第121話 結界破り

〈読者の皆様へ〉

緩慢で冗長な展開が続いて申し訳ありません。誘拐編の執筆当時、本作の書籍1巻打ち切りが決まり作者のメンタルが落ち込む中、本作を支えて下さった読者の方への恩返しとして細々と執筆していました。あまり出来が良くないかもしれませんが、あと3話で突入ですのでもう少しだけお付き合い下さい。繰り返しになりますが、一度は打ち捨てられた本作が再び陽の目を見ることができたのは、皆さまの応援のおかげです。しだいに忘れられWEBの海に沈みかけていたボルマンとエステルたちの物語は、皆さまの声で蘇り再び動き始めました。引き続きご愛読頂ければ幸いです。どうかよろしくお願い致します。




☆☆☆




(カエデ視点)


 大扉に守られた、清浄なる祭壇の間。


 その巨大な空間で奥に進もうとしたラムズを拒んだのは、見えない壁でした。


 それは私もよく知る結界。

 昨夜エステル様の部屋に施し、ラムズたちに破られたものと同種のもの––––精霊たちの力を借りて内側を守るためのものです。


 違うのは、強度と構造。


 私の目には、勾玉(まがたま)とは比較にならない膨大な力が神殿から結界に流れ、循環している様子が見てとれました。


 さらに目の前の障壁は、半球状に湾曲したものが入り口から祭壇のあいだに何層にもわたって立体的に配置され、それぞれの弱点である結界の頂点を庇い合うように設置されています。


 湾曲多重結界。


 先人たちの信仰と技術の結晶。

 巫女である私でも神具なしには通ることができない複合結界です。

 故郷の大社にも同様のものが設置されていました。


 想像するに、この結界と神殿も、はじめから一体のものとして建設されたのでしょう。


 ––––さすがのラムズも、この結界を破るのは難しいはず。


 そう思った時でした。




「くそっ、忌々しい!!」


 立ち上がったラムズは苛立った様子で私を振り返ると、結界の方を指さしました。


「解呪しなさい」


 予想通りの反応。

 ですが、私でもこの結界の解除は不可能です。


「私では、この結界は解除できません」


 そう答えると、ラムズは凄まじい形相で私を睨みつけ、もう一人の賊……ジクサーに目配せしました。


「!!」


 無言で抜き身の剣をエステル様に向けるジクサー。

 その動作に一切の躊躇はなく、彼はそのまま刃をお嬢様の首筋に押し当てました。


「や、やめなさいっ!!」


 私の叫び声に、無感動な視線を返す剣士。


「……っ」


 後ろ手に縛られ足にも枷をされた私に、彼の動きを止める手立てはありません。


 剣を突きつけられたお嬢様は、ゴブリンに抱えられたまま一切の動揺を見せず、健気にも気を失ったふりを続けています。


 彼らにとってエステル様は、私に言うことをきかせるための道具に過ぎない。

 理解していたつもりですが、ここまでとは。『使えない』と判断すれば即座に斬り捨てるつもりなのが見てとれました。


「分かりました。解除できるかやってみますから、とにかくその剣を引いて下さい」


 剣を下ろすジクサー。


「私の薙刀(なぎなた)を」


 剣士は結界に向けて私の薙刀を掲げ、私は神祀りの祈祷に入りました。




(これは…………)


 神祀りに入った私の意識は、周囲の精霊たちと繋がり、さらに神殿と繋がります。


 水の神殿に入ってからは精霊たちの力……霊気も濃くなっていましたが、この祭壇の間ではそれがさらに濃密となり、いまや神祀りを通じてユグナリアとの繋がりが感じられるまでになっていました。


 この感覚は、何年ぶりでしょう。

 かつて故国で巫女として役目を果たしていたとき以来かもしれません。


 今は亡き母のようなその慈愛に触れながら、私はユグナリアに祈りました。


(母なる精霊ユグナリアよ。願わくば我々に先に進む道をお開き下さい––––)


 僅かな間があり、神殿からユグナリアの意思が伝わってきました。


 ––––認メラレズ。


 それは変わらぬ慈愛に満ちたものではありましたが、はっきりとした拒否の意思。


 そして同時に、ひとつの映像(ビジョン)が私の意識に流れこんで来たのです。




(まさか……!?)


