第175話 文句のつけようのない婚約者 中編
扉の向こう側に建つ、白亜の水の神殿。
神殿前の広場も、様子は変わらない。
扉をくぐり、ここまで同様、俺に先行して歩を進めようとするカエデ。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
「?」
立ち止まった彼女を尻目に、俺は今しがた内開きに開いた右の扉の裏側に回り込んだ。
一度開いた扉は、ぐい、と引っ張ると、あまり重さを感じさせず、あっさり動く。
俺はそうやって作った扉と壁の隙間に体を入れると、カバンから持参した土いじり用のスコップを取り出し、地面の土を掘り始めた。
「…………何をしてるんです?」
奇怪なものでも見たかのような声で尋ねるカエデ。
俺は地面を掘りながら、彼女を見ずに答える。
「何をしてるも何も、俺たちは何しにここまで来たんだよ」
「何をって、ティナさんのペンダントを…………え?」
どうやら気づいたようだ。
「まさか、そんなところに埋めるんですか???」
「普通なら、遺跡の奥の奥、祭壇の間のひだりちゃんが入っていた箱にでも入れとくんだろうけどな。鍵がかかった箱は鍵を開けられたら無力だろう? だから、ここに埋めるんだよっ––––と」
「『だから』もなにも、そこだと鍵すらないじゃないですか」
「……よし。こんなもんかな」
深さ10cmほどの小さな穴。
俺は懐からティナのペンダントを取り出すと、穴の中に落とし、上から土をかけた。
立ち上がり、少し離れたところから穴の跡を眺める。
「今は掘り返した跡が少し残ってるけど、しばらくすれば遺跡の自己修復機能で分からなくなるだろう」
俺はそう言うと、カエデを振り返った。
「…………」
訝しげにこちらを見る皇女殿下。
仕方ない。説明してやるか。
「ちょっとこっちに来てくれ」
水天の広間に戻った俺は、カエデを呼び寄せる。
彼女が隣に来ると、俺は神殿の方を指差した。
「閉まっていた扉を、何らかの方法で開ける。すると、何が見える?」
「……神殿ですね」
「君が賊だとして、次はどうする?」
「そのまま真っ直ぐ進んで、神殿に入ります」
「そうだな。俺でもそうする。そして最深部の祭壇の間を目指すだろう。祭壇の間に入れば、目の前には『いかにも』という棺のような箱。それを開けて何もなければ、この遺跡には『もう何もない』とならないか?」
「……!」
カエデはぎょっとした顔で固まった。
「つまりそこに埋めるのが、物理的にも、心理的にも盲点だということさ。……もっとも、この扉を突破した時点で賊は遺跡の封印を突破する方法を持っているということだから、ペンダントの『価値』は下がっている訳だが。それでも先日の祭壇の間でのラムズの苦労を見る限り、無価値ではないだろう」
ペラペラと喋る俺と、眉をひそめながら話を聞いているカエデ。
俺の話が終わったとき、彼女はぽつりと呟いた。
「やはり私は、貴方のことが嫌いです」
やっとだ。
やっと彼女から本音が出てきた。
この言葉を聞くために俺は、今まで色々とカマをかけてきたんだ。
…………別に嫌われて喜ぶM男じゃないぞ。
だけどまあ、もう少しだけ煽ってやった方がいいだろう。
「俺が嫌いって……別に嫌われるようなことはしてないだろ。君に嫌われる要素が見当たらないんだが?」
首をすくめ、そんなことを言ってみる。
カエデは俺の挑発に乗ってきた。
「あなたのそういうところが嫌いなんです。卑怯で、小賢しくて、なのにその目的には共感せざるを得ない。エステル様を守り、助けるためには手段を選ばず、ときに自らを犠牲にしてまで目的を果たそうとする。いっそ、自分の欲望のために下衆なことを企んでいるなら、迷いなく排除できるのに!」
ドン! と、薙刀の石突きを激しく床に突き立てる。
怖っ!!
その剣幕に、思わず仰け反ってしまう。
「今回もそうです。遺跡の鍵となるペンダントを、その遺跡の通路の死角に隠すなんて。普通、そんなことを考えますか? 本当に小賢しいです! あの可憐なエステル様の相手がこんな男だなんて。許せるわけがありません!!」
真正面から俺を見据え、声を荒げるメイド姿の皇女。
彼女のこんな姿は、初めて見た。
だけどまあ、すました顔で冷たく振る舞われるよりはまだ好感が持てる。
気がつくと俺は苦笑していた。
「何がおかしいんですか?!」
殺気のこもった目で睨みつけてくるカエデ。
俺は言った。
「エステルは君に愛されてるな」
「当たり前です!! 私がどれだけの間、エステル様を見守ってきたと思ってるんですか?! 本当に、どれだけ…………」
最後の方が消えてしまったカエデの言葉。
気がつくと、彼女は俯き、ポロポロと涙をこぼしていた。
「お、おいっ? どうしたんだ???」
あまりに想定外の状況に、右往左往する。
カエデは薙刀を握りしめ、涙をそのままに口を開いた。
「……長い間ずっとお仕えしてきたのに、私はエステル様をお救いすることはできませんでした。ミエハルの家でないがしろにされ、姉君たちから心無い言葉をかけられ傷ついているエステル様を、お守りすることができませんでした。長い間、あんなに近くにいたのに……」
ぎゅっとこぶしを握りしめるカエデ。
「それなのに、あなたはたった二日でエステル様を救ってみせた。私が何年かけてもなし得なかったことを、初めて会ったあなたがやってのけたんです。私は……わたしは一体、何年も、何をやってたんでしょうか?」
そう言うと彼女は再びポロポロと涙をこぼした。
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