第164話 方針会議・後編

 

 帝国への直接的な対応策は決まった。

 次に考えなければならないのは、防衛策の検討だ。


 俺はエステルの隣に座る皇女に目を向けた。


「さて、カエデ。明日にも遺跡に同行してもらいたいんだが、構わないか?」


 俺の言葉に、やや不快そうな視線を返す和風メイド。


「……エステル様がお許し頂けるのであれば」


 どうやら彼女は、あくまでエステルのメイドという立ち位置を崩さないつもりらしい。


 それはそれで、やり易くて良いが。


「構わないかな、エステル?」


「もちろんです、ボルマンさま」


 やわらかい微笑みを返すエステル。

 そして、


「わたしは、同行しない方が良いのですよね?」


 少しだけ寂しげに、答えにくいことを訊かれてしまった。


 いやまあ、こうなる予感はしてたけど。

 ––––さて。どう答えたものか。




 俺はしばし考えたあと、こう言った。


「……正直、迷いはある。だけど『これ』の行方は、君の安全のためにも極力知らない方がいいと思うんだ」


 そう言って、ティナのペンダントをポケットから取り出す。


 綺麗なペンダントだし、ユグナリアゆかりの聖物でもある。が、ある意味でこれは厄災を招く宝石だ。

 こんな危険なものは、俺も早く封印してしまいたい。


 俺の言葉にエステルは、


「分かりました。ボルマンさまが仰るならそれが一番よいのでしょう。わたしはあなたの言う通りに致します」


 そう言って微笑んだ。

 どこかぎこちない微笑。きっと無理をしてるんだろう。


 こ、心が痛い……。




「ええと……その代わりというわけじゃないんだけど、実はエステルにも一つやって欲しいことがあるんだ」


 俺の言葉に、はっとしたように顔をあげる婚約者。


「なんでしょう? わたしにできることであれば、何でも仰ってください」


 彼女は前のめりにそう言った。


「そうだね。きっと君以上の適任者はいない。この場の誰よりも君が得意なことだ」


「……?」


 まっすぐ俺を見ながら、首をかしげるエステル。

 俺は彼女にこう言った。


「ジャムをつくって欲しいんだ。このダルクバルトの果実を使った、よそには真似できないジャムを。期限は1ヶ月。来月の水運協定締結式に持ち込んで、皆に披露したい。……できる?」


 その瞬間、エステルの顔が、ぱあ、と明るくなった。


「はい。……はい! かならずや、最高のジャムをつくってご覧にいれます!!」


 ぐっ、とこぶしを握りしめ、宣言するエステル。


 ––––よかった。元気になったみたいだ。


 それにこの話は元々彼女に頼むつもりだった。ジャムをうちの名産品にと提案してくれたのは、他ならぬエステルだしね。


「出来上がりを楽しみにしてるよ」


 俺の言葉に彼女は、


「あの……」


 もじもじしながらこう言った。


「できあがったら、一番に召し上がって頂けますか?」


「ああ、ああ! もちろん!!」


 ヤバい。

 尊すぎて鼻血噴きそうだ。




 ☆




 果実水を飲んで少し頭を冷やす。


 落ちついたところで、俺は話し合いを再開した。


「さて、残るはエリスとスタニエフだが……スタニエフには、テルナ川交易に向けた準備を進めてもらいたい。オネリー商会の立ち上げは予定通りいけそうか?」


「はい。まだまだ人も物もお金も足りませんが、なんとか今月末には間に合いそうです」


「来月からエチゴール家の取引をそちらに任せる件も問題ない?」


「はい。大丈夫です」


 ややクールに、自信をもって答えるスタニエフ。

 彼には冬の間に、新生オネリー商会立ち上げの準備を進めてもらっていた。


 将来的に独自の商材を増やしていくとして、まずはエチゴール家の仕入れについて、御用商会として仕事を任せる予定だ。


 これまでは、スタニエフの父カミルや執事のクロウニーが個別に仕入れの手配をしていたが、その役割をオネリー商会が担うことになる。


「タルタス領から来てくれた二人はうまくやってるか?」


「はい。二人ともいい子ですよ。よかったら今度、彼らの仕事ぶりを見てやって下さい。メリッサもダナンも、こちらに来る前にタルタス男爵の屋敷でかなり鍛えられてきたみたいなんです。なかなか頼りになりますよ」


 自分のことのように誇らしげに語るスタニエフ。


「分かった。年明けに彼らがうちにやって来たときに顔合わせしてから、ほとんど会ってないもんな。近いうちにそっちに顔を出すようにするよ」


「ありがとうございます。彼らも喜ぶでしょう」


 尚、オネリー商会の仮事務所は、領兵隊詰所の建屋の一室に間借りしている。

 いつか、ちゃんとした本店を建てたいものだ。




 スタニエフには、他にエステルがつくるジャムの容器を調達するように言って、話を終えた。


 最後に残ったのは、封術研究の話だ。


「さて。エリスには、さっき言ったように新しい封術について相談したいことがあるんだ。昼食後に打合せさせて欲しいんだが、構わないか?」


「いいわよ。私としてもなるべく早くお父様への提案書に取り掛からなきゃならないし」


「助かる。場所は……」


「エステルのうちの応接室でどうかしら?」


 俺の婚約者に尋ねるエリス。

 エステルは笑顔で頷いた。


「もちろん構いませんよ。エリス姉さま」


「ありがと! やっぱり可愛いわね、エステル。ボルマンなんかには勿体ないわ。私が奪っちゃおうかしら」


 突然そんなことをほざきだす伯爵令嬢。


「やめんか、この天災少女め!」


 俺はエリスを睨みつけた。







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