第110話 迂回と解放
俺を睨みつけるエリス。
そのエリスに俺は、
「す、水路だよ」
「…………は?」
不審そうにさらに眉間にしわを寄せるエリス。
「この絵を見て、水路に似てるな、って思ったんだ」
「水路???」
訊き返してきた彼女に、俺は頷いてみせた。
元々、電気回路まわりの呼び方は、水の流路に倣っているところがある。
水圧––電圧。
水流––電流。
英語でどう言うのかはよく知らないが、少なくとも日本語では、そうだ。
考えた昔の人は、天才だと思う。
先ほど俺がエリスに話したアイデアは、封術の魔力回路を電気回路に見立てたところから思いついたものだ。
で、あれば、魔力回路を水路に見立てたという話で説明できるのではないか。
苦し紛れにそう思ったのだ。
「この封術結界は、要するに魔力の供給源である封力石と、その魔力の流路である魔力回路で成り立ってる。これは川から農地や集落にどう水路を引くか、って話に似てないか?」
俺の言葉に、エリスは例のポンチ絵を俺から取り上げ、目を落とした。
「水路を引く際には、まずはどう水を流すかを考えるけど、同時に大雨なんかで増水した時に『どう水を逃すか』も考えなきゃならない」
電気回路における短絡(ショート)は、水路に置き換えると氾濫になるんだろうかとも思ったが、どちらかと言うとそれは漏電とかに近い気もする。
するとやはり迂回(バイパス)だろうか?
「水の流れを変えるには、新たに流路に掘っておいて、一気に切り替えるだろ? 同じことがこの封術結界の魔力回路でもできないか、と思ったんだよ。つまり––––」
「封力石の間を結んでる魔力回路を途中でバイパスさせて、元の回路を殺すわけね」
ポンチ絵に線を一本足してその先に☆印を描いたエリスは、元の回路の線に×印をつける。
さすが天災少女。理解が早い。
彼女は顔を上げた。
「たしかに理に適ってる。魔力回路が水路に似た性質を持ってるのも、その通り。あなたが言った方法なら、結界を破ることができるかもしれない」
そう言いながらも、エリスは不機嫌そうにこちらを見つめる。
「釈然としないのは、そのアイデアがあなたから出てきたことよ。なんで水路に似てるなんて思いつくのかしら? あなた、治水の経験なんてないでしょ?」
いやまあ、そうなんですが……。
ここは引く訳にはいかない。
「確かに経験はないが、将来的な治水事業について、あれこれ考えたり調べたりはしてるからな。そこからの発想だよ。うん」
俺の言葉に、胡散臭そうな顔をするエリス。
「…………」
「…………(汗)」
一瞬、微妙な空気が流れる。
だが––––
「……まあ、いいわ。今はこいつを突破して、エステルたちを助ける方が大切だしね」
エリスはそう言って懐から封力石を三つ取り出すと、それらを机の上に置き、再び紙に計算式を書き殴り始めた。
しばしあって、エリスは声をあげた。
「できた!!」
彼女はペンを置き、代わりに目の前の封力石を掴むと、俺を振り返った。
「いけそうか?」
俺の問いにエリスはにやりと笑う。
「計算上はこれでいけるはず。あとはやってみてのお楽しみね。……ついて来て」
そう言うと、スタスタと結界の方に歩いてゆく。
俺たちは彼女について行った。
結界の前に立ったエリスは、俺たちに向き直り、手のひらに乗った三つの封力石を見せた。
「今からこの石を使って、魔力のバイパス回路を作るわ。左右の大型封力石を結ぶ魔力回路の間に新たな回路を放り込んで、流れる魔力を空に向かって解放する」
自信満々に語る彼女に、スタニエフが首を傾げた。
「魔力を空に……。それって危なくはないんですか?」
確かに。
要するにエネルギーの流れを変え、その力を解放するのだ。
下手をすれば––––
「危ないわよ?」
「「「えっ?!」」」
あっけらかんと言い放ったエリスに、他の仲間たちが凍りつく。
「それはそうよ。既存の術式に介入して、強力な魔力の流れを変えて一方向に解放するんだもの。多分、今まで誰もやったことがないことだし、制御にしくじればあたり一面が吹き飛ぶかもね」
「あ、あたり一面が吹き飛ぶって、お前……」
珍しくジャイルズの顔が引き攣っている。
そんな脳筋子分(ジャイルズ)に、エリスはずびしっ、と指を突きつけた。
「リスクを取らない者にリターンはないわ。覚悟を決めなさい!」
「うっっっ!!」
痛いところを突かれ、反論もできない脳筋。
いやまあ、村が吹き飛んだら困るんだけどな。
すると今度は、カレーナが口を開いた。
「封力石を三つ使うってことは、それぞれ別の術式を組み込むの? 二つで迂回流路を作って、残る一つで魔力を解放とか?」
