第145話 邪神と創世神

 

 邪神ユーグナ。

 ゲーム『ユグトリア・ノーツ』のラスボスであり、世界に破滅をもたらす狂気の女神。


 その登場シーンは、今でも脳裏に焼きついている。



 瀕死の皇帝による『装置』の作動。

 渦巻くように回転し、閃光を放つ5つの武具。

 飛行要塞から大地に落ちる光の柱。

 地が砕け、海が割れ、空が黒く染まる。


 そして、空間が裂ける。


 暗い裂け目から顔を出す、白目を剥いた巨大な美女。

 この世のものとは思えない狂気の絶叫。



 ある意味、ホラーである。


 戦闘中も時おり「あ"––––が…………」など言葉らしきものを発するけれど、コミュニケーションは不可能。


 絶叫による『麻痺』、凝視による『混乱』などの状態異常攻撃を織り交ぜながら、ノーガードで直撃すれば即死するような、えげつない攻撃を連打してくる。


 まさにゲーム中最強にして最凶のラスボス。


 だが彼女は本当に『邪神』だったんだろうか?

 ひょっとして、あの存在は…………




「ユーグナ? それが邪神の名前なの???」


 エリスが眉をひそめて尋ねてきた。

 彼女は言葉を続ける。


「私もオルリス教の聖典をすみからすみまで読んだ訳じゃないけど、邪神はただ『邪神』と書かれていて名前など無かったはずよ。『魔物を生み出し、人を滅ぼさんとする邪なる神』とかなんとか。……違ったかしら?」


 話を振られたエステルは、一瞬考え、顔を上げた。


「エリス姉さまが仰る通りです。オルリス教の聖典に『邪神の名前』は書かれていません」


 彼女は最初エリスを見て、次に俺を見つめてそう言った。


 つまりあの名は……


「ゲーム『ユグトリア・ノーツ』で、世界を滅ぼす邪悪な存在として描かれている狂気の女神の名が『邪神ユーグナ』だ」


 皆の顔を見ると、さすがに気づいているようだ。

 スタニエフが代表してそれを言葉にする。


「『ユーグナ』と『ユグナリア』。……偶然というにはあまりにも似過ぎてますね」


「ああ。誰が、どういう意図でそう名付けたのか……。創世神オルリスの名はそのままゲーム中で使っているのに、なぜ『ユグナリア』はわざわざもじるようなことをしたのか。恣意的なものを感じて気味が悪い」


 再び震え始めそうになる右のこぶしに、エステルが手を重ねた。


 心が、鎮まる。


 俺はエステルとアイコンタクトを交わし、前を向いた。


「だが、この際ゲームの話は置いておこう。問題は、この世界において本当に『ユグナリア』は邪神なのか。そして…………」


 俺は、数時間前から自分の中で燻っている、もう一つの疑問について口に出すのを躊躇い……そして、吐き出した。


「––––『オルリス』は本当に創世神なのか、という話だ」




 沈黙が場を支配した。


 最初に口を開いたのは、エリスだ。


「あの帝国のバケモノ、『オルリスの力を得た自分に、オルリスの力を利用する封術が効くわけがない』とかのたまってたわね」


 その言葉に、エステルが続く。


「彼がまだ完全に変化する前にも『オルリスの力を取り込むことに成功した』と言っていました。……そうでしたよね、カエデ?」


「……はい。狂化のことを『適応障害』とも言っていました。狂化ゴブリンは、オルリスの力を取り込む研究の副産物だと」


 ははっ……。

 ラムズの野郎は、そんなことをペラペラ喋ってたのか。


「スタニエフ。『ユグナリア』と『オルリス』を比較したい。今から言う内容で比較表を作ってくれ」


「は、はい!」


 未来の商会長は、紙にペンを走らせた。




【ユグナリア】

 呼称:創世の大精霊

 宗派:

 ・精霊信仰(アキツ国、各地の遺跡など)

 術:

 神祀り

 ・直接的な攻撃術はない(補助の術はある)

 ・回復術、結界、土壌の祝福など

 関連項目:

 ・カエデ、ティナ

 ・ひだりちゃん(剣)、他4つの武具

 ・青い光 (対オルリス特効)

 ・戦士の祝福 (クリティカル)



【オルリス】

 呼称:創世神

 宗派:

 ・オルリス教会(総本山:オルスタン神聖国)

 ・エルバス正教会(総本山:エルバキア帝国)

 術:

 ①封術

 ・封力石を使用

 ・攻撃的な術が多く、回復術がない

 ②神聖魔法

 ・オルリスに祈り、その力を代執行する

 ・回復魔法、範囲攻撃魔法、奴隷契約など

 関連項目:

 ・狂化(適応障害)

 ・人外への変化

 ・金色の光、粒子

 ・エナジードレイン




「……こうして見ると、オルリスのエグさが際立つな」


 スタニエフにメモさせた比較表を読み上げた俺は、思わず呟いた。


「今の比較を聞いていたら、オルリスこそが『邪神』なんじゃないか、って気がしてきたわ」


 エリスが顔を引攣らせる。


「ボルマンさま……」


「ん?」


 振り向くと、隣のエステルがきれいな眉を歪めていた。


「……実は、カエデに神祀りの儀式を習うようになってから、私、白パンを食べられなくなったんです」


「白パンを?」


「はい。それだけでなく、ギフタルの畑の近くを通り過ぎただけで気分が悪くなって……」


 そう言って俯くエステル。


 彼女の実家であるミエハル領は、ここ数年で栽培の難しいギフタル小麦の栽培に成功。今や国内一の産地となっているが……。


「カエデさんは、どうなの?」


 俺の言葉に、皇女殿下は険しい顔をした。


「私の口からは……」


 躊躇うカエデ。

 そんな彼女に、エステルが顔を上げた。


「カエデ。遠慮は無用です。感じたまま、思ったままの話を聞かせて下さい」


 主の真摯な言葉に、カエデは再び僅かに躊躇い、そして口を開いた。




「ここ数年で、彼の地の汚染は劇的に進みました。狂化個体の出現率は他領の数倍に跳ね上がっています。領兵による討伐であまり大ごとにはなっていませんが」


 やっぱりか……。

 以前エステルから、ギフタル小麦の栽培地では他の作物が育たないと聞いた。


「やはり、ギフタル小麦が育つ環境というのは、他の作物、動物には––––」


 俺の言葉を、カエデが引き継ぐ。


「長期的には『毒』です。霊的な意味で、ですが。人間は生まれながらに狂化に対する耐性をある程度持っておりますが、率直に申し上げて、数年内に住民からも狂化するものが出てくるでしょう」


「そこまでか……」


 俺は頭を抱えた。


 方針を決めなければならない。

 今後の方針を。


 帝国への対策をどうするか。

 そして、ユグナリアと、オルリス教への姿勢をどうするか。


 俺は顔を上げ、皆に言った。



「皆の知恵を貸してほしい。俺たちは、これからどうするべきなのか」



 夜も更け、俺を含めて皆の集中力も低下しつつあった。


 各自に今後のことを考えてもらうことにして、今晩のところはそうして散会としたのだった。








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