第150話 疑いと信用の狭間で

 

 しばしの間があって、ティナの父親は口を開いた。


「なぜ、ご存知なんです?」


 不穏な、だがどこか諦めたような目で俺を見るダリル。


 彼の気持ちも分かる。

『なぜ、こいつはそんなことまで知っているのか』と。


 仮に誰かから古き森の民の話を聞く機会があったとしても、彼ら親子の逃走劇や精霊石のことまで知っているのは、異常。


 知っているとすれば、ダリル自身によほど近い人間か、それこそ本気で彼らを追う可能性がある人間……帝国の手の者くらいのはず。


 俺が彼でもそう思うだろう。


 さて、どう説明したものか……。




「半年前のある日、俺の頭の中に突然、ある記憶が流れ込んできた」


「え?」


 唐突な俺の説明に、訝しげな顔になるダリル。


「その日、俺はティナのペンダントを取り上げようとしてリードに返り討ちにされたんだが……やりあってる最中にそれが起こったんだ。茫然としたよ」


 尻に火がついてたしな。

 文字通りの意味で。


「それは……」


 言葉に困ったようなダリルを、手で制す。


「まあ、聞け。––––その記憶には、今後四年間で起こる様々な出来事のビジョンが含まれていた。我が領への魔物の大規模襲撃。帝国の手の者によるティナの誘拐。ティナを探す旅に出るリード。各地の遺跡に封印されていた武具を集めユグナリアの力を得る帝国。そして、力と恐怖による帝国の世界支配。ちなみに我がエチゴール家は、早い段階で南の2つの村ごと魔物に滅ぼされていた」


 正面の男の反応を見る。

 彼は「こいつは何を言ってるのか」というように眉を顰めながら、それでもこちらの話に耳を傾けていた。


 ホラにしては、具体的過ぎる。

 嘘くさいのに、否定できない。

 ……そんなとこだろうか。


「お前とティナ、そしてティナの母親の家系についての話も、そのビジョンの中で知った。帝国が目の色を変えて探し出そうとした遺跡の『鍵』の話だ。東方大陸北方にある集落の村長が、お前たちのことを話していたよ。『帝国を恐れて、当時の自分たちは何もできなかった。せめて森の姫も一緒に逃がせていれば』と。後悔しているみたいだったぞ」


「村長…………」


 こぶしを握りしめ、視線を落とすティナの父。

 俺はダリルをまっすぐ見据えた。


「––––誓って言えるのは、俺たちは帝国の手先ではないということだ。むしろ帝国の企みを挫きたいと思っている。帝国がユグナリアの力を手にすれば、世界中の人々が彼らに支配されるのはもちろん、下手をすればこの世界自体が滅びかねない。お前と娘のためとは言わない。俺は俺が守りたいもののために、ティナとペンダントを守るんだ」




「…………」


 沈黙する娘の父親。

 一体、どんな思いを抱えているのか。

 俺には分からなかった。


 やがて彼は、視線を落としたまま口を開いた。


「私が知っている帝国は、ちょっとやそっとでどうこうできるほど甘い存在じゃありません」


 険しい顔で言い切るダリル。

 彼はどれほどの冒険をして、この辺境の地にたどり着いたんだろう?


「……そうだな。帝国は恐ろしい存在だ。こんな辺境にある遺跡の伝承を嗅ぎつけて調査にやって来て、テナ村の子供たちが漏らした僅かな情報からカエデの正体が発覚してしまった。結果、エステルが拐われて人質となり遺跡を暴かれた。おまけに狂化ゴブリンでこのオフェル村を襲わせるなんてことまでやりやがったんだ。決して侮っていい奴らじゃない」


 俺の言葉にダリルは、はっとしたように顔を上げた。


「魔物の襲撃に、帝国が絡んでいたんですか?」


「ああ、そうだ。遺跡で密偵たちと対決したとき、奴らは狂化ゴブリンを従え操っていた。奴らの本当の目的は、カエデの確保と遺跡の探索。魔物にこの村を襲わせたのは、我が領の戦力をこちらに張り付け、遺跡探索の邪魔をさせないようにするための陽動だったんだ」


「まさか、そんな……」


「なあ、ダリル。お前たちは今回、運が良かった」


「え?」


「俺が見た三年後のビジョンでは、帝国はカエデではなくティナに目をつけ誘拐していた。遺跡の封印を解く『鍵』としてティナと精霊石を利用したんだ。そういう意味では、今回ターゲットにされたのがカエデとエステルだったのは、お前たち親子にとっては不幸中の幸いだったろう」


「そ、そんなことは……」


 男の顔が、歪む。




「だが次はどうだろうな。今回、俺は帝国の企みを阻止した。二人の密偵を葬り、エステルとカエデを助けだした。そして––––」


 俺はおもむろに立ち上がり、傍らに立て掛けてあった『それ』の柄を持ち、包んでいた布を取り払った。


「––––遺跡に封印されていた武具は、俺の手にある」


 露わになる剣身。

 俺は叫んだ。


「顕現せよ、ひだりちゃん!」


 虹色に光る剣。


「こ、これは……!」


 目を丸くするダリル。


 みるみる形を変えて行く光の渦。

 そして––––


「けぷーー!」


 彼女が姿を現した。




「なっ、なんですか、これは??!!」


 宙を漂うひだりちゃんを見上げ、仰け反るダリル。


「ひだりちゃんはひだりちゃんけぷ。『これ』じゃないけぷよ。ぷんぷんっ」


 モノ扱いされると怒るよな、この子。

 俺は彼女に尋ねた。


「ひだりちゃん、ママのお名前はなんだっけ?」


「えーー? ボルマンはわすれっぽいけぷね。もうわすれたけぷか?」


 ふふん、と、ちょっと優越感を漂わせるひだりちゃん。


 得意げなその顔に、微妙にイラッとする俺。

 隣のエステルが、ふふっ、と笑った。


「そう言わず、もう一度教えてくださいな。ひだりちゃん!」


 エステル、ナイスフォロー!


 彼女の頼みを聞いた謎生物は、嬉しそうに飛び跳ねた。


「もう、エステルのたのみならしかたないけぷねーー。ママのおなまえは『ユグナリア』けぷよ!」


 その言葉を受け、俺はダリルを振り返った。


「大精霊の、娘……?」


 呟いたティナの父は、唖然としてひだりちゃんを見上げていた。









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