第111話 小さな目撃者たち
「ボ、ボルマン様! これは一体……?!」
背後の声に振り向くと、領兵と村長たちがわらわらと集まって来ていた。
俺は森を指差して説明する。
「見ての通りだ。結界を破った」
おおっ!!
どよめく村人たち。
俺は村長に向き直った。
「エステルとカエデがエルバキア帝国の密偵に捕まった。犯人は例のオルリス教会を名乗る二人組だ」
驚愕して固まる村長。
「そ、そんな……。まさか、彼らが密偵?」
「そうだ。皆でペントに避難したら、このことを父上と領兵隊に伝えてくれ」
「か、かしこまりましたっ!」
村長と領兵たちが頭を下げる。
と、領兵の一人が何かに気づいたように口を開いた。
「我々はペントに避難しますが、ボルマン様と皆様はどうされるのですか?」
その問いに、わずかに片頰を上げる。
「––––決まっている。密偵を追い、エステルたちを取り戻す」
「そ、それは……危険ではありませんか?! せめてペントに応援を要請して––」
「それでは遅いんだ」
兵士の言葉を遮り、彼を見据えた。
「敵は今、彼女たちが必要だから生かしているだろうが、目的を達成すれば用済みとして殺されかねない」
密偵たちが必要としているのは、おそらくカエデさんのカンマツリの力だ。
ゲーム『ユグトリア・ノーツ』では、ヒロインのペンダントによって解かれた『テルナ湖・水の遺跡』の封印。
その封印を解くのにカエデさんの力を使おうとしているんじゃないかと、俺は推測していた。
思い返せば、去年の秋に湖の底にある『水の遺跡』の姿を見ることができたのは、カエデさんが石碑に書かれた文字……秘文字を読んだからだった。
彼女が遺跡を暴こうとする者たちのキーパーソンになることは、少し考えれば分かったはずなのに……。
あまりに迂闊だった。
俺は領兵と村長たちに説く。
「それにさっきも言ったように、現在オフェル村は狂化ゴブリンの群れに襲われている。領民の安全を確保するならば、まずはそちらの対処が最優先だ。こちらに戦力を割く余裕はない」
「し、しかし…………」
「既にこの件は父上に許可ももらっている。またクリストフにも話をしてある。これは決定事項だ」
そうキッパリと言い切る。
領兵は心配そうに俺たちを見ると、やがて頭を下げた。
「出すぎたことを言って、申し訳ありませんでした」
「いいさ。だがまあ、今から言うことを父上とクリストフに伝えてもらおうか」
俺は、ごほん、と咳払いした。
「『テルナ湖の祠に遺跡への入口あり。我々は賊を追い同遺跡に突入する。賊はオルリス教会を名乗る二人組で……エルバキア帝国の手の者と思われる』––以上だ」
俺が喋り終わると、皆が驚愕の表情でこちらを見つめていた。
最初に口を開いたのは、村長だった。
「あ、あの祠が……遺跡の入口ですと???」
「そうだ。うちの書庫で埃をかぶっていた古文書に、そう書かれていた。また半年前に湖を訪れた際に俺たち自身、湖の底に神殿らしきものがあるのをこの目で確認している。遺跡があるのは間違いない」
「––––なんと。伝承は、まことでありましたか…………」
茫然とした顔で呟く村長。
その後ろでは、彼の息子と村の若い衆が動揺した様子で、その場にいる一人の少年を凝視していた。
「それじゃあ、ウッツたちの話は本当だったのか……?」
若者の一人が呟く。
「ほらっ! ほらあっ!! 俺が言った通りだろ?!」
茫然とする大人たちと、彼らに向かってドヤ顔で騒ぎ立てる俺より少し年下と思われる少年。
「どいつもこいつも、俺たちをホラ吹き呼ばわりしやがって! だから言ったじゃないか。『黒髪のねーちゃんが何かぶつぶつ言ったら湖の底に建物が見えた』ってさあ!!」
…………。
そうか。
やつらに情報を与えたのは、こいつらか。
頭に、血が上った。
俺はつかつかと少年の前に歩いて行き、黙って彼の前に立った。
大人たちにドヤ顔をしていた少年が、顔を強張らせる。
「お前、それをあの二人組に喋ったのか?」
「ひっ––––!?」
さっきまでの強気は一転、少年は泣きそうな顔になった。
「どうなんだ!?」
「ごっ、ごめんなさぃぃっ、ゆ、ゆるして……」
「俺は、あの湖での出来事を、オルリス教会の二人組に喋ったのか、と訊いているんだ!!」
「ひぃっっっっ!?」
少年の顔が恐怖に引き攣り、体を硬直させた。
すぱーん!!
