第174話 文句のつけようのない婚約者 前編

 

「…………」


 今しがた倒した4匹の魔物の胸や腹から、カエデと二人、黙々と魔石を回収する。


 一昨日ここに潜った時には、エステルたちの追跡を優先していたので、実はこの遺跡の魔物から魔石を回収するのは初めてだったりする。


 とはいえ、最初は抵抗感があったこの作業も、日々の魔物討伐のおかげで今や慣れっこになっている。

 なんとなく魔石の位置もあたりがつくようになっていて、ナイフを入れる位置で悩むことはなかった。


 作業を終えた俺は、カエデに声をかける。


「なあ、無理に一人で全部相手にしなくていいから、こっから先は連携して戦おうぜ」


 俺の言葉に、カエデは表情は変えず、だけどどこか気にくわないという空気を漂わせてこちらを見た。


 その反応に、俺は言葉を付け加える。


「レベル差があるとはいえ、3匹以上を1人で相手にしてれば取りこぼしも出てくる。相手は練習用の木偶人形じゃない、生き物なんだ。万が一もあるかもしれないから、二人で掛かろう」


「…………わかりました」


 言いたいことを呑み込んだような顔で、一礼する皇女。


 俺はそんな彼女を見て、小さくため息を吐いた。


「なあ、一つ訊いていいか?」


「なんでしょう?」


「なんでずっと俺のこと目の敵にしてるのさ?」


 カエデの瞳の奥で、感情の火が揺らめいた。




「別に、目の敵になどしていませんが?」


「いや、してるだろう。言動には出てないが、ここまで剣呑な空気を醸し出されてたら、鈍感な俺でもさすがに気づく」


「それは言いがかりです」


「いや、言いがかりじゃない。事実だ」


 声を荒げる半歩手前。

 たがいに抑制限界のトーンで激しく言い合う。


「キミがエステルのメイドとして振る舞うのは、これまでの経緯を知れば、まあ理解できる。だけどその割には、彼女の婚約者である俺に対する態度は慇懃無礼そのものじゃないか。しかもそれは、半年前に出会ってからこっち、ずっとだ」


「……それ以上難癖をつけられるのであれば、エステル様に相談致しますよ?」


「ほら、それだ。そうやって丁寧な言葉で脅してくる。……でもまあ、相談したけりゃすればいい。エステルは俺に同意してくれるはずだ」


 俺の言葉にカエデは眉を吊り上げ、すう、と息を吸った。


 ––––ついに怒りの限界に達したか。

 そう思った。


 だが、


「ふぅぅーーーーーーーー」


 長い時間をかけて、息を吐き出す。

 まるで怒りを体から追い出すかのように。


 そして、言った。


「くだらないことで言い合うのは、やめましょう」


 静かな声。

 くるりと俺に背を向けるカエデ。

 だが薙刀を握るその手は、怒りで震えている。


 長い沈黙の時間が、始まった。




 そこからのカエデは、凄かった。


 一人で魔物の群れに突っ込んで一振りで複数の首を刎ね、取り逃がしそうになれば神祀りの句で風を操って敵を壁に叩きつけ、踏み込んでもう一振り。


 常に戦士の祝福が発動し、薄暗い通路にまるで剣舞(ソードダンス)のように青い光の軌跡が描かれてゆく。


 一匹の取り逃がしもない。

 まさに鬼神。

 いや、マスターカエデ。


 無言で敵を蹴散らしてゆく彼女のあとを、俺はナイフ片手に魔石を拾いながらついて行く。


(こ、怖いけぷねーー)


 ペンダントの姿に戻ったひだりちゃんから、怯えたような声が聞こえてきた。


(怖いよなぁ……)


 ひだりちゃんと心の中でそんな会話をしていると、


 ––––ドサッ


「ひぃっ!?」


 目の前に、ムカデの頭が降ってきた。




 ☆




 二日前に通った道を、迷うこともなく怒涛の勢いで突き進むカエデ。


 彼女のおかげであっという間に水天の広間にたどり着いた俺たちは、復活していた2体の石の魔鳥・ガーゴイルをそれぞれ一刀両断し、扉の前に立っていた。


「扉は閉まり、前に来たときの戦いの痕跡も消えてるな」


 そう言って、巨大な木製の扉を押したり引いたりしてみる。


 ––––が、もちろん扉はびくともしない。


「遺跡に自己修復機能があるって、知ってたか?」


 振り返った俺に、カエデは少しだけ目を伏せて考えると、すっと顔を上げた。


「いいえ、知りませんでした。……ただ、故郷の社(やしろ)の中には一度封印が解かれても、時が経つと再度封印、浄化される仕組みが施されたものもあった気がします」


「なるほど。まさにこういうやつだな」


 コン、コン、と扉を叩く。


「それじゃあ、こいつの解錠を頼む」


 小さく頷き、詠唱を始めるカエデ。

 猛烈な勢いで魔物を狩って多少気分が晴れたのか、今は大人しく指示に従ってくれている。


 間もなく目の前の扉が青く光り、ゆっくりと奥に開いていった。







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