第166話 新しい封術のかたち 前編

 

 物騒なことを口走るエリスに、俺は苦笑した。


「前も言ってたな、それ。耐爆は必須なのか」


「当たり前でしょう。制御がうまくいかなければ『 ドカン』よ。だから新しい封術を起動するときは、必ず封術障壁を張ってから起動するの」


 胸を張ってそんなことをのたまうエリス。


 俺はその流れで、今回彼女に提案しようと思っていたことを話すことにした。


「なあ、エリス」


「なによ」


「その『ドカン』だけどさ。発動の失敗や事故じゃなくて、制御して『ドカン』させることはできるよな」


 俺の問いに呆れ顔になる天災少女。


「何をいまさら。遺跡の戦闘で散々『ドカン』したじゃない。『爆轟(エクスプロージョン)』はあなたも見たでしょ?」


「ああ、そうだな。––––っていうか、見たどころか身をもって体験したけどな!」


 むしろ衝撃波で吹っ飛ばされましたが、なにか?


「やあね、ケガしなかったんだからいいじゃない。小さなことにこだわる男は、エステルに嫌われるわよ」


 さらりとそんなことを言ってのける天災少女。


「なんかもう、厄災少女でいい気がしてきたよ」


 俺の言葉に、口を尖らせる厄災少女。


「一応あれでも、効果範囲を計算して撃ってたのよ。戦ってるあなたたちを巻き込まないように威力をコントロールするの、大変だったんだからね」


「分かってるよ。実際、俺たちはお前の封術でケガはしてないし。危ないところを何度も助けられたからな。感謝してるさ」


 そう言って笑うと、エリスは、


「分かってくれてるなら、いいのよ」


 と、拗ねたような顔をした。




「まあ、それはそれとしてだ。訊きたいのはあの『爆轟(エクスプロージョン)』のことだ。あれをスクロールの形にすることはできないもんかな?」


 以前、彼女から説明を受けたことを思い出しながら、そんな質問をぶつける。


 封術陣を紙や布に描いた発動符……スクロールにできるのは、簡単な初級封術だけ。

 中級以上の封術陣は繊細かつ複雑なので、線が太くシワで歪むスクロールにはできず、詠唱して封術陣を描くしかない。

 たしか、そんな話だった。


 エリスは一瞬だけ考えて「無理ね」と答えた。


「あの封術は簡単そうに見えるけど、いくつかの命令を組み合わせたものなの。


 まず、爆発のためのエネルギー量を設定して力を集めて固定する。

 次に、直進して進むようにベクトルと速度を設定して、発動のキーワードを設定する。

 発射から起爆までの秒数を指定する。


 ざっくりまとめても、これだけの命令を詰め込んでるわ。スクロールの精度と大きさじゃあ、再現はまず無理ね」


 エリスはそう言って首をすくめた。


「そうか……。ちなみにスクロールって、再利用できるんだっけ?」


「できないわ。封力石から封術陣に力が流れ込むから、術が発動した瞬間に紙や布に描かれた陣があちこち焼き切れるのよ」


 なるほどね。




「例えば、だが」


「?」


「封術陣を紙や布じゃなく、鉄板なんかに描けば再利用できないか?」


 俺の言葉に、首を振るエリス。


「今まで、それを試した人がいないと思った? 残念ながら、インクが蒸発して封術陣が壊れて終わりよ」


「じゃあ、鉄板に刻み込むのはどうだ? 刃物で彫り込むか、型を作って鉄板に押しつけて凹凸で封術陣を描くんだ」


「それも検証済みよ。線が太くなって歪むから簡単な陣なら描けるけど、複雑になればなるほど歪みがひどくなるのよ。……初級の中でもごくごく簡単な、それこそ封力石を使うのがもったいないくらいの封術しか発動できなかったわ。灯火(トーチ)とか」


 さすが天災少女。

 自分でも検証済みか。


 だけどその試行錯誤は、きっとムダじゃない。

 そういう奴とじゃないと、この件では組めない。


 こんなに優秀な子が、盗賊に殺される運命だったなんて。

 そして偶然それを助けたのが、憑依転生者の俺だったなんて。


 なんという巡り合わせだろうか。




「ははっ」


 思わず笑ってしまった。


「なによ、失礼ね。過去に人が失敗したことでも、自分で試して、失敗して、結果を見ることで学べることも多いのよ?」


「ああ、分かってる。馬鹿にしたんじゃないさ。お前があまりに優秀なんで、自分の巡り合わせのよさに笑ったんだ。さすが王国随一の封術研究者。そういう相手じゃないと、この開発では組めない」


「褒めても何も出ないわよ?」


「そこは結果に期待してるよ」


 しれっと言った俺に、エリスは、はぁ、とため息を吐く。


「……それで、私は何をすればいいのかしら?」


「今から俺が言うことが実現可能か、検討して欲しい」


 俺は懐から紙とペンを取り出した。







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