第133話 星空の約束2 ⑤
くちびるを重ねた瞬間、少女の呼吸がとまった。
永遠のような、一瞬。
甘くて優しいその時間を、自ら体を引いて終わらせる。
「え––––、えっ?!」
目を丸くし、動転するエステル。
みるみる顔が真っ赤になってゆく。
––––可愛い。
「エステル」
「……ふぇ?」
「イヤだった?」
ーーふるふるふる。
両手で口を覆ったまま、首を横に振るエステル。
可愛い。なんだこの小動物。
「また、するから」
「ふぇっ?」
俺の言葉に、ますます目を丸くして固まるエステル。
「今度は、落ち着いた場所で、ちゃんとする。だから––––」
俺は、もう真っ赤になった彼女の耳に口を寄せる。
「みんなで、生きて、家に帰ろう」
可愛い婚約者は、そのままコクンと頷いた。
俺は立ち上がり、未だ床に座りこんで、ぽーっとしている婚約者に手を差し出した。
「エステル、手を」
「は、はいっ」
俺の手を取り、立ち上がるエステル。
その時、部屋の奥の方からおぞましい喚き声が響いてきた。
「ワラ、ワら、ワラシノかおガアアアアア!!」
言うまでもない。ラムズだ。
今や形勢は逆転していた。
先ほどエステルが叩き込んだ薙刀(なぎなた)は、人間をやめてしまったラムズの下あごに深く食い込んでいる。
それを取り除こうと、化け物は必死で薙刀を床やら壁やらに叩きつけていた。
ジャイルズとスタニエフ、そしてカレーナは、狂ったように暴れる敵に斬りかかり、殴りつけ、刺している。
が、致命傷を与えるには至っていない。
ただ、青白く光る薙刀が敵の力を弱体化しているようで、化け物の回復速度は明らかに落ちていた。
例の金色の粒子も、その範囲と密度を大幅に減らしている。
「君の一撃が効いてるみたいだ」
俺の言葉に、エステルが驚いた顔で振り返った。
「見て……らしたんですか?」
彼女の驚きは当然だ。
エステルがあいつの右腕を斬り落とし、さらに顔面にキツい一発をくれた時、俺は腹をかっさばかれて三途の河を渡りかけていたのだから。
だけど俺は、たしかに彼女の活躍を見ていた。
俺にトドメを刺そうとするラムズの右腕の鎌を斬り落とし、さらに追撃の一閃を放った彼女の姿を。
そして封印されていた剣に『力』を与えて本来の状態に蘇らせ、その力を借りて俺を治療する姿を。
俺ではない、誰かの視点で。
「ずっと見てたよ。空からね」
「そら、ですか?」
小さく首をかしげるエステル。可愛い。
だけど今は––––
「詳しいことは後で話そう。まずはあいつを倒さないと」
「はいっ!」
力強く返事をする彼女に頷き返すと、俺は足元に落ちている剣を拾った。
青白い光を帯びた長剣。
その光はカエデさんの薙刀が纏うものに似て––––『戦士の祝福』のようであり、また先ほど見ていた夢の世界の光に似た温かさを感じるものだった。
「軽いな」
俺は片手で柄を握り、その剣を見る。
ゴテゴテした装飾のないシンプルなデザイン。
鍔(つば)の真ん中に青、柄頭(つかがしら)に赤の小さな宝石がはめ込まれている以外、これといった特徴はない。
剣身の根元の方には前世世界のルーンのような文字が縦に刻まれていて、ホログラムのように俺の視線に合わせて虹色に光を反射する。
まるでファンタジーに登場する魔法剣みたいだ。
「…………」
実際、ファンタジーRPGの世界の魔法剣だったな。光ってるし。
俺は、取り回しを確認するため、剣を軽く縦に振るった。
––––ブン
剣先が加速し、空中に青い軌跡が描かれる。
続けて、今度は横に振るう。
––––ブン
再びの加速と、青い軌跡。
「これは……」
間違いない。
この剣は『戦士の祝福』(クリティカル)を常時発動する。
しかも、おそらくあの怪物と化したラムズに対する、特効持ちだ。
「これなら、戦える」
俺は婚約者を振り返った。
「エステルは、ケガ人の治療と援護に集中して。––––何があるか分からないから」
「は、はいっ。頑張りますっ!」
こぶしを握り、頷くエステル。
いかん、何しても可愛すぎる。
「それじゃあ、行こうか」
「はい!」
俺たちは、敵に向けて––––仲間たちのところへ、駆け出した。
「悪い、待たせたな」
前線にたどり着き、声をかけると、三方向から三様の驚きの声が返ってきた。
「坊ちゃん!」 「「ボルマン(様)!!」」
「さあ、仕留めるぞ!」
俺がそう言ったとき、前方から強烈な殺気が飛んできた。
「ゴノ、グぞガキァアアアア! ワラしヲシトメルラト?! レットうセイブツゴドぎガ、カミノけシンタルワらシヲナメルナぁアアアアアア!!!!」
喚きながら巨体を前進させ、間をつめてくるラムズ。
「みんな下がれえ!!!!」
叫びながら、剣を構える。
三本の槍の尾と、左腕の鎌が、同時に俺に向けて殺到した。
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