第184話 不思議生物の提案と、騎士の卵との対話
突然変化したひだりちゃん。
驚いた俺は仰け反った。
「ひだりちゃんはたこじゃないけぷよ」
ジト目で釘を指す謎生物。
「分かってるわかってる」
相変わらず人の思考を読んでくる彼女を、手をあげて制止する。
「帝国のスパイを殺すなって話だが、なんでだ?」
「ママが『むやみにいのちをとったらダメ』っていってたけぷ」
俺の問いに即答するひだりちゃん。
「だが放っておけば、こちらが殺されかねないんだぞ?」
「じぶんをまもるためにしかたないときはしかたないけど、ほかのほうほうがあるのにむやみにころしちゃだめけぷよ」
……ん?
「他の方法って?」
「ボルマンのあたまのなかに『ほかのほうほう』があることを、ひだりちゃんはしってるけぷ!」
俺が訊き返すと、彼女はびしっ、と俺を指した。
帝国の協力者を殺さずに対処する方法。
確かに、いくつかの方法を思いつく。
①逮捕する
②追放する
③泳がせて利用する、または二重スパイに仕立てあげる
防諜(カウンターインテリジェンス)における基本的な考え方だ。
但し、全てにおいて『知ってることを吐かせる』ことは必須。
自白剤などという便利なものが手元にない以上、それは物理的な力を用いたものになる。
「つまり、『そうしろ』ということか?」
俺を見つめていた謎生物は、ぎょっとした顔でブルブルと震えた。
「ち、ちがうけぷ! ボルマンはこわいことをかんがえるけぷねー……」
ぷるぷるぷるぷる
なんか可愛くなってきたな。
「だが、そうでもしないと多分吐かないぞ?」
言葉による尋問だけで口を割らせる方法など、俺は知らない。相手が全力で隠そうとするなら尚更だ。
そこで彼女は、意外なことを口走った。
「あいてのことをしりたいなら、ひだりちゃんにまかせるけぷよ!」
ドヤっ
「その自信は一体どこから……ん?」
言いかけて気がついた。
そういえば先ほどから、彼女は俺の頭の中を読んでいる。
タコ呼ばわりに始まり、◯問のイメージまで。
「ひょっとして、他の人間の頭の中も覗けるのか?」
「もちろんけぷ」
俺の問いに、彼女はさらにドヤる。
「ボルマンがちかくにいれば、あいてのあたまのなかをボルマンにみせることもできるけぷよ」
おいおいおい。
それなら◯問なんかする必要がなくなるぞ。
「だからさっきからいってるけぷよ。ひだりちゃんにまかせるけぷ!」
すました顔で宙をただよう、ひだりちゃん。
彼女が言うことが本当なら、帝国の協力者をあえて泳がせ、敵方の諜報網をあぶり出すことができる。
通常、偽の情報で敵をコントロールするのは極めて困難だが、その敷居もぐっと下がるだろう。
……やってみる価値は、ある。
「分かった。それ、やってみよう」
俺が頷くと彼女は、「おまかせけぷよー!」と言って、ぴょん、ぴょん、と飛び跳ねたのだった。
☆
翌朝。
朝食後にジャイルズを呼び出そうと思っていると、執務室のドアがノックされ、件の元騎士の息子が顔を見せた。
「ボルマン様、昨日は失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした」
硬い表情で最敬礼するジャイルズ。
その様子に、俺は少なからず驚いていた。
こいつが俺にこうして正式な形で振る舞うのは、初めてだったからだ。
内心の動揺を隠し、頷く。
「ジャイルズ、謝罪を受け入れる。顔をあげろ」
顔をあげるジャイルズ。
その表情は、やはり今までとは違っていた。
「昨日、中座した理由は?」
「……一緒に行動していたカレーナが、何の相談もなく違法行為を行い、頭にきたからです」
「違うだろ」
即座の返事に、顔を強ばらせるジャイルズ。
「中座したのは、カレーナに詰め寄るお前を俺が静止したあとだ。お前が俺に不満を持ってるのは知ってるよ」
俺の言葉に、ジャイルズは「……っ」と言葉に詰まった。
「…………」
しばし沈黙する二人。
やがて、ジャイルズが口を開く。
「……違法行為は、許せないです」
俺は『本音はそこじゃないだろ』と内心ツッコミを入れつつ、その言葉を飲み込んだ。
「それじゃあ、法を守ってるうちに手遅れになって、帝国に仲間や領民が殺されたらどうするんだ?」
「……っ」
視線を落とし、再び口をつぐむジャイルズ。
俺は立ち上がり、かつて脳筋だった部下の前に立った。
「ジャイルズ、お前は正しいよ」
顔を上げ、俺を見るジャイルズ。
「だが同時に、カレーナがやったことも正しいんだ」
ジャイルズが不満そうな顔になった。
「もちろん独断専行したのは良くなかったけどな。その件は訓告しといたよ」
再び、俺たちの視線は交錯した。
「なあ、ジャイルズ。世の中には『正しいこと』が、人の数だけあるんだ。俺がお前に言えることは『何が一番大切なのかを忘れるな』ってことだな」
「…………はい」
内心どう思ってるかは分からない。
だがジャイルズは、一応、俺の言葉に頷いてくれた。
「よし。この話は、これで終わりにする。……さて、それじゃあお前に、一つやってもらいたいことがあるんだ」
「やってもらいたいこと?」
「ああ。おそらく今の仲間の中ではお前にしかできない、新たな任務だ」
俺はにやりと笑ってみせた。
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