第119話 味方を知る
なぜ俺が、帝国の手の者たちの動きを知っているのか。
エリスの問いは核心を突いていた。
ボルマン・エチゴール・ダルクバルトが何者か、という核心をだ。
彼女の中でずっと俺に対する疑念があったことは間違いない。
それは表情や話し方を見ていれば分かる。
それでもこれまでは精々『辺境領主の息子とは思えない』の範疇で収まっていたのだろうが、誘拐事件発生後、俺は『本来知っているはずのない知識』を駆使してここまでやって来た。
さすがに質さざるを得ない、ということだろう。
この先の戦いは、文字通り命をかけたものになる。恐らく勝率は高くない。
無謀な賭けだと、ゲーム知識のある俺は知っている。
捕虜を通じ帝国の情報を集めているエリスもたぶん知っている。
そんな中、敵か味方か分からない人間に背中を預けられるか。
たぶん俺が彼女の立場でも、そう思うだろう。
エリスが、仲間たちの視線が、俺に突き刺さっていた。
「説明して納得してもらうのは、たぶん今は難しい」
熟考した俺は、そう言葉をひねり出した。
半年前、カエデさんに正体を問われたことがあった。
あの時はゲーム知識から彼女の素性に気づき、本来本人しか知らないはずの情報を材料にできたからこそ自分の正体を明かし説得したが……今回その手は使えない。
なぜなら彼女ら––––エリスとカレーナは、全くゲームに登場しないからだ。
手持ちの情報だけで彼らを納得させるのは、恐らく難しい。
またカエデさんは、神祀りの力で相手のウソを見抜くことができた。
俺がウソを吐いていないことを知れたからこそカエデさんは引き下がってくれたが……エリスや子分ズにはそんな展開は望めない。
俺の言葉に、エリスは表情を変えず静かにこう返してきた。
「……そう」
彼女は俺から視線を外し、右の手首を軽く振る。そして、
「『詠唱解凍(スペル・デフロースト)』」
短く、そう呟いた。
ブン、という起動音。
呟いた一句とともにエリスの腕のまわりに封術陣が展開される。
そして彼女は、躊躇なくそれを俺に向けた。
「じゃあ、あなたとは一緒に戦えないわね」
「っ……!」
––––驚き。緊張。恐怖。
それらが体を強張らせる。
これは想定外だ。
まさか、一瞬で封術を起動するなんて。
「……ず、随分と短い詠唱だな」
強がりを言いながら、自分の頰が引き攣るのが分かる。
「驚いた?」
エリスもまた、引き攣ったような笑みを浮かべ、問うてくる。
きっと彼女も、俺と同じ。
いっぱいいっぱいなのだ。
緊張で、頭が痺れる。
だが今、考えることを止める訳にはいかない。
これは正念場だ。
俺にとっての。
いや、俺とエリスを含むこのチームにとっての、正念場なのだ。
エリスは今、彼女にとっての切り札を見せた。
そしてその切り札をもって、俺を見定めようとしている。
彼女が本当に俺を敵と見なしていれば、起動と同時に術を放っているはず。
それをしないということは……これは対話なのだ。
互いの信用をつくるための対話。
エリスはすでに自分の手札を見せた。
俺が逃げる訳にはいかない。
まずは、彼女の問いに応えなければ。
「驚いた。まさかお前がこんな技術を持ってるなんてな」
俺の言葉に、エリスは少しだけ得意げに片頬を吊り上げる。
「へえ。私でもあなたを驚かせることができるのね。ダルクバルト准男爵閣下は色々と物知りだから、こんなものでは驚かないと思ってたけど?」
「驚くさ。これでも、びっくりして固まるくらいには驚いてる」
「ふーん……。ところで––––」
エリスはそこで言葉を区切り、あらためて俺を睨みつけた。
「あなたが驚いたのは『この技そのものに』かしら。それとも『私がこの技を使ったことに』驚いたのかしら?」
挑むような目。
緊張で息がつまる。
「……両方だ。技そのものにも驚いたし、エリスが独力でこんな技術を産み出したことにも驚いた」
小さく首を横に振るエリス。
「訊き方が悪かったわね。私が使ったこの『詠唱圧縮』と『詠唱解凍』、帝国ではもう似たような技術が開発されてるの?」
まさか。
封術の詠唱短縮技術なんて、ゲーム『ユグトリア・ノーツ』にすら登場しない。
俺ですら、初見。それどころか初耳の技術だ。
もし現時点で帝国が開発に目処をつけていたなら、ゲーム内で全く出てこないのはおかしいだろう。
で、あれば…………、
「少なくとも三年––––」
「え?」
「いや、四年か。この先四年はそんな技を使うやつは出てこないと思うぞ。帝国を含めてな」
「『四年』……ずいぶん具体的ね。それって言い方を変えれば、帝国は似たような技術をすでに研究中で、五年後に実用化予定ということ?」
「違う。そうじゃない」
エリスは俺が帝国の情報を知っている前提で話をしてくる。これは、カマをかけられてるんだろうな。
「帝国の研究事情なんて知らん。俺は単純に『五年先のことは分からない』と言ってるだけだ」
俺が知っているのは、ゲームのストーリーが終わるところまで。
つまり本格的にストーリーが動き始める三年後の魔物襲撃を起点として一、二年くらいまでのことしか、俺には分からない。
だから四年と言ったのだ。
そんな俺の言葉にエリスは、
「……ん?」
眉をひそめ、首を傾げた。
「『詠唱圧縮(スペル・コンプレッション)』」
エリスが呟きながら軽く手を振ると、彼女の右腕の周りに発現していた封術陣が手首に吸い込まれるようにかき消える。
「ちょっと、あなたが何を言ってるのか分からないんだけど」
両手を腰にやり、不審そうに問うエリス。
俺は逆に訊き返した。
「何が分からない? 『五年先のことは分からない』と言ってるだけだぞ」
「それって逆に言えば『四年先までのことなら分かる』ってことよね。あなたのさっきの受け答えは、それを示唆している」
「…………」
やはりこいつは賢いな。
こちらの意図をきっちり読みやがる。
緊張で、首筋から汗が流れた。
エリスは続けた。
「帝国の研究事情は知らない。でも『この先四年間は詠唱短縮技術が使われない』ことは知っている。他にあなたが知っていることと言えば…………『カエデの出自』と『この遺跡のルートと宝箱の位置』。あとは『帝国が世界各地の遺跡を調べようとしている』ことね」
彼女が知り得た、全ての情報がテーブルの上にあげられる。
「これらの情報から導かれる、最も説明しやすい推論は––––」
エリスの瞳が、俺を貫く。
「四年後の未来から来た『時間遡行者(タイムトラベラー)』」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます