第182話 帝国の足跡
その日の夕方。
俺は執務室に二人の部下を呼んでいた。
カレーナとジャイルズ。
つまり、帝国の足跡を追っていた二人だ。
「ようするに、ダルクバルトに潜入していたのはラムズとジクサーの二人だけで間違いない、ということか」
俺の問いに頷く二人。
ジャイルズが口を開いた。
「領内の街と村、全部で訊いてまわったけど、外部の人間が入り込んだような話はなかったぜ。大人だけじゃなくガキどもも見てないってんだから、間違いないはずだ」
「そうか。その確証が得られたのは良かった。お前はあちこちに顔がきくな」
「そりゃあまあ、色々やらかしてきたからな」
ポリポリと頭をかく脳筋。
「それで、あの二人が領外の人間と連絡を取り合った形跡はあったか?」
俺の問いに、今度はカレーナが口を開く。
「それなんだけどさ。ペントの共同ギルド支部で面白い話が聞けたんだ」
「面白い話?」
「ああ。あいつらは毎月決まった日にどこかに手紙を出してたみたいなんだけど、今月に限ってそれがいつもよりえらく早かったって話だった。再来週あたりに来るかと思ってたら、五日前に手紙を出しに来たって」
五日前といえば、エステル誘拐の前日だ。
「それ、手紙の宛先は分かるか?」
「『ギルドのルールで教えられない』って言ってた」
「ギルドのルール、か。俺の名前を出してもダメだったか?」
「『自分たちとしては協力したいのは山々だけど、王都の本部の許可がないと開示できない』ってさ」
ペントにある共同ギルド支部は、夫婦が業務を請け負っている小さな建物だ。
郵便サービスを提供しているのは商業ギルドなので、そこの『上』の許可が必要、ということになる。
ちなみに支部を運営している夫婦はあくまで業務を請け負ってるだけで、両ギルドのペント支部支部長というのは別にいる。
冒険者ギルドの方は、猟師の親方。
商業ギルドの方は、雑貨屋の親父だ。雑貨屋というにはちょっと規模が大きいが。
商業ギルド長の方は、先日の祭りの際も進んで協力してくれた。
彼を通じて王都の商業ギルド本部に情報開示の申請をして、許可を待たないといけないということか。
「……時間がかかり過ぎるな」
俺は唸った。
どう急いでも許可をとるには二週間はかかるだろう。
すでに事件の発覚から四日。フリード領軍が出立してから二日が経っている。
十日もすれば、間違いなく近隣にうわさが広まる。それもかなり細かい情報が。
狂化ゴブリン掃討の話はともかく、エステル誘拐の顛末がこちらの捜査より早く広まるのはまずい。
仮に帝国の協力者にエステルを助け出した話が伝われば、ラムズとジクサーが失敗したことは容易に推測できてしまう。
そうなれば、俺の捜査から逃れるため敵は雲隠れしてしまうだろう。
一応、うちの領兵とフリード領軍には緘口令を敷いているが、我が領の領民にはすでに一部で噂が広まっている。
領外に話が漏れるのは時間の問題だ。
「困ったな。本当に困った…………」
俺が頭を抱えたときだった。
「テンコーサの『ダイパース洋品店』」
その呟きに顔を上げると、カレーナが微妙な表情で視線を逸らしていた。
「ダイパース洋品店?」
「…………」
俺の問いに、返事はない。
ただ、彼女は左手で右腕を掴み、身を縮こまらせただけだった。
代わりに、叫んだ奴がいた。
「おい、なんだよそれ? 聞いてないぞ!?」
ジャイルズが険しい顔でカレーナに詰め寄る。
二人の様子に、全てを察した。
彼女は郵便の履歴を調べたのだ。
おそらく、隠密スキルを使って共同ギルド支部に潜入して。
それは、まぎれもない犯罪行為。だからジャイルズには言えなかった。ひょっとすると、俺に言うかどうかも直前まで悩んでいたのかもしれない。
「お前、何やってんだよ!!」
さらに詰め寄る元王国騎士の息子。
俺は思わず叫んだ。
「やめろ、ジャイルズ!」
俺の声に、固まるジャイルズ。
彼は、すぅ、と息を吸うと、
「失礼します!!」
そう怒鳴ると、バタン! と扉を閉めて、部屋から出て行ってしまった。
「…………」
カレーナと二人、部屋に残される。
気まずい沈黙。
カレーナは変わらず辛そうな顔で、視線を逸らしていた。
先にその空気に堪えられなくなったのは、俺だった。
「まさか、ジャイルズがあそこまで激昂するとはな」
やはり騎士クリストフの息子として、許容できない一線がある、ということか。あんな行動に出るなんて。
それは、カレーナにも言える。
住居不法侵入。
いくら彼女が騙されて盗賊団に入ってしまったからといって、隠密のスキルがあるからといって、カレーナに倫理観が欠けてる訳じゃない。
むしろ彼女が思いやりのある善良な子であることは、俺もよく知っている。
本来の彼女であれば、絶対にそんなことはしないはずだ。
では、なぜ彼女がそんな行為をしたのか。
彼女がそこまでして情報を入手したのは、何のためか?
––––いや、誤魔化すのはよそう。
誰のためにやったのか、だな。
俺は、カレーナを見た。
彼女はわずかに震えながら、目を逸らして立ち尽くしている。
「…………」
俺は、ふぅ、と息を吐くと、彼女に言った。
「カレーナ、よくやってくれた。だけど今後そういうことをする時は、俺の判断を仰いでくれ」
彼女は顔を上げ、驚いた顔で俺を見た。
「今回についてはお前の判断は正しい。みんなの命とダルクバルトを守るためには必要なことだったと思う。––––だけど」
俺は泣きそうな顔の彼女を見つめた。
「その責は、俺が負うべきものだ」
カレーナは小さく頷いた。
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