第162話 すぐに作れる保存食品

 

「ジャム?」


 俺が聞き返すと、エステルは「はい」と微笑んだ。


「ジャムであればある程度保存がききますし、嗜好品ですから高く売れると思います。それにダルクバルト領では季節によって様々な果物を栽培していますから、主となる材料に困ることはありません。唯一足りないのは……」


「砂糖、だな」


 俺の言葉に頷くエステル。


「ですがその砂糖も、テルナ川の水運によって貿易港があるフリード領から比較的安く仕入れられるようになります。『砂糖を仕入れて、ジャムを売る』というのはいかがでしょうか?」


「それだ!」


 俺は思わず声をあげた。


「そうか。ジャムならびん詰の煮沸消毒でいけるし、ある程度日持ちもするな。材料の入手についても問題ない。うちは色んな果物を作ってるから、ラインナップを揃えてブランド化もできる」


「らいんなっぷ、ですか?」


「ああ。りんごとか、イチゴとか、ベリーとか、色んなジャムを作って統一したデザインのラベルで売るんだ。高品質なジャムを同じデザインとブランド名で売ることで、顧客に信頼感を与え、より高く、継続的に買ってもらえるようになる」


 なぜ、それを思いつかなかったのか。

 目の前のシチューに目を奪われていた。


「ありがとう、エステル! 君のおかげで光明が見えたよ。ジャムづくりはぜひやってみよう。うまくいけばダルクバルトの名産品にできるかもしれない」


「そんな……。大したアイデアではありませんが、ボルマンさまのお役に立てたのなら嬉しいです。それにジャムづくりならわたしでお役に立てることもあるでしょうから」


 そう言って微笑むエステル。

 可愛い。そして有能。


 水運によって砂糖の調達が容易になる点まで見越しての提案とは。

 恐れいった。


 その後も二人で色々な露店をまわっては領地開発について話をして、楽しく充実した時間を過ごしたのだった。




 ☆




 俺が思いついて企画したこの小さなお祭りは、幸いなことに兵士からも出店者からも好評だった。


 一番の目的は両軍兵士の慰労と交流だったが、副次的に期待していた我が領産品の売込みと、領地のイメージアップもうまくいったと思う。


 両軍の将兵は大いに飲み語らい、互いの労をねぎらい合った。

 フリードの兵士たちは、酒類や干しぶどうなどの乾燥果物を土産として購入していった。

 出店した商店主たちもホクホク顔だ。


 兵士からの評判は大切だ。


 領地をまたいで頻繁に移動するのは商人くらいというこの世界で、彼らは自領に戻って土産を渡し、我が領のことを家族に、仲間に、友人たちに語るだろう。


 その小さな声が、ブランドをつくる。

 一度ダルクバルトのものを買ってみよう、となればこちらのものだ。


 来月にはテルナ川水運協定が発効し、早ければ年内にも交易が始まる。

 できることはどんどんやっておくべきで、その意味で今回のイベントは、我が領を売込む良い機会となっただろう。




 さて、両軍兵士や出店者に好評だったこの祭は、もちろん俺の仲間にも好評だった。


 エリスはフリード軍のガラルドや兵士たちと再会を喜びあい、カレーナはフリード領の封術士たちから色々教わっていた。


 ジャイルズは騎士ケイマンに何事か相談しているようだったし、スタニエフは補給部隊の兵士から色々な話を聞いていた。


 それぞれが普段付き合いの薄い人々と交流し、学びと刺激を受けたようだ。


 こうして祭は幕を閉じた。

 後から思えば、この祭は色々なことが変わる節目だったのかもしれない。




 ☆




 翌日の朝。

 ケイマンとガラルド、フリード領の兵士たちは、自領に向けて出発した。


「それではボルマン様、エリスお嬢様、皆さまも、お元気で!」


 ガラルドの言葉に、手を挙げて応える。


「そちらも、気をつけてお帰り下さい。道中の安全を祈ってます」


 帰路につくフリードの兵士たちの顔は、皆明るい。

 まあ、昨夜飲みすぎたのかグロッキーな者もちょこちょこ見かけたが。


 これで現場レベルの対応はほぼ完了と考えていいだろう。


「あとは、フリード伯からの返事次第かな」


 呟いた俺に、斜め前で兵士たちを見送っていたエリスが振り返った。


「うちの父がどうかしたの?」


「いや『今回の件の報告にあがりたい』って手紙を出したんだよ。『いつ伺えばいいですか?』ってさ」


「んーー、どうせ来月、王都で会うんでしょ?」


「ああ。春の叙任式に合わせて『テルナ川水運協定』の締結式をやるからな」


「じゃあ多分『その時でいい』って返事くるわよ。きっと」


「そうかな?」


「ええ。父はそういう人よ」


 エリスは苦笑まじりにそう言った。

 そして、


「あーーっ! 忘れてた!!」


 突然、頭を抱える天災少女。


「どうした?」


「来月出発するまでに、封術研究の提案書を書かないといけないじゃない!」


 ああ、フリード伯にエリスの研究に金を出してもらうための、あれか。


「色々あったせいで、完全に忘れてたわ。何を書けばいいのかしら」


「それな、俺の方で色々考えてることもあるし、また後で相談させてくれ」


「いいアイデアがあるの?」


「いいアイデアかどうかは分からんが、うちにとってぜひ欲しいものは、ある」


「……また突飛なものじゃないでしょうね?」


「さあね。乞うご期待、ということで」


 俺の言葉にエリスは、ふん、と鼻を鳴らした。







 ––––数日後。


 フリード伯から手紙の返事が返ってきた。

 手紙には一言、


『来月、王都で会うのを楽しみにしている』


 とだけ書かれていた。


 エリスの予想が当たったな。

 しかも『楽しみにしてる』とか、妙なプレッシャーをかけやがって。

 あのタヌキおやじめ。


 俺は来月の王都行きに向け、急ピッチで各方面の準備を進めたのだった。







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