第151話 守るべきもの

 

「見ての通りだ。帝国がいくつもの工作を仕掛けてまで手に入れようとした存在は今、俺の手の中にある。––––さて。帝国は次に、どう動くかな?」


 俺の問いかけにティナの父親は「ぐっ……」と言葉に詰まった。


 しばしの沈黙。

 そして、


「……私たちは一体、どうしたらいいんですかね?」


 ダリルは、独り言のように呟いた。




「正直なところ、正解は俺にもわからん」


 これは本音だ。

 すでにこの世界は、ゲームとは異なる流れに乗り始めた。


 攻略方法が分からないRPG。

 定められた『運命(シナリオ)』のその先へ。


 道を切り拓くのは、自らの力と努力。

 そして、仲間たちの力。

 大切な人を守るために、歩みを止める訳にはいかない。


「ただ、これだけは言える」


 俺はティナの父を見据えた。


「何もしなければ奪われる。逃げようとしても逃げ切れない。––––ならば、戦うしかないだろう」


 ダリルの目が大きく開かれ、部屋に張り詰めた空気が流れた。


「戦うんですか? 帝国と?!」


「戦いはもう始まってる。初戦は俺たちが勝った。だが帝国が諦めるとは思えない。この先も次々に仕掛けてくるだろう。もちろんお前と娘、そしてペンダントもターゲットになる。俺としては、お前たちを直接、俺の保護下に置きたいと考えているが、どうする? ペンダントは俺が預かった上で、二人ともうちの屋敷に住んで、働いてもらうことになるが?」


「…………」


 俯くダリル。

 しばしの沈黙のあと、彼は顔を上げた。


「こうなっては是非もありません。よろしくお願いします。……娘を、呼んでまいります」


 杖を取り、立ち上がろうとするダリル。


「ああ、ちょっと待て」


 俺は慌てて彼を止めた。


「ティナを呼ぶのは村長に任せよう。彼女が来るまでに、お前たち親子の待遇について話したい」


「分かりました」


 こうしてダリルを説得した俺は、村長に頼んでティナを呼んできてもらうようにしたのだった。




 ☆




「お父さん……いま、なんて?」


 目の前で、ピンク髪の少女が愕然として––––今にも泣きそうな顔で、父親に問うた。


「近く、ペントに引っ越すことになった。お父さんは住み込みでボルマン様のもとで働くことになったんだよ」


「なんで!? ここでもちゃんと生活できてるじゃない。なんでわざわざ引っ越して……領主様のお屋敷に住まなきゃならないの???」


 悲鳴のような叫び声。

 仕方ないとはいえ、見ていて気持ちのいいものじゃないな。


「これには、深いわけがあって……」


「いやっ!!!」


 父親の言葉を遮ったティナは、後ずさりながら恐怖と怒りの入り混じった目でこちらを睨んだ。


「……そこまでしてお母さんの形見を奪うつもりなの?」


「人聞きが悪いな。ちょっとは父親の話を……」


「うるさいっ!! この、嘘つき!!!!」


 叫んだティナは、きびすを返すと、


 バタンッ!!


 たったったっ–––––


(「ティナっ!!!!」)


 部屋から出て行った。

 廊下から聞こえたのは、リードの声だな。たぶん。




「すごい嫌われようね。初めて子豚鬼(リトルオーク)扱いされるあなたを見たわ」


 呆れ顔でそんなことを言うエリス。


「こっちに来たばかりの頃は、ああいう反応が普通だった。まあ最近はそうでもないけど」


 俺が自嘲気味に言うと、エステルが俺の手に触れた。


「ティナさんに、もう一度きちんと話してみましょう」


 その言葉に、俺ははっとして婚約者の顔を見た。

 真摯な両の瞳が俺を見つめている。


 エステルが俺に意見することは、今までほとんどなかった。

 その彼女が、ここまではっきり俺に意見を告げている。きっと、彼女の中で思うところがあるのだ。


「……わかった」


 俺はエステルを信じ、ティナたちの後を追うことにした。




 ☆




 二人はすぐに見つかった。


 村長の家を飛び出したティナは、落ち込んだときによく足を運んでいた狭間の森に向かうのでは、と思って村の東出口に向かっていたら、案の定、彼らに出くわしたのだ。


 二人は、何かを言い合っていた。


「まさか……ボルマンは心を入れ替えたんじゃ?!」


「じゃあ、なんでお父さんと私を自分の屋敷に住まわせようとするの?! ペンダントを取り上げて、私に言うことをきかせようとしてるとしか思えないよ!!」


 …………。

 俺の話かよ。

 しかも扱いがひどい。


 徒労感を感じ、足を止めた俺の手を、誰かが握った。


 ひんやりとした細い指。

 この手は……


「エステル」


 振り返った俺に、彼女は言った。


「私は知っています。ボルマンさまはそんな方じゃありません。それを彼女たちに分かってもらいましょう」


 そう言って、俺の手を引く。

 俺は、足を踏み出した。




「人の話は最後まで聞くものだ。相手が父親なら、尚更な」


 俺の声に、ティナとリードが振り返った。


 ティナは胸元のペンダントを握りしめ、リードは腰の木剣を抜き、迷いながらも俺に剣先を向ける。


「ボルマン、約束が違うぞ!? 潔くあきらめろ!!」


 往来のど真ん中で、リードが叫ぶ。


 全く。

 どうしてこうなるのか。


 話し合いの時間が始まった。










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