第120話 理解と納得のあいだ
時間遡行者(タイムトラベラー)。
言うまでもない。
世代を超えて愛される青いネコ型ロボットや、車で過去や未来に行っては騒動に巻き込まれる二人組なんかがそれにあたる。
彼らはタイムマシンで時空を超え、異なる時代を行き来していた。
俺がちょっと違うところは、異世界からの憑依転生者だということだろう。
どちらかと言えば、肉体は移動せず意識と記憶だけが持ち越される『時間跳躍(タイムリープ)』の方が近い。
エリスの推察は、ほぼ正しい。
俺が異世界から来たこと。
この世界がゲーム『ユグトリア・ノーツ』と非常に似ていて、俺がゲームを参考に動いていること。
彼女が知りようがない二つの点を除けば、ほぼ正解と言える答えにたどり着いていた。
そのエリスの大胆な推測に俺がどう答えたものかと躊躇(ためら)っていると、彼女の言葉に反応した者がいた。
スタニエフだ。
「ボルマン様。僕からも一つ、構いませんか?」
「ああ、言ってみろ」
こうなったらもう、行き着くところまで行くしかない。
「実は僕も、エリス様に近い考えを持っています。この遺跡に入ってからずっと、ボルマン様は『よく知った道(ルート)をなぞっている』ように見えました。分岐を選んで進む時もほとんど悩まれなかったですし、行き止まりのルートの場合、その先には必ず宝箱がありました。例え古文書の記述を覚えているのだとしても、この規模の遺跡でこんなに『間違わない』のは明らかにおかしい。まるで……過去に何度か来られたことがあるかのようです」
鋭いな。
確かにゲームでは何度も踏破してるダンジョンだ。
頭を抱えていると、今度はカレーナが口を開く。
「おかしいのはそれだけじゃないよね。初めて見る高レベルの魔物相手に、大したケガもせずに戦えてる。私たちへの指示も的確だし。普通ならこんなのありえないよ」
皆の問うような視線が、俺に集中する。
ジャイルズは……よく分からないような顔をし
ているが。
俺は深く息を吐くと、両手を挙げてみせた。
ここらが潮時……というか、今が『その時』なのだろう。
「……分かった。白状しよう」
一度目を瞑り、開いて仲間たちの顔を見る。
「エリスの推測で大体合ってる。俺は時間遡行者じゃない。––––が、それに類する記憶を持っている」
「「「…………」」」
一瞬の沈黙。
最初に口を開いたのは、エリス。
「……あなた、何者なの?」
彼女は感情を抑えた声で尋ねてきた。
その問いに俺は、静かに応える。
「俺は、ボルマン・エチゴール・ダルクバルトだ。お前が知ってる通り、ただの辺境領主のドラ息子だよ」
そんな言葉が口をついて出た。
その言葉が、自分でも腑に落ちるものだと気づき、少し驚く。
ボルマンに憑依転生して半年以上。
仲間たちと過ごした日々、遭遇した様々な出来事を通して、今や前世の川流大介(かわながれだいすけ)と今世のボルマンの意識は一つになっていた。
どちらが、ではない。
両方とも俺なのだ。
「ふざけないで欲しいんだけど」
納得できないのか、眉間にしわを寄せるエリス。
「ふざけてないさ。ただ、一つ俺に他の人間と違うところがあるとすれば、それはさっき言った通り、本来の自分の記憶以外にもう一つ別の記憶を持っている、ということだ」
「それが未来の記憶ってこと?」
カレーナがあごに指を当て、こちらを見る。
「まあ、概ねそう考えてくれればいい。遺跡についての知識や帝国関連の話は、すべてその記憶によるものだ」
「つまりあなたには今後四年分の記憶があって、その中でこの遺跡を探索したり帝国と関わる機会があったと。だから知っている、と言いたい訳ね」
エリスのやや皮肉めいた言い方に、俺は少し考えて首を振った。
「ちょっと違うな。俺が持っているのは、未来の自分の記憶じゃない。何と言うか……劇やオペラのように、ある登場人物たちに起こった出来事を俯瞰して見るような、そんな『記憶(ビジョン)』だ」
その時だった。
意外な人物が、意外なことを口にしたのは。
「なあ、坊ちゃん。ひょっとして今の話って、オフェル村のリードとティナのことか?」
完全なる不意打ち。
思ってもいなかった人物の予想外の反応に、顔がひきつった。
「……ジャイルズ。なぜそう思った?」
まさか。
よりによって、この脳筋から彼らの名前が出るとは。
「だってこの遺跡って、元々あいつらを連れて潜るって話だったろ? なんで俺たちだけで来てんのかなーって思ってたんだよな」
あっけらかんとそんなことを言うジャイルズ。
スタニエフが、ぽん、と手を叩いた。
「確かに。それは僕も不思議に思ってたんです。僕らが遺跡にたどり着いたときにはもうカエデさんによって入り口の封印が解かれていた訳ですけど、元々ボルマン様は『リードとティナに封印を解かせる』と仰っていたはずです」
ああ、うん。
そういえば言ったね。そんなこと。
ゲームのシナリオからどんどん外れていくんで、考えないようにしてたよ。
さて。どう説明したものか。
俺はしばらく逡巡し、床を指差した。
「本来この遺跡に人が入るのは、三年後のはずだった」
「それが、あなたの『記憶』な訳ね」
エリスの言葉に首肯する。
「そう。最初に来るのは帝国の遺跡調査部隊と、そいつらに捕まったオフェル村の少女ティナだ。彼女の持つペンダントが、この遺跡の封印を解く鍵になっていた」
「え、ペンダントって『あの』ペンダントか?!」
