第129話 星空の約束2 ①

 

 革鎧を貫き、鎌の刃が脇腹を抉る。

 刃の先が、肉に、内臓に、食い込む。


「がぁっっ!?」


 薙ぎ払うように振るわれたそれは、まるで引っ掛けるように俺の全身を回転させ、そのまま横に吹き飛ばした。


 一瞬の浮遊感。

 すごい勢いで天地がまわる。


 そして、衝撃。


 肩から床に叩きつけられ、そのままゴロゴロ転がった。


 何度まわったのか。

 気がつくと、天井を見上げて止まっていた。


 体中が、痛い。全身がバラバラになるような感覚。

 さらに、


「あ、ぁ……」


 脇腹が、燃えるように熱い。

 ドクン、ドクンと、心臓が脈打つたびに何かが失われてゆく。


 やばい、やばい、やばい


 きっとこれは、命に関わる。

 本能がそう告げていた。




「はっ、はっ、はっ––––」


 息が苦しい。

 頭の中にもやがかかり、思考が渦を巻く。


 それは出血のせいなのか。

 それともパニックに陥っているせいなのか。


 本能が命の危険を叫んでいるのに、心は焦燥感にかられていた。


 早く、戦いに戻らなければ。と。


 俺が抜けたせいで、ジャイルズとスタニエフの負荷が倍になっている。早く戻らないと彼らが死んでしまう。


 二律背反(アンビバレンツ)な本能と心を抱え、俺は、俺の脳は、半ば思考を放棄して体を起こそうとした。

 だが、


「ぐ……っ」


 力が入らない。


 腹だけじゃない。

 腕も、足も、首も、まるでそこにはないかのように、筋肉が動かなかった。


(ああ、もうだめかもしれない)


 段々と目のかすみが酷くなってゆく。

 激しく戦っているはずの、仲間たちの声も、剣戟(けんげき)の音も、もう聞こえない。


 皆の協力で、せっかくここまで来たのに。

 やっとエステルと会えたのに。

 どうやら俺は、ここまでみたいだ。




「エ、ステ…………」


 愛しい人の名を呼ぶ。

 が、もはや声すらも出ない。

 こんなことなら、もっと君の名を呼んでおけばよかった。


 ––––エステル、エステル、ごめん、エステル。


 君を守れなくてごめん。

 不甲斐ない婚約者でごめん。

 約束を守れなくてごめん。


 あの日、星空の下で誓った約束。


 俺は『必ず君を幸せにする』と言った。『共に生き、共に歩んでくれないか』と言った。


 どの口が、そんなことを言えたのか。

 ゲーム知識を駆使し、小賢しく遺跡を突破してきた。なのに、最後の最後でこのざまだ。

 自らを犠牲にして、君を逃がすことすらできない。


 ごめん。

 本当にごめん。


 エステル……

 なんだかひどく寒くなってきたよ。

 ぜんしんが、こごえるように、さむい…………


「…………」


 遠のく意識の中で、誰かが俺の名前を呼んだ気がした。







 ☆







(エステル視点)



「……ご武運を」


 ボルマンさまにそう告げたわたしは、小走りでカエデのところへ向かいました。


 後ろは、振りかえりません。

 振りかえれば『一緒にいて欲しい』と、本音を口にしてしまいそうだったから。


 生きるにしろ、死ぬにしろ、せめてボルマンさまの隣にいたい。


 そんな想いで『自分も戦う』と言ったのですが、ボルマンさまは、はにかむように少しだけ困った顔をして反対されました。


 彼が言うとおり、わたしは寝間着姿にコートという出で立ちで、かろうじて靴だけ履かされているというありさまです。


 せめて武器があればとも思いましたが、就寝中を襲われたためにわたしの薙刀(なぎなた)は手元になく、カエデの薙刀もこのホールの中ほどに落ちていて、簡単には取りに行けそうにありせん。


(ボルマンさまと皆さまは、命をかけてここまで助けに来てくださいました。それなのに、わたしがわがままを言ってはいけませんね)


 自分にそう言い聞かせ、柱の陰に寝かされているカエデのところに行きました。




 カエデは床に横たわっていました。

 苦しそうに、体を震わせながら。


「なぜ……?!」


 思わず声をあげます。


 先ほどわたしは、カエデにある治療を行いました。

 それで彼女は回復して、容体は落ち着いていたはずなのに。


 わたしは慌ててカエデにかけ寄り、その後頭部に触れました。

 そして触れた手のひらから、カエデの体内に宿る精霊の気配を感じとろうと試みます。


 周囲の精霊、患者の守護精霊、そして大精霊ユグナリアに呼びかけ、患者本人の治癒力を飛躍的に向上させる術(わざ)。

 この治療術は、カエデの国では『神祀り』、この国では『禁術』と呼ばれるものの一つです。


 わたしはカエデとの修行の中で、薙刀とともにこの術を学び、つたないながらもいくらか精霊と交信できるようになっていました。

 なのに、


「守護精霊が、いない???」


 カエデの中にいるはずの守護精霊の存在が感じられません。


 そんな、そんなはずは。


 わたしはもう一度、交信を試みます。

 そして、


「え?」


 微かに感じる精霊の声。

 それは、消えてしまいそうなほど小さな声で……代わりに何か異質なものがカエデの中に入り込み、彼女をのみ込もうとしているのを感じました。


 これは、一体何なのでしょう?


 カエデの体を乗っ取ろうとするその異質な力を辿ったわたしは、間もなくその出元にたどり着きました。


「金色の……粉?」


 それは敵が––––あの異形のものが、辺りにまき続けている金色の粉でした。

 それらは今や、天井や壁をつたい、床を這って、ホール全体を覆いつくしています。




「なんとか、切り離さないと」


 わたしは少しでもカエデを守ろうと、彼女の頭を持ち上げ、膝枕をしました。

 そしてその状態で、左手を彼女の頭に、右手をお腹に当て、詠唱します。


「『水よ、風よ、創生のユグナリアよ。この者の守護精霊に、邪なるものを祓う力を』!!」


 これで周囲の精霊がユグナリアの力をカエデに導き、彼女を蝕もうとする異物を抑えこめるはず。


「…………え?」


 起こるはずの変化が、起こりません。


 ユグナリアの力が、生命を育み活力を与えてくれるはずの力が、いつまで経っても感じられません。


 ふと辺りを見回し、わたしはやっと異常に気づきました。


「なぜです? なぜ、精霊がいないのですか???」











☆今後の展開についてのアンケート

「エステル誘拐事件」後の展開についてのアンケートです。力を入れて欲しい方向性について、ご意見あればコメント欄にてご回答ください。参考にさせて頂きます。


①外交交渉

※水運同盟、アトリエトゥールーズの件の話の回収など。


②内政開発

※エリスの封術開発、オネリー商会立ち上げ、治水、領兵強化など。


③冒険の旅へ

※他国の遺跡の探索、冒険者に転職?など。


④エステルとスローライフ

⑤とりあえず戦争だ!

⑥豚父を粛清(怖っ!)

⑦その他


以上となります。

お時間ありましたらご協力ください。


引き続き「面白い」と思われた方は、☆やフォローなどで応援頂けると有り難いです。よろしくお願い致します!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る