第160話 お祭りデートと商品開発
「エステルはもうお腹いっぱい?」
隣の少女に尋ねると、彼女は恥ずかしそうに首を振った。
「スイーツは、三人で一つを分けて食べたんです。きちんとしたごはんはボルマンさまとご一緒したいと思ってましたから…………実は、ちょっとお腹がへってます」
頬を染め、そう呟くエステル。
可愛い。
なんだろう。この子は俺をキュン死させるつもりなんだろうか?
わざわざ俺を待ってくれてたなんて、そんなん惚れてまうやろ!
……いやまあ、惚れてるわけですが。
「じゃあ、一緒に色々まわって食べようか?」
「はいっ!」
こうして俺とエステルの屋台デートが始まった。
木製のうつわを片手に二人で屋台をめぐり、気になった料理をよそってもらい店の前に置かれたテーブルとイスでいただく。
すでに日は暮れかけ、あちこちで篝火(かがりび)がたかれている。
なんというか、ガーデンディナーやビアガーデンみたいだ。なかなか雰囲気がいい。
「お味はどうです、エステルさん?」
「どの料理もとても美味しいです。隠し味に色んな果物が使われてますね。ほどよい酸味と甘味のおかげで、味に深みがあります」
にっこり微笑む婚約者。
さすが、お菓子づくりを趣味にしているだけあって、彼女の言葉には説得力がある。
「それはよかった。実は今日は俺も食べたことないものが色々出てるんだ。一応、領内の飲食店は全部まわったんだけどね。店のメニューを全部試したわけじゃないし、今日はきっと出店で提供し易い、煮込み料理や焼き物を中心に売ってるんだと思う」
「お肉と野菜の串焼きも、ただ焼いているのではなく、タレに漬け込んであって味が染みていて美味しいですね」
「それ、さっきガラルドさんも言ってたな。ただ焼くのとそんなに違う?」
「はい。たぶんタレにも果物が使われてますね。他領では、このような贅沢な果物の使い方はあまりできないと思います」
「へえ……。名物料理にできるかな?」
「もちろんです! 味がはっきりしていますし、お酒を飲まれる方には特にたまらないのではないでしょうか? 料理という形ではなく、タレやベースのソースを売るスタイルでも十分通用すると思います」
「なるほどなあ」
俺はうつわに盛られたシチューに目を落とした。
テルナ川の水運が使えるようになれば、川沿いの各領に迅速に新鮮な作物を輸出できるようになる。
さらにもし船を大型化できれば、馬車とは比較にならない量の物資を運ぶこともできるだろう。
ではそれで、何を運ぶのか。
ただ新鮮な作物を運ぶだけではもったいない。
できれば付加価値の高い加工品を開発して輸出できないだろうか。
すでにワインなどの果実酒、エールやウイスキーはある。評判は上々。
将来的には工業製品の開発製造と輸出もやりたいが、そのためには『彼ら』の力が必要だろう。
今のダルクバルト領には、そこまでの技術を持った鍛冶屋はいない。せいぜい蹄鉄を打ち、剣や盾をメンテし、生活や畑仕事に必要な農機具を作るくらい。
そうなるとすぐに手をつけられるのは、食品関係ということになる。
「タレやソースってのは、他領に輸出できるくらい需要あるのかな」
俺の呟きに、エステルが答えた。
「料理人の方々を見ていると、下ごしらえのために日も昇らぬ早い時間から厨房に入って火を起こしてらっしゃいますよね」
「そんなに早くから、何をやってるんだろう?」
「お肉やお魚に下味をつけたり、野菜の皮を剥いたり……。あ、あと、意外にソースやスープベースを作るのに時間がかかっているみたいです。なんでも、煮込みにすごく時間がかかるのだとか」
「そういうのって、作りおきとかできないのかな?」
「どうなんでしょう。一度調理してしまうと、火にかけ続けないと悪くなってしまう気もしますね」
小さく首をかしげるエステル。
なるほど。
保存の問題か。
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