素っ頓狂な声をあげるジャイルズ。
「ああ。あれはティナの家に受け継がれてきたもので、彼女が身につけることによって遺跡の封印を解くことができる代物だ。だから帝国が動く前に彼女らを同行してここを探索しようと思ったんだ。本当はな」
「それがあのやりとりだった訳ですか……」
スタニエフが目を細めた。
「そうだ。だがその未来(シナリオ)も今や完全に崩れてしまった。遺跡の封印はカエデによって解かれ、すでに帝国の密偵が侵入している。つまり、」
俺は皆の顔を見まわす。
「歴史が書き換わった。ここから先どうなるか、俺の『記憶』はあてにならない、ということだ」
「正直なところ––––」
しばしの沈黙の後、エリスが口を開く。
「あなたの言葉を完全に信じられるか、と言われると難しいわ」
そうだろうな。
俺だってこんなこと真面目に言うヤツがいたら、ホラ吹きか狂人としか思わない。
「だけど、理解はできる。辻褄(つじつま)は合ってるのよね。恐ろしいことに」
エリスは額を押さえながら小さくため息をつく。
その時、声をあげた者がいた。
「僕は、ボルマン様を信じます」
スタニエフだ。
彼は言葉を続ける。
「ですが、根拠を固めるためにひとつだけ質問させて下さい。ボルマン様がその『記憶』に目覚められたのは、いつですか?」
俺を見据えるスタニエフ。
きっと彼の中には、すでに答えがあるんだろう。
俺はその答えを口にした。
「去年の夏の終わり。狭間の森で、俺たちがリードにやられた時だ」
「「やっぱり」」
え?
ハモったのは、スタニエフとジャイルズだった。
「なんかおかしいって思ってたんだよなーー」
ジャイルズにそんなことを言われる。
スタニエフはともかく、こいつにまで言われるとは。
「突然、言動が大人びられましたもんね」
「そうなの?」
カレーナがスタニエフに尋ねる。
「ええ。人が変わったようでしたよ。わがままで周りの意見など聞かなかったボルマン様が、時に僕らの意見まで取り入れて適切な指示を出すようになった。あの日からボルマン様は真に『僕たちが仕えるべき主人』になられたんです。ですから––––」
賢い方の子分はジャイルズと目くばせすると、エリスの方を向いた。
「僕らはボルマン様を信じます。少なくともこの半年あまり、ボルマン様は正しく決断し実行されてきました。僕らはその実績を信じます。犯人が帝国なら、目的を果たした後で遺跡や自分たちの動きを秘匿するため、関わった人間全てを始末しようとしてもおかしくありません。戦うなら、彼らが目の前の目的に気を取られている今がチャンスです」
うん、うん、と頷くジャイルズ。
二人の態度に、今度はカレーナが口を開いた。
「私には何かを決める権利はないけど……。ここまでのコイツの判断は間違ってないと思う。もちろんこれからやろうとしていることもね。私はコイツの指示に全力で従う。そこに躊躇(ためら)いはないよ」
こいつら……。
全身をしびれるような感激が駆け抜ける。
ちょっと、うるっときた。
全員がエリスを見ていた。
彼女はばつが悪そうな笑みを浮かべると、こう言った。
「分かってるわよ。あなたに私心がないことくらい。でも––––」
エリスが俺の胸に指を突きつける。
「こうでもしないと、手の内を明かさなかったでしょ? 私たち全員がお互いの手の内を知らないで戦えるほど、あいつらはきっと甘くない」
澄んだ両目が俺を射抜く。
その瞳に俺は、
「……お前の言う通りだよ」
そう答えた。
ああ、そうだ。
このやりとりがなければ、俺は自分の知識をどこまで仲間に明かすか迷っただろう。
そしてその迷いが戦場で致命的なミスを招きかねないことも分かっていた。
それでも、ここまで決断できずに来てしまったのだ。
それは自分の弱さゆえ。
仲間を信じきれていなかった俺自身に問題があった。
エリスはそんな俺の背中を押すため、自分の奥の手を晒した。
ジャイルズも、スタニエフも、カレーナも。俺を信じると、躊躇いはないと言ってくれた。
帝国の密偵たちとの対決––––エステル救出に邪魔な『たが』は今、取り払われた。
「これからエステルとカエデの救出作戦案を説明する。が、時間がない。皆、思ったことはどんどん言ってくれ。隠し事はなしだ。俺も知っていることは全て話す」
俺の言葉に、全員が頷いた。
〈カエデ視点〉
ーー神殿の奥。
後ろ手に縛られたまま神祀りの祈祷を行い、最後の扉の封印を解くと、巨大な扉が音もなくゆっくりと開いていきました。
部屋からは清らかな霊気が流れ出し、私の身を拘束し苦痛を与えている封術が、少しだけ軽くなるのを感じます。
「おお! ここが……!!」
隣で感嘆の声を上げる眼鏡の男、ラムズ。
背後に立つもう一人の男、ジクサーの様子は分かりません。が、小さく息をのむ気配が伝わってきました。
狂化ゴブリンに脇を抱えられそのまま扉をくぐると、巨大な空間が広がっていました。
背の高い天井。
壁を流れる青く光る水。
室内を流れる水路。
そして、部屋の奥に設えられた祭壇と、その上に置かれた棺のような箱。
「やっと……やっと見つけましたよ!!」
私たちを置いて、早足で奥に進むラムズ。
その時、
バシッ!!
「ギャアアッッ?!」
彼は閃光とともに弾き飛ばされました。
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