第130話 星空の約束2 ②
☆アンケートのお礼とお詫び
前話のアンケートにつきまして、たくさんの方からご意見を頂きました。10件くらいお返事あるかな、と思ってたんですが蓋を開けてみたら予想を遥かに超えた数で、ひっくり返りました。返信できておりませんが、全てのコメントに目を通させて頂いております。本当にありがとうございます。また微妙なタイミングでのアンケート実施となってしまい申し訳ありませんでした。それでは本編をお楽しみ下さい。
☆
なぜ、気づかなかったのでしょう。
いつのまにか、辺りから精霊が消えていました。
つい先程まで、この広間には精霊たちが満ちあふれ、大精霊ユグナリアの気配すら強く感じられたというのに。
そして、異常はそれに止まりませんでした。
「……え?」
突然の脱力感。
床についた足から力が流れ出す、不気味な感覚。
力が、入りません。
まるで自分自身を削りとられてゆくような……。
「っ……!」
わたしははっとして顔を上げました。
わたしの視線の先には、敵に向かい駆けるボルマンさまたち。そして、すでに人間とは言えなくなってしまった誘拐犯……異形の者の姿。
その視界に全神経を集中し、目をこらします。
カエデとの修行で精霊の気配を感じ取れるようになったとはいえ、まだまだ生命の力を観ることには不慣れなわたし。
ですが、集中することでおぼろげながら『それ』が見えてきました。
「これは……!」
わたしやカエデ、それにボルマンさまたちの足元から引き抜かれ、地を這って怪物に吸収される、青き力の流れ。
金色の粒子が皆にまとわりつくようにして生命力を奪い、異形の者にそれを送り届けていました。
「生命力を奪う……術?」
初めて見るおぞましい光景。
その現実を前に、わたしは茫然としました。
カエデやわたしたちから力を奪う力。その出元は分かりました。だけど、どうすればいいのか。
わたしは膝の上にカエデの頭を乗せ、私の守護精霊を彼女にあつめて侵食を抑えています。
ですが、守護精霊たちもおぞましい何かに力を奪われ、みるみるうちに弱っていくのです。
かといってそれを止めれば、瞬く間に金の粒子はカエデを侵食し、彼女を死に至らしめるでしょう。
「一体、どうすれば……」
わたしが途方にくれ、天井を見上げた時でした。
シャーーーーッ
何かが勢いよくこすれる音。
その音はわたしに向かって一直線に近づき……
カンッ
わたしの横を通り過ぎて、壁にあたって止まりました。
「え?」
それは薙刀(なぎなた)でした。
見間違うはずありません。
幼い頃よりわたしに仕え、護ってくれたカエデ。彼女が護衛のときにいつも携えていた薙刀が、そこにありました。
わたしは薙刀がすべってきた方向に、顔を向けます。すると、
「カレーナさん?」
ボルマンさまが異形と剣を交えている脇の壁際から、カレーナさんがこちらに向けうなずいたのが見えました。
「あっ……」
目が合った彼女は、ふっ、と笑うと、敵の背後にむけて走って行ってしまいます。
わたしはすぐに、武器のないわたしのためにカレーナさんが薙刀を送ってくれたのだと理解しました。
そしてその薙刀は、途方にくれていたわたしと死にかけているカエデにとって、絶望を切り裂く救いの光となったのです。
ホールの床が、金色の粒子で覆われています。
––––ただ一箇所、薙刀のまわりを除いて。
薙刀の周囲は、まるで結界のような半球状の透明な膜でまもられていました。
膜の内側から感じられる、多数の精霊と、非常に強い精霊の気配。
わたしはすっかり忘れていました。
カエデの薙刀は、特別な宝具なのです。
初めて精霊と交信(コンタクト)した時、わたしは彼女の薙刀に触れ、その柄と穂を通して神祀りの句を精霊たちにつたえました。
先ほどカエデも、薙刀を介して神祀りの句を詠唱し、遺跡のとびらを開いていました。
以前、彼女が言っていた「この薙刀は、大精霊の祝福を受けています」という言葉が、思い出されます。
それはきっと、この禍々しき金の粒子をも祓うもの。
一か八か。
わたしは心から祈り、詠唱します。
「『集いし精霊たちよ。創世の精霊ユグナリアよ! 貴女の祝福を受けし薙刀を、我が手のもとに』!!」
神祀りの句を唱え終わった瞬間。
薙刀はふわりと浮かび上がり、すっ、とこちらに飛んできました。そしてその柄がわたしの右手にぴたりと収まったのです。
「!!」
薙刀の結界の力で、カエデを侵食しようとしていた金色の粒子が瞬く間にかき消えていきます。
同時に、結界内の精霊たちのおかげで、カエデの呼吸はみるみるうちに落ち着いていきました。
「よかった」
わたしは大きく息を吐きました。
ですが、戦いはまだ続いています。
せっかくカレーナさんが作って下さったこのチャンス。のんびりしている暇はありません。
わたしはカエデの頭を床に下ろして寝かせると、あらためて薙刀を手に取りました。
「たしか、この中に……」
私は薙刀の石突(いしづき)を握り、その端をひねります。
くるくると回転して緩んで行く柄頭。やがて先端が外れ、柄の中から小石のようなものが転がり落ち、手のひらの上に乗りました。
うっすらと青い光を湛えたそれは、勾玉(まがたま)という石でした。カエデの故郷であるアキツ国で装飾や祭祀のときに使われるという宝石です。
そしてこの石には、もう一つの使い方があることを、わたしは知っています。
「『玉に宿りし古き精霊よ。創世のユグナリアへと至る道を作り、その力で禍々しきものを祓え』!!」
唱え終わると同時に、勾玉は一瞬だけその光を増し、直後、床に向かって細い光のすじを放ちました。
「……お願い。届いて」
思わず呟いた数秒後。
床から強い力が昇ってくるのを感じました。
その力は、床から、大地の底から立ち昇り、一直線に勾玉の元へ。
「っ!!」
眩い輝き。
青く、暖かい光が私たちを包みます。
それは、大精霊ユグナリアの祝福。
短時間ながら悪しきものを祓う、強力な結界です。
これでしばらくの間、カエデは敵の侵食からまもられるでしょう。
わたしは薙刀を手にとり、腰を上げました。
ホールの奥では、ボルマンさまが、仲間たちが、異形を相手に苦しい戦いを強いられています。
斬っても刺しても、私たちから奪った生命力で回復してしまう怪物。その鎌のような腕に、放たれる封術に、傷ついてゆく仲間たち。
圧倒的な力。
恐ろしい力。
湧き上がる恐怖が、わたしの足を止めようと繰り返し襲ってきます。
それでもこの薙刀なら、大精霊ユグナリアに祝福されたこの薙刀なら、何かを変えることができるかもしれない。
みんなを助けられるかもしれない。
その想いが、わたしをつき動かしました。
一歩。
二歩。
足は段々と軽くなり、わたしは走りだします。
敵に向けて。
そして、大切な人のもとへ。
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