「そう。付け加えるなら、迂回流路(バイパス)を作る二つには流量制御の術式も組み込むつもりよ」
「魔力をゆっくり解放するため?」
「その通り! さすがね、カレーナ」
「ま、まあね……」
エリスに褒められたカレーナは満更でもなさそうな顔をして、恥ずかしいのかすぐにぷい、と横を向いた。
「それじゃあ、始めるわ」
一つ目の封力石を掲げるエリス。
「頼むから、村を吹き飛ばしてくれるなよ」
「わ、分かってるわよ!」
俺の言葉に、天災少女が叫んで返す。
そして、詠唱が始まった。
いつもの彼女より、かなり速度を落とした詠唱。
一語一句を違わぬよう、ゆっくりはっきりと発音してゆく。
やがて封力石を握った彼女のこぶしの周りに、眩く光る封術陣が現れた。
エリスの言葉により、その封術陣に記号のような文字と幾何学的な図形が刻まれてゆく。
「いつものものより、封術陣が明るくありませんか?」
スタニエフの呟きに、頷く。
「今回は完全に精度重視ということさ。詠唱をしっかりやるだけで、こうも変わるもんなんだな」
慎重に詠唱を進めるエリスを、皆が固唾をのんで見守った。
数分後。
「一つ目、終了!」
エリスの声に、皆があらためて彼女を見た。
天災少女の額には、珍しく汗が浮かんでいる。それだけ集中していたんだろう。
代表して俺が声をかけた。
「出来はどうだ?」
「完璧……だと思う。少なくとも思う通りの回路は出来たわ。あとは使ってみて結果を見るしかないわね。––––早速試しても?」
「ああ、頼む」
俺が頷くと、エリスは白色の光を湛える封力石を掲げた。
「『魔力流路制御(サーキット・コントロール)』!!」
封力石の周りに複数の封術陣が現れ、石の周りを回転し始める。
エリスは意を決したように小さく頷くと、その石を金色の封術結界に向けて投げ入れた。
放物線を描き、飛んでいく封力石。
結界が石を異物と認識すれば、弾かれる。
魔力回路が適切でなければ、結界が暴走するかもしれない。
皆が祈る中、石が封術結界に達した。
スッ
無音。
石は何の抵抗もなく結界の膜に入り込み、新たな魔力流路(バイパス)と思われる光の筋を作り出した。
「……どうやら、うまくいったみたいね」
ほっとしたように呟いたエリスの言葉に、皆が一斉に安堵の息を吐き出した。
その後、同じ術式の封力石を作成し、結界に投入。
これも同じようにうまくいった。
結界を形成する巨大封力石の間に放り込まれた二つの流路制御用の石は、本来の魔力回路の代替として迂回回路(バイパス)を形成していた。
あとは、このバイパス回路の真ん中に、魔力を空に向けて解放する最後の石を放り込んで起動するだけだ。
「それじゃあ、いくわよ」
半分だけ振り返ったエリスに、皆が黙って頷く。
「『流路通過(スルー・サーキット)』!」
石の周囲に、小さな封術陣が一つ現れる。
エリスはその石を、先に放り込んだ二つの封力石の間に投げ入れた。
スッ
再びの無音。
石は抵抗なく結界の膜に入り込み、迂回流路の中間に浮かんだ。
エリスが呟く。
「起動するわ」
「やってくれ」
俺の言葉に頷くエリス。
彼女は、叫んだ。
「『魔力開放(パワー・リリース)』!!」
次の瞬間、目の前に巨大な光の柱が立ち昇った。
シュゴオオオオオオ!!!!
眩い光。
そして、巨大な風船から空気が抜け出るような轟音。
あまりの威力に、大地すらも僅かに振動していた。
「くっっっ!!」
眩しさにそれを直視し続けることができず、思わず顔を背ける。
皆、同じようにして耐えていた。
数分か。
数十秒か。
光と音が収まり、俺たちが恐る恐る顔を上げると––––それまで鉄壁のように俺たちの前に立ちふさがっていた封術結界は跡形もなく消え、森は本来の静けさを取り戻していた。
「…………」
森を指差しながら、振り返るエリス。
頷く俺。
「やったわっ!!!!」 「やったなっ!!!!」 「すごい!!!!」 「「よっしゃあああああああああ!!!!」」
ハイタッチする俺とエリス。
ガッツポーズするジャイルズたち。
皆、思い思いの形で驚きと喜びを全身で表したのだった。
☆エリスの『追及』は、自身の努力への自負以外に、目の前の問題への理解を深めるための手順という面もあります。本気で追及つもりではなく、対人関係が不器用であるがゆえにあのように出てしまい、ベッドに入ったあと布団を被って「あんな風に言わなくてもよかったのに……」とうじうじ後悔する訳です。
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