第132話 星空の約束2 ④

 

 頭の中に響いた不思議な声。

 その声は、足を止めた私に再び呼びかけてきました。


(「けぷーー」)


 先ほどより小さく弱々しい声。

 私はすぐに聞こえてきた方向を振り返ります。


「……?」


 しかし、誰もいません。


 視界にあるのは、ホールの柱と、床と、壁。そして未だそれらを覆い、舞う、金色のおぞましい粉––––


「……え?」


 よく見れば、一箇所だけ金の粉が『避けて』いる場所がありました。


 それは、柱の足元。

 薄暗い屋内にあって、何かが落ちているのが見えました。


 一歩。

 二歩。

 私は引き寄せられるようにその場所に歩いて行きます。


 薄っすらと光を放ち、金の粉を寄せつけない何か。


「これは……」


 そこにあったのは、一振りの剣でした。




「封印されていた、剣?」


 今や異形と化した誘拐犯が、多大な労力を払って手に入れようとしていたもの。

 そしてこのホールの祭壇の箱の中に安置されていたもの。


 その剣が、目の前に落ちていました。


 彼らの話によれば『邪神ユーグナ』復活の鍵となるものらしいのですが……


(「けぷぅ……」)


 剣の中から聞こえてくる、弱々しい声。

 そして禍々しき金の粉を寄せ付けない微かな光。


 私にはそれが、邪悪なものには感じられませんでした。


 膝をつき、剣の柄に触れます。

 指先から微かに感じる、温かな気配。


 この気配は、むしろ…………。


 私は剣の柄を握り、持ち上げました。

 重さを感じず、空気のように持ち上がる剣。


 その柄を両手で握り直し、剣先を上に立てると、あたかもそれが自然であるかのように、私の中にある『言葉』が湧き上がってきました。


 私が知る神祀りの句に、よく似た言葉。

 自分の中に湧き上がってきたその言葉を––––


 私は、何かに導かれるように口にしました。



「『封印されし剣よ。ユグナリアの片割れよ。正しき道を開き、真なる力をその身に宿せ』」



 その瞬間、足元が眩く光りました。


「っ!?」


 足元から立ち昇る穏やかな光。

 優しき力の奔流。

 その力は、私の足を通り、体を駆け巡り、最後に両手で握った剣に流れ込みます。


 力を受け取った剣は、先ほどまで消えそうになっていた光をみるみる強め、眩いばかりに輝き始めました。


 剣身に刻まれた記号のような文字たちが、強く、虹色に光ります。


 そして辺りは、温かい光に包まれました。




 ––––どれほどの時間が経ったのか。

 それは一瞬のようでもあり、永遠のようでもありました。


 床から流れ込んでいた力がなくなり、剣の輝きも治まってきたころ。

 頭の中に、またあの声が響きました。


(「はやく、はやく!」)


 間違いありません。

 この声は、たしかに目の前の剣から伝わってきます。


(「はやく、いそぐけぷよ!!」)


「え?」


(「だいじなひと、しんじゃうけぷーー!!」)


 私は身を翻し、走り始めました。


 ––––わたしの、大切なひとのところへ。







 ☆







(?)



 温かい光に包まれていた。


 むかし。

 ずっと昔。

 幼い頃、母に抱かれていたような、そんな穏やかで温かい空気。


 近くに、誰かがいた。


 小さい頃に亡くなってしまった母親のような空気を持ったその人は、俺の手をとり、ふわりと抱きしめる。


 彼女は弱く、途切れとぎれの言葉で呟いた。


(まきこ––でごめ––––––い。どう––せか––––たすけ––––––さい。––なた––ら、わか––はず)


「え?」


 聞き返そうとして、すでに相手が離れていることに気づく。


 遠ざかる彼女の気配。

 薄まってゆく温かな光。


 そうして彼女は、消えていった。




 ☆




「––––さま」


 声が聞こえる。


「––––マンさまっ」


 聞き覚えのある声。

 愛おしい声。


「ボルマンさまっ!」


 俺の名を呼ぶ声。

 悲痛な叫び。


 ぽたり、と温かい何かが顔に落ちて––––俺はゆっくりと瞼を開けた。




 目の前に、少女の顔があった。

 泣き濡れた瞳。亜麻色の髪。


「……エステル」


 その人の名を呼ぶ。


 最愛の人の名を。

 もう一度呼びたいと願った、その名前を。


 涙で頰を濡らしたその子は、はじめ何が起きたのか分からず、俺の顔を見て固まっていた。


 しかしすぐに、その綺麗な瞳を大きく見開いて––––


「ボルマンさま!!」


 膝枕をしたまま、力いっぱい、俺を抱きしめた。




「エステル」


 彼女の背中をぽん、ぽん、と叩く。


 少しだけ体を離し、泣きはらした目で問うてくるエステル。


「君が、俺のケガを治してくれたの?」


 目の前の少女が、こくり、と頷く。


「……神祀りの力を、使いました」


 透き通るような声。

 俺が大好きな、女の子の声だ。


「ありがとう」


 俺は半身を起こし––––––––そのまま彼女の唇に、自分の唇を重ねた。

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