第131話 星空の約束2 ③
それは、信じられない……いえ、信じたくない光景でした。
長いホールを駆け抜け、仲間たちのところに、ボルマンさまのところにたどり着こうというその時。
異形の顔前に、火の玉が浮かびました。
一瞬で密度を上げ、放たれる火球。
狙われたボルマンさまは、すんでのところでそれを躱します。
ですがそれは罠でした。
彼の体勢を崩すための、小狡い罠。
バランスを崩したボルマンさまに、異形の巨大な鎌が襲いかかります。
必死で剣を振るい、その攻撃を防ごうとするボルマンさま。
ですが、
バキンッ!!
剣は真っ二つに折れ、異形の鎌の切っ先はそのままの勢いでボルマンさまの左腹部へ。
「!?」
一瞬、時が止まった気がしました。
すべての音が消え、色が抜け落ちて静止する世界。
でもそれは、わたしが見た幻想。
ザシュッ、と。
不快な音だけが耳に響きました。
「ガハッッ!!!!」
巨大な鎌の先に引っかけられるようにして回転しながら宙を舞うボルマンさま。
彼の体はまるで子供に放られた人形のように放物線を描いて落下し––––激しく床に叩きつけられた後、さらに何度か回転して止まりました。
仰向けのまま一度だけ手足を伸ばして痙攣し、やがて動かなくなる婚約者の男の子。
腹部から流れ出す赤い液体。
床に広がってゆく血溜まり。
現実感のないその光景を目の前にしたわたしは、
「いやああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
絶叫しました。
誰もが固まっていました。
敵でさえも。
そして最初に動いたのは、異形の化け物でした。
「フんッ!!」
「うわっっ?!」 「ぅおっ!!」
異形が振るった左手の鎌が、ガシャンと激しい音を立ててスタニエフさんの盾を打ち、盾ごとスタニエフさんとジャイルズさんをなぎ払いました。
「サてさテ。子豚チャンの味ハどうデスかネエ?」
下卑た笑みを浮かべ、ガサガサとボルマンさまに近づく異形。
吐き気を覚える、おぞましい動き。
それが、彼にとどめを刺し、捕食しようとする動作だと気づいたとき。
固まっていたわたしの足が、体が、自然と動きました。
腰に抱えたカエデの薙刀が、わたしを導きます。
わたしの大切な旦那さまのところへ。
そして、彼に向けて鎌を斜めに振り上げようとしている異形のところへ。
ただ、前へ。
「––––はああああああああ」
精霊たちが、わたしの背中を押します。
加速する視界。
減速する異形の動き。
鎌の先が、ゆっくりとボルマンさまに向かって動き始めるのが見えました。
わたしの体は自然と薙刀を上段に構え、そして、
「はあっ!!!!」
青白い光を纏う切っ先。
円弧を描く刃。
わたしが振るった白刃は、異形が振り下ろしていた鎌のうでに交差するように流れ落ち、
スパッ
ほとんど抵抗なく、
まるで水を斬るかのように、
その凶器を断ち切りました。
「グおおおおおおおおオオオオオオオオおおおおおおお!!!!????」
斬り落とされた自らの腕をかかげ、信じられないものでも見たかのように狼狽し、悲鳴をあげる異形。
切り口から噴き出す紫がかった体液。
絶たれた傷口を塞ごうとしているのか、すぐに金の粒子が腕に集まってきます。
が、青白く光る切断面がそれを寄せつけません。
「ワタしノ! わたシノうでガぁァア!!!!」
後ずさりしながらわめく、異形。
わたしは敵の前に飛び出し、もはや人の面影を捨て去った化け物の顔に向けて、二度目の刃をふるいます。
サクッ ザクッ
「うギャああああああアアアアアアアア!!!!????」
先ほど切り落とした右腕をさらに短く断ち切り、そのままの勢いで振り下ろされた青く輝く刀身は、異形の右目を真っ二つに切り裂き、大きく裂けた口を縦に斬って、下あごのところで止まりました。
「っ!」
化け物の顔に深く食いこんだ刃。
引き抜こうと両腕に力を入れますが、はずれません。
その一瞬がわたしの隙になりました。
「おォボオオオオおおっっ!!!!」
「きゃあっっ!!!!」
全身を力任せに左右に振り回す、異形の怪物。
その動きに、両手で薙刀を握っていたわたしはあっけなく振り飛ばされました。
目の前を通過する、左の鎌。
間一髪、わたしはその餌食にならずに済みました。
ですが薙刀は異形に食い込んだままです。
このままでは、神祀りでボルマンさまを治療することができません。
「ワら、わラヒのっ! ワラヒノォオおおおおおおおおオ!!??」
顔面に刺さった薙刀を引き抜こうと、後ずさりしながら左の鎌とサソリのような尾を振りまわす化け物。
「っ!!」
わたしも薙刀を取り返そうと近づきますが、不規則に動く敵の鎌と尾に阻まれ、なかなか手が届きません。
「うガぁああああああアアアアアアアアッッ!!!!」
そうこうしているうちに、異形は絶叫し、ついに奥の祭壇の方に逃げて行ってしまいました。
(––––早く。早くしないと、ボルマンさまが!!!!)
焦燥感に襲われ、敵のあとを追うわたし。
脳裏に、あの夜のことが浮かんできます。
星空の下、彼と交わした約束。
共に生き、共に歩むと誓ったのに。
その背中をお護りすると誓ったのに。
私は一体、何をしているのでしょうか?
悔しくて。
悲しくて。
涙が出かかったその時でした。
(「けぷーーーー!!」)
頭の中に、不思議な声が響いたのです。
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