第165話 消された封術士

 

 その日の午後。


 俺は約束通りエステル邸を訪れ、応接室のソファでテーブルをはさんで天災少女と向き合っていた。


「さて。相談の前にひとつ訊いておきたいんだが、フリード伯への提案についてお前の方で何かアイデアを持ってるか?」


 俺の問いかけに「うっ」と苦い顔をするエリス。


「正直、新しいものはないわ。一昨日あなたに見せた『詠唱圧縮(スペル・コンプレッション)』と『詠唱解凍(スペル・デフロースト)』くらいね。あれの改良を提案しようとは思ってるの」


「改良?」


「ええ。あれの弱点は二つあって、一つは『圧縮した封術が十五分程度しかもたないこと』。もう一つは『一度解凍した封術は、再詠唱しないと一分くらいで消えてしまうこと』ね」


「えっ、あれの持続時間ってそんなに短かったのか?」


 俺の言葉にエリスは「あのねえ」と顔を引きつらせた。


「それでもあの二つは画期的なの! オルリス教圏はもちろん帝国でも、封術の発動を遅延させる技術なんて存在しないんだから」


「ああ、いや。そういう意味じゃないんだ。初めて見た時のアレは、てっきり遺跡突入前に仕込んだものだと、今の今まで思ってたからさ。––––あの詠唱圧縮と解凍の技術は、まさに歴史に残る革命だと思うよ」


 俺は慌ててフォローした。


 実際、ゲーム『ユグトリア・ノーツ』には封術のストックや発動遅延なんてものは出てこなかった。

 四年先の未来でも、存在しないはずの技術なのだ。




「…………ん?」


 俺はふと首を傾げた。


 ––––なぜ、この詠唱圧縮の技術は、ゲームに登場しなかったんだろう?


 そんな疑問が湧いてきた。


 もしあれが実装されれば、ゲームにおける戦闘時の戦略の幅が広がったはず。

 ゲームのウリの一つにもなっただろう。


 それだけじゃない。


 例え詠唱圧縮がなかったとしても、封術の天災少女の噂くらいはゲーム内で聞けてもよかったはずだ。


 実際この世界の彼女は、かなりの知名度がある。

 国内の封術士であればその名を知らぬ者はいないほどの有名人なのに。


 それなのにゲームに彼女の名前すら出てこなかったのは、なぜなのか?


 今まで気がつかなかったが、ゲームと現実の差異は、こんな身近にも転がっていた。




「……………………あっ!」


「なっ、なによ?!」


 突然声をあげた俺に、驚いて身を引くエリス。


「ひょっとして、あれが原因か??!!」


 俺は、目の前の伯爵令嬢と出会ったときのことを、思い出していた。


 盗賊に襲撃される馬車。

 飛び出した俺たち。

 賊を切り捨ててゆくクリストフとケイマン。

 そして、馬車から顔を出すや、強烈な封術を放った天災少女。


 もしあの時、俺たちがエリスの一行に加勢しなかったら、どうなっていたのか。


 そもそも俺たちがあの日、あの場所を通ることになったのは、エステルとのデートでミエハル領での滞在日数が延びたからだ。

 エステルとのデートがなければ一日早く帰領の途につくことになり、エリスの馬車や盗賊と鉢合わせすることもなかったかもしれない。


 そうなれば、こいつは…………


「なんなの? さっきから」


 微妙な表情で俺を見返すエリス。


 俺は首を振った。


「いや、お前が仲間でよかったな、って思っただけ」


「な、なによ急に?」


 珍しくどぎまぎするエリス。

 俺は彼女に「なんでもない」と言って笑ったのだった。




「すまん。話を戻そう。……それで、詠唱圧縮の改良については勝算はあるのか?」


 俺の問いに、にやりと笑う天災少女。


「ええ。アイデアはいくつかあるわ。ただ、どの方法がどれだけ効率よく圧縮状態を維持できるのかを検証して改良するには、テスト用の標的と計測器、それにたくさんの封力石が必要になるのよ」


「フリード伯に出資してもらうお金は、そこに使いたいわけだな」


「そうね。あと、多少の爆発では壊れない研究室も欲しいかも」


 エリスはいたって真顔で、とんでもないことを口にした。







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