 それは神殿の入口に立つ、見知った少年と少女たちの姿。

 エステル様の婚約者と、その仲間たち。


 驚いたことに彼らは、兵士も連れず、自分たちだけで遺跡攻略を進め、この神殿にたどり着いているようでした。

 上の遺跡には、彼らよりも明らかにレベルの高い魔物が巣食っていたというのに。


 いえ、それよりもなぜこんなに早くこの場所に至れたのでしょう。


 私が屋敷を出て半日。

 手がかりもなく、森の周囲にはラムズの封術結界が張られていたはず。

 普通なら考えられないことです。


(……やはり、彼の力でしょうか)


 ボルマン・エチゴール・ダルクバルト。

 異世界からの憑依転生者を自称する少年。

 交渉力、判断力、統率力に優れた、エステル様の婚約者。


 ビジョンの中の彼は、仲間に号令をかけ、今まさにこの神殿に足を踏み入れようとしていました。


 神殿入口からこの祭壇の間まで、およそ半刻ほど。


 ラムズとジクサーは目的を達すれば、エステル様と私を始末しようとするでしょう。

 私は手足を拘束され、エステル様は狂化ゴブリンに抱えられたまま。



 ––––もはや彼らに希望を託すほかありません。



(え?)


 耳元で声が聞こえた気がして、思わず心の中で訊き返しました。


 それは私の声だったのか。

 それとも、他の誰かの声だったのか。


 戸惑っているうちに、映像(ビジョン)が途切れました。




 同時に、ユグナリア、神殿、精霊との繋がりが切断されます。


 閉じていた瞼を開くと、目の前の結界が青く輝いて波打ち、その波動が私を数歩後ろに押し下げました。


「……っ」


 彼女なりの拒否の表現、ということでしょう。


 その様子を見ていたラムズに、私は小さく顔を振りました。


「仕方ありませんね」


 ぼそりと呟いたラムズは、ポケットから封力石を取り出し詠唱を始めました。


「…………………………………………」


 耳障りな詠唱。

 彼の前に赤い封術陣が出現し、着々と空白を埋めていきます。


「『障壁破壊(シールド・ディストラクション)』!」


 ラムズの叫び声とともに封術陣が輝き、その中心から赤い光が放たれました。


 蛇のようにうねりながら結界に向かう赤い光束。

 その時、


 ブゥンッ


 結界群の湾曲した表面が同時に鋭く波打ち、重なり合うように青い波動となって宙を飛んだのです。


 ぶつかり合う二色の光。


 パァン!!


 弾け飛ぶ、赤。


 青の衝撃波はラムズの封術を消滅させると、そのまま術士にぶつかりました。


「がはっっ!?」


 再び吹き飛ばされ、背後の壁に叩きつけられる眼鏡の封術士。


 全身を激しく壁に打ち付けられたラムズは、壁に寄りかかったままその場に崩れ落ちました。


 後頭部を強打したせいか、ゆらゆらと身を震わせながら膝をつきます。


「ぐぅっっ…………小癪な」


 憤怒の表情で立ち上がろうとするラムズ。


 しばらく彼は朦朧としていましたが、やがて落ち着いてくると、ごそごそと腰の布袋を漁り始めました。




「だが今ので分かりましたよ。結界を正面から潰そうとしても無駄。ならば……」


(……?)


