第134話 決着


「ウがァあアアアアア!」


 俺を狙い八つ裂きにしようと殺到する、三本の槍の尾と、一本の鎌の腕。


「くっ!」


 後ろに飛びのく。

 と、同時に目の前の床に続けざまに突き刺さる、三本の槍。


 次の瞬間、右の方から風きり音が聞こえた。


 俺が避けたところを狙ったのか。

 視界右端に、黒光りする鎌の腕がせまる。


 二度も斬られてたまるかよ!!!!


「はっっ!!」


 迫る鎌の刃に真っ向から立ち向かうように、左から右に剣を振るう。


 ブン


 剣先が、青い弧の軌跡を描き、加速する。

 交叉する刃。


 打ち合わされた二つの刃は、激しい金属音を––––


 スパッ


「?!」


 ––––立てなかった。


 鎌の刃に、大した抵抗もなく斬り込んでゆく、青き刃。

 刃が触れたところから、敵の鎌が輝く粒子となって断ち切られてゆく。


「っ!!」


 剣を振り切る。


 宙に描かれた青い残像。

 そこにあったものは、もはや原型を留めていない。

 敵の鎌は、刃の部分を完全に斬り落とされていた。


「ワ、ワラしノウレガぁアアアアアアアあ!!!???」


 アゴを割られたままで絶叫する、ラムズ。


 俺は振り切った剣を切り返し、大きく踏み出しながら右上から袈裟斬りで振り下ろす。


 斜めに断ち切られる三本のうち二本の槍の尾。


「ノぉオオオオオオオオ?!」


 先を落とされた尾を、タコのようにうねらせながら後ずさりするラムズ。




「今だ、たたみ掛けろ!!」


 俺の声に、前線組のジャイルズとスタニエフが反応する。


「おうっ!!」 「はいっ!!」


 今や封術以外の武器を失ったラムズに、二人が飛びかかる。


「『破岩斬』!!」


 跳躍し、頭上に振りかぶった剣を一直線に振り下ろすジャイルズ。

 剣先が荒々しい青い光を放つ。

 ザクッと音を立て、刃がラムズの尾の残った一本をばっさりと切断する。


「ゔォオオオオお!!」


 哀れな悲鳴をあげる化け物。

 だがこちらの攻撃は止まらない。


「『弾撃連破砕』!」


 スタニエフが鎌を失ったラムズの左腕を盾で弾き飛ばし、その中ほどを返す盾で強かに殴打する。

 しかも、何度も。


 ダンッ ダンッ! ダンッ!!


「ボゴっ、ボごッ! ボグォッ!?」


 一撃ごとに盾全体が青く輝き、殴られた異形の腕は、関節が砕け散り、潰れ、紫の体液をまき散らした。




「ざ、ザコドモがァアアア!!!!」


 叫び声とともに、突如としてラムズの前に浮かび上がる二つの封術陣。

 それらの中央にそれぞれ火球が出現する。


 二つの火球は間髪置かずにジャイルズとスタニエフに向かって射出され––––


「『詠唱反射(スペル・リフレクション)』!」


 背後から聞こえた叫び声とともに出現した、透明な壁に直撃した。


 エリスの封術が二つの火球を受け止める。

 空中で一瞬静止する火の玉たち。


「ナッ……?!」


 呆けたように固まるラムズ。

 次の瞬間––––火球はそれまでと真反対の方向に跳ね返った。


 ラムズの顔面に向かう二つの火球。


「ヴぉ––––」


 叫ぶ間もなかった。


 ドドン!


「うギャアアアアアア!!!!」


 爆発とともに吹き飛ぶ巨体。


 ラムズは床に落下し、そのままゴロゴロと後ろに転がった。




「ハッ、はッ、ハッ––––」


 短くなった尾と腕を使い、よろよろと立ち上がる化け物。


 ラムズは「信じられない」というようにブツブツと呟く。


「ホ、ホんナワカナ……。ヒンカヒュらルワラヒハ––––––––へ?」


 呆然と立ちつくす化け物の前に、いつの間にか現れ立っているカレーナ。


 彼女は音もなく、気配もなく、かすかに動くと、次の瞬間には再び姿を消していた。


 そのあとに残されたものは、一つ。

 ラムズの脚の付け根に、短剣が深々と打ち込まれていた。


「ハひッ?」


 バランスを崩し、傾くラムズ。


 そこに、俺が飛び込んだ。




「終わりにしようぜ、クソ野郎!!」


 全身が、加速する。

 ラムズの残った片目が俺を捉え、驚愕に見開かれるのが見えた。


 疾走。

 そして跳躍。


 踏み切った脚が、青く光った。


 通常の倍ほどの高さまで跳び上がった俺は、封印されていた長剣を両手で頭上に構える。


 落下。


「『一刀両断』っ!!!!」


 力むことなく。

 ブレることもなく。


 頭上から振り下ろした剣は、平らな水面に落ちる一滴の水のごとく、ただまっすぐに振り下ろされる。


 青く、弧を描く剣身。


 それは涼やかな風とともに異形の真ん中に落ち––––––––輝く粒子を振りまきながら、異形のものを真っ二つにした。




「ふぅ……はぁ、はぁ……」


 着地し、屈んだ体勢で息を吐く。


「––––––––」


 ドスン、と音を立てて崩れ落ちる異形。


 歪な顔を頭部もろとも斬り裂かれた化け物は、もはや物言わぬ骸だった。

 片目から光が失われ、手足や尾もだらりと床に転がっている。


 一つだけ動き続けているものは、金色の粒子だった。

 ラムズの変化した体躯は表面から急速に風化し、塵となった金色の粒子が、あたりに広がり始めている。


 こいつをこのままにしておくと、マズい。

 俺の本能がそう告げていた。


 その時だった。




 ––––––たったったっ


 後ろから誰かが走ってきて、俺の隣に立った。

 気配で分かる。彼女だ。


 エステルは床に落ちたカエデの薙刀を手に取り、脇に構えた。


 すぅ、と息を吸う音。


「『集いし精霊たちよ。創世の精霊ユグナリアよ! 貴女の加護を宿し薙刀を依り代とし、その力をもって禍々しきものを祓い給え』!!」


 エステルの神祀りの句と同時に、輝く薙刀。


 床、壁、柱、天井、そして空気。


 その場のあらゆるものが青白く光り始めた。

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