第161話 一番頼りになるのは……

 

「保存かあ……」


 ソースやスープベースの保存の問題。


 最初に頭に浮かんだのはレトルト。

 だけどあれは、ぶっちゃけパウチの材質がよく分からない。レトルトカレーでも、メーカーによってアルミっぽい何かのところもあれば、ポリっぽい何かのところもある。

 何なんだろうね、あれ。


 次に思い浮かんだのは、固形化や粉末化、そしてフリーズドライ。

 これは加工方法自体が、よく分からない。

 乾燥させたり凍らせたりするんだろうけど、具体的にどうやるのか。昔読んだ小説では、確か真空引きしてた気もするけど……。


 乾燥するにしても、工業的には乾いた風を当てればいいんだろうけど、こっちの世界ではどうやればいいのか。日干しでいけるのかね?

 封術で乾いた風を作り出すことはできるだろうけど、それをやるとコスト……具体的には封力石の消費が跳ね上がる。

 積極的にトライするには、ちょっと抵抗がある。


 頭の中でいくつかの候補を思い浮かべ、消してゆく。


 そうして残ったのは、オーソドックスな缶詰とびん詰だった。




「ねえ、エステル」


「はい、なんでしょう?」


 正面に座ったエステルが首を傾げる。


「缶詰って、見たことある? ブリキ缶の中に食べ物が入っていて、長期間保存ができるやつ」


「缶詰、ですか……」


 少しだけ考え、やがて首を振るエステル。


「いえ、たぶん見たことはないと思います」


「そっか」


 どうやらユグトリアにはまだ缶詰はないらしい。


 俺は自分の記憶を探る。


 前世の俺……川流大介は、たしか中学校の社会科見学で缶詰工場に行ったことがあった。

 その時のことを、思い出してみる。




 地球で缶詰が開発されたのは、19世紀初頭。

 言い出しっぺはフランスのナポレオンだったと記憶している。


 いくさ上手だった彼の悩みは、兵站。つまり補給の弱さだった。

 遠方への遠征が多かった彼は、長期保存ができる保存食のアイデアを広く募集した。

 そこに応募して採用されたのが、びん詰だ。


 ところがこのびん詰、容器がガラスなので当然割れやすく、しかも重い。

 兵隊が携行するのには不便だったため各国で改良が進められ、間もなくイギリスで新たな容器に詰められた携行保存食が発明された。


 それが缶詰。


 調理済みの食べ物をブリキ缶につめ、フタをはんだ付けしたあと、圧力釜に入れて加熱殺菌する。


 きちんと密封され加熱殺菌された缶詰は超長期間の保存が可能。

 それがどのくらいかと言うと、戦時中の日本軍が埋めた缶詰が数十年経って中国で掘り出されて美味しく食べられたとか、百年以上前の肉の煮込みの缶詰を開けたら良い匂いがしたとか、信じられない話もあるらしい。


 この缶詰という奇跡の保存食は、産業革命まっただ中の19世紀前半に開発された。


 それならここユグトリアでも頑張れば実現できるんじゃないか?




「課題は、圧力釜とブリキ缶、それにフタのシールかなあ」


「?」


 不思議そうに俺を見つめるエステル。


 俺は彼女に、缶詰のアイデアを説明した。


「すごいです! 缶詰というのは、そんなに保存ができるものなのですか?」


「そうだね。地球で普通に売られてた缶詰は大体『3年は味も食感も変わらずに食べられる』って保証してたと思うよ」


「3年も?」


 目を丸くするエステル。


「そう。きちんと加熱殺菌して密封すれば、食べ物はかなり保つものなんだ。そういう意味では、缶詰は最適なんだが……」


 問題は、色々ある。


 まず、加圧加熱殺菌用の圧力釜の問題。

 ようするに圧力鍋のことだから、作ろうと思えばなんとかなるだろうが、技術力のある鍛冶屋とある程度の開発期間が必要になるだろう。


 普通に煮沸したんじゃダメなのかと問われたら、「できればちゃんとやっておきたい」というのが本音だ。




 缶詰の保存のキモとなる、加圧加熱殺菌と密封。

 密封するのは外からの細菌の侵入をふせぐためだけど、これはある細菌にとっては好適な繁殖環境となる。


 その菌の名は、ボツリヌス菌。

 最強最悪のボツリヌス毒素を出す嫌気性細菌だ。


 缶詰を加圧加熱殺菌するのは、ほぼこいつを殺すためだと言っても過言じゃない。


 ボツリヌス菌を確実に殺すには、120℃×5分程度の加熱が必要。

 通常の大気圧中では、水は100℃を超えないため、沸点を上げるために加圧状態で加熱殺菌してやる必要があるのだ。


 この世界にボツリヌス菌がいるのかは分からない。が、『いる』という前提で工程を検討していくべきだろう。


 ちなみに俺がボツリヌス菌について多少詳しいのは、大好きだった菌マンガと、幼少期に見た某コメディアン主演の単発ドラマの影響だったりする。




 さて。次に問題となるのは、容器に使うブリキ缶の製缶の方法だ。

 ある程度の数をつくるとなると、金型によるプレスは必須だろう。一缶一缶、職人が手作りなんてした日には、コストがどれだけ跳ね上がることやら。


 最後の問題は、フタをどうブリキ缶に接合するか、という問題。

 初期の缶詰は、一缶一缶、職人がはんだ付けしていたため、生産量が上がらなかったという話がある。

 それにハンダには鉛が含まれている。できれば人体に危険なものは使いたくない。

 やはり現代同様に、缶のフチを折り曲げてかしめて接合したいところだ。




 圧力釜、ブリキ缶の製缶、それにフタのシール。

 この三つは、しかるべき人材と時間があれば、この世界でも解決できそうではある。


 しかし逆に言えば、人材と時間がなければ解決できない。やはり『彼ら』の力が必要だろう。




「結局、すぐには実現できそうにないんだよなー」


 俺は頭を抱えた。


「何かないかな。簡単に作れて高く売れる保存食品……」


 そんな俺を見つめていたエステルは、口元に指を当ててしばらく考えると、やがて顔を上げた。


「それでは、ジャムなどはいかがでしょう?」







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