 ラムズが取り出したのは、一対の腕輪。

 小型の封力石が埋め込まれた金色の腕輪です。


 彼はそれを両腕にはめ、右腕を前に突き出しました。


「……、……、…………」


 すぐに、わずか数語の詠唱でラムズの前に出現する金色の封術陣。

 通常のものよりひとまわり小さいそれは、瞬く間に隙間を埋め、光を強めながら不気味に回転を始めます。


 その時、


 ブゥンッ


 目の前の結界たちが波打ち、再び青い衝撃波が放たれました。


 重なり合い、一点に……ラムズに向かい集中する結界の波たち。

 ですが今回は、先ほどと同じ結果にはなりませんでした。


「?!」


 青い波の群れは、ラムズの正面に展開された金色の封術陣にぶつかると……ある波は突如その方向を変えて天井に向かい、ある波は細かい波に分かれて霧散し、またある波はその場で静止して生き物が痙攣するかのように小刻みに震え……やがて力を失い消えてしまいました。


 その様子は、まるで群衆がパニックに陥ったかのように。


「ふふ……」


 ラムズが歪(いびつ)な笑みを浮かべます。


「やはり私は正しかった。私は正しかったぁ!! ほら! ほら!! いくらでも放つがいい!! そんなものでは私を止めることはできませんよぉっ????!!!!」


 狂気を浮かべる眼鏡の封術士。

 彼の言葉に応じるように結界が波打ち、今度は続けざまに衝撃波が放たれます。


 しかし、


「ふヒャヒャヒャヒャひゃっ!!!!」


 神殿の防衛機構、湾曲多重結界から放たれた衝撃波は、金色の封術陣を前に、すべて弾かれ、止められ、霧散させられました。


「ヒャヒャヒャひゃっ!! ……さて。そちらがその程度なら、私は私の仕事を進めさせて頂きましょうかねっ!?」


 右腕を下げ、今度は左腕を突き出すラムズ。


「……………………………………………………………………………………」


 早口の長文詠唱が始まり、彼が立つ床に一つ目の封術陣の数倍はあろうかという巨大な封術陣が現れ、回転を始めました。


 詠唱とともに少しずつ金色の密度を高めてゆく二つ目の封術陣。


 ブゥンッ ––––バシッ!


 ブゥンッ ––––––––バシュッ!!


 その間も神殿の結界からは青い衝撃波が放たれ続けますが、一つ目の封術陣によってすべて無力化されてしまいます。


 どれほど大がかりな術なのか。


 その詠唱速度は明らかにエリス様やカレーナさんを上回っているにも関わらず、文字が入ると思われる封術陣の空の部分は、なかなか埋まっていきません。


 構築にはかなりの時間を要するようでした。


(この間に、彼らが追いついてくれれば……)


 ラムズとジクサーに比べ、明らかに力の劣る彼ら。

 それでも、彼ならひょっとしたらこの状況を覆せるかもしれない。


 そんなありえない期待を胸に、私はユグナリアに祈りました。





 〈ボルマン視点〉


 神殿に足を踏み入れると、さらに高レベルの魔物が出現するようになっていた。


 だが、それは想定の範囲。


「カレーナ、大地の拘束(アース・バインド)!」


「分かってる!!」


「耐えるぞ、ジャイルズ、スタニエフ!」


「おうっ!!」 「はいっ!」


 このセクションに、水棲系の魔物が現れるのは分かっている。

 そいつらの弱点も分かっている。


「雷撃(サンダーボルト)!!」


 エリスの封術が巨大な陸鮫にとどめを刺した。




 すでに帝国の連中が通った後ということもあり、出現する魔物は少ない。

 さらに俺の記憶のおかげで、祭壇の間に向けて最短距離を進んでいた。


 おそらく今のが、最後の魔物となるだろう。


 通路のつきあたりの扉まで来た時、俺は皆を振り返った。


「この向こうの小広間の先、祭壇の間にエステルたちがいるはずだ。皆、手順は覚えているか?」


「おう!」「もちろん」「分かってる」「大丈夫です」


 頷く仲間たち。


「よし。それじゃあ予定通りカレーナが先行して偵察。中の様子を確認したら行くぞ」

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