「痛てぇーー?!」
何者かに頭を叩かれ振り返ると、そこには紙の束を棒状に丸めて持ち、こちらを冷ややかに見下ろす伯爵令嬢がいた。
「やり過ぎ。今大事なのは事実関係を確認して、早急にエステルたちを助け出すことでしょ? 貴重な情報源を萎縮させてどうするのよ」
いやまあ、そうなんだが。
「情報源て……お前も大概ドライだな」
俺の言葉に、腕を組み、ふん、と鼻を鳴らすエリス。
「私は合理主義者なの。効率的に目的を達成することを考えているだけよ」
「人はそれを、ドライって言うんだぜ?」
「うるさいわね」
そうしてエリスとやり合っていた時だった。
「私が訊くよ」
隣でやりとりを見ていた小柄な金髪の盗賊封術士が、すっと進み出て少年に歩み寄った。
カレーナの対応は素晴らしかった。
ガタガタ震えている少年に歩み寄って膝をついて目線を合わせ、罰しないことを約束して落ち着かせる。
そうして落ち着かせたところで、彼らが例の密偵たちに湖で見たことを訊かれ、喋ってしまったことを確認したのだった。
「––––だってさ。彼らは訊かれたから答えただけ。あの件で緘口令は出てなかったから、仕方ないんじゃない?」
カレーナが俺を振り返った。
うん。分かってはいるんだ。
さっきのアレは、半ば俺の八つ当たりだ。
少年を宥めるカレーナを見て、頭が冷え、罪悪感に襲われていた。
「そうだな。他に訊かれたこともないようだし……。この件は不問にする」
皆に––––もちろん少年にも聞こえるように、そう宣言した。
ほっ、と安堵の空気が流れる。
俺はカレーナに近づき、そっと囁いた。
「ありがとう。助かった」
「そんな大したことしてないよ」
そっぽを向く金髪の少女。
「他の奴じゃ、あれを宥めるのは難しかっただろう。俺もついカッとなって怒鳴ったが、エリスの言う通り失敗だった。よく場を収めてくれたよ」
「うちには弟がいたし、孤児院ではチビたちの面倒も見てたからな」
ああ。
そういえば彼女は、両親を亡くしてから弟と孤児院にいたんだったか。
「……カレーナは良い奥さんになりそうだな」
そう笑いかけると、カレーナは目を見開いて叫んだ。
「なっ、なっ、何言ってんだよ?!」
顔を真っ赤にして突っかかってくる金髪の少女。
「いや、だってほら。子供の扱いは上手いし、面倒見がよくて小さい子に慕われるしさ」
「そっ、そういうことは、軽く言うなよな!!」
そう怒鳴ると、カレーナはプンスカしながら森の入口の方に歩いて行ってしまった。
「なんなんだ一体……」
呟く俺に、隣にやって来たエリスが大袈裟にため息を吐いた。
「あなたって、本当デリカシーないわよね」
「はあ?」
じろり、と睨む。
が、エリスにはなんの効果もなかったようで「こりゃダメだ」とでもいうように首を振りながら、カレーナのところに行ってしまった。
「本当、何なんだよ……」
ぼやきながら、俺も彼女たちの後を追った。
森の入口に、皆が集まっていた。
子分ズとエリスと俺。
そして村長をはじめとするテナ村の主要メンバーたち。
「それじゃあ、村の皆を頼むぞ」
「はっ!!」
胸にこぶしを当て、敬礼する領兵たち。
村長が頷いて言った。
「ボルマン様と皆様もお気をつけて」
「ああ。またペントで会おう」
俺は村長に歩み寄り、軽く肩を叩く。
初老の彼は、驚いたように顔を上げた。
「頼んだぞ」
もう一度そう言葉をかけると、村長は俺の目を見てゆっくりと頷いた。
「お任せ下さい。……皆さまに、ご武運を」
「ああ」
俺は仲間を振り返った。
「よし。出発だ!」
「「「おう!!」」」
そうして俺たちは、木製の小さな門をくぐり、湖と祠に続く森の細道に入って行った。
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