あいつはあんなだが、俺の命令にはいつも忠実に従ってきた。
ボルマンとしても、俺としても、あいつが命令に背く姿は見たことがないし、想像もできない。
そのジャイルズが一方的に部屋を出て行ったのだ。あの時のやりとりのどこかに、あいつにとっての地雷があったのは間違いない。
「放置すべきかどうか……」
口には出してみたが、結論は決まっている。
今回の件は放置すべきじゃない。
話の途中で席を立った行為に対しては、訓告しなければならない。この点を見逃せば、組織としての根幹が揺らぐ。
一方で、あいつが引っかかったであろう点……カレーナの独断専行、そして共同ギルド支部への不法侵入については、きちんと話をするべきだろう。
話して納得するかどうかはともかく、俺もきちんとあいつに向き合ってやらなければならないのは間違いない。
「明日、早々に呼び出して話をするとして…………あいつは誰に対して不満だったんだろうな」
チームを組んでいたにも関わらず、独断専行し、不法侵入を行ったカレーナか。
彼女を問い詰めようとしたジャイルズを制止した俺か。
普通に考えれば前者だろう。
だけどなぜか、先ほどのあれは、俺に対する抗議だったようにも思えるのだ。
「最近あいつ、おかしいんだよな」
言葉にすると、それまで自分の中でモヤモヤしていたものが、輪郭を持ち始める。
以前のジャイルズは、能天気で、脳筋で、賑やかなやつだった。
それがエステルが誘拐されたあたりから言葉数が減り、気がつくと何かを考えこんでいることが多くなった気がするのだ。
俺の言葉に、ひどく傷ついたような顔をすることもあった。
皆で話しているときに、堪えているようなそぶりを見せることも。
あれらは、いつのことだったか……。
「…………くそ、思い出せないな」
しばらく考えた俺は、首を振り、思い出すことを諦めた。
いずれにせよ、あいつの本音は分からない。
会話の中で探ってはみるつもりだが、どこまで分かることか。
「とりあえず、新しい仕事を与えるか」
あいつの持ち味を活かせる仕事を。
実は、早急になんとかしないといけない問題がある。
本当は転生した当初から抱えていた問題だが、今までは手のつけようがなかった。
失敗するのが目に見えていたし、失敗すれば負のスパイラルに陥りそうだったから。
が、『今なら』なんとかなる。
今回の仕事を期待通りこなしてくれたジャイルズなら、一定の成果をあげられるだろう。
「よし。ジャイルズの件はそれでいこう。問題は…………」
手元のメモに目を落とす。
「……帝国の協力者への対処、だな」
俺は再び頭を抱えた。
本丸である。
手紙の送信記録を密かに調べたカレーナによれば、エステルを拐った帝国の二人は、テンコーサの『ダイパース洋品店』に毎月手紙を送っていたという。
コーサ子爵領テンコーサは、ダルクバルト領とフリード領のちょうど中間にある街で、東西街道と南北街道が交差する交通の要衝だ。
ここペントのざっと5倍の規模と言えば、その大きさが分かるだろう。スタニエフの父親がオネリー商会を立ち上げ、本店を置いていたのもテンコーサだった。
帝国が協力者をつくるには、うってつけの街と言える。
「まずは、協力者をどうするのか。『生かすのか、殺すのか』をはっきりさせないといけないな」
俺が頭の中を整理しながら、そう呟いたときだった。
パァアアアア!!
「っ!?」
突然、首にかけていたペンダントが輝いた。
そして––––
「むやみにひとをころしちゃだめけぷよーー!!!!」
目の前に、輝くタコが現れた。
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