第109話 天災少女と転生者
エリスが猛烈な勢いで計算を始めて、数分後。
彼女の横で、俺がトーサ村の村長に向けて手紙を書き終えた時だった。
「分かったわ!」
エリスは、ダンっと机に両手をついて立ち上がった。
「どうだ?」
俺の問いかけに、エリスは片頬を上げ笑みを返す。
「この結界の仕組みが分かったわ。やはり封術障壁の応用ね」
そう言うと彼女は、新たな紙を一枚とり、サラサラと絵を描いて俺たちに掲げて見せた。
「通常の封術障壁は、こんな感じで封力石の魔力を障壁として展開しているわ。形としては、封力石を頂点とする四角錐状の魔力場の底面を相手に向けるイメージね」
お世辞にも上手いとは言えない紙に描かれた「人」は、片手に封力石らしきものを掲げている。
その石からは映写機のように四本のビームが出ていて「人」の前方に四角いシールドのようなものを作り出していた。
エリスはそのシールドから封力石までの四角錐状の空間に斜線を入れる。
どうやら封術障壁というのは、盾の形ではなく四角錐状の魔力場ということらしい。
「封術式としては、四本の魔力線を指定した方向と距離に展開して、線同士を結ぶ四角錐状の魔力場を形成する。その魔力場で、物理攻撃や封術を受け止めるわけね。だから、硬く深い立体的な障壁ができる反面、魔力の消費が激しくて展開できる時間は極端に短くなる。二級品の封力石だとせいぜい一分くらいしかもたないわ」
エリスはそう説明すると新しい紙を手に取り、再びサラサラと絵を描いた。
「それに対してこの封術結界は、封力石から天地方向に二本の魔力線を飛ばして、隣接する石の魔力線同士を結ぶ魔力場を形成してる。要するに『面』で障壁を作ってるわけ」
今度の絵では、石から上下にビームが出ていて、隣の石から同様に出ているビームとの間で、四角い面になる範囲に斜線が引かれていた。
なるほど。
彼女の言わんとすることが見えてきた。
「つまり三次元で防御する封術障壁は魔力の消費が激しいが、二次元で防御する封術結界は魔力の消費を抑えられる分、持続時間を長くできるということか」
「その通り。当然、弱点は『壁が薄い』ことなんだけど……この結界がよくできているところは『必要な時だけ大量の魔力を供給して、壁を硬くできる』ってことね」
まじか。
「じゃあ、壁が薄いのは弱点にならない?」
俺の問いにエリスは首を横に振った。
「そんなことはないわ」
彼女は、先ほどの絵に追加して描き殴る。
「この結界は魔力の供給源として複数の大型封力石を輪状に配置してる。隣り合った石同士で魔力を融通できるようにしているのね」
そう言って見せられた絵には、石が輪状に配置されて線で結ばれ、さらにそれぞれの石から天地方向に出ているビーム同士を線で結んで、象の檻、または野球場のフェンスのようになっている様子が描かれていた。
「なるほど。よくできてるな」
俺の言葉に、頷くエリス。
「そう。例えばこの『面』の一つが攻撃されると、瞬時にすべての石から魔力が供給されてそこの『壁』だけが瞬間的に強化される」
彼女は石を繋ぐ面の一つに『×』印をつけた。
印をつけた面が、攻撃を受けた壁ということなのだろう。
さらにその面に向け、周囲の石から輪に沿って流れる矢印が描かれる。
矢印が魔力の流れなのだろう。
つまり、電池を直列に繋いでいるようなものか。
「一枚の『壁』は、どの部分を攻撃されても面全体が強化されるようになってる。小石を投げられても、大出力の封術をぶつけられても、同じように強化されるわ」
え?
「それってつまり……」
「そう。壁に向かって、小石を投げ続けたらどうなるかしらね?」
そう言ってエリスはニヤリと笑った。
「私が思いつく範囲で、この封術結界を破るための方案は二つ。確実なのは、継続的な攻撃で魔力を浪費させてすべての封力石の魔力を枯渇させる方法。この方法だと、時間はかかるけどいつかは必ず結界を破れるわ」
「どのくらいかかる?」
「あくまで仮定の数字での試算だけど、十人がかりで石を投げ続けて大体八時間前後というところね」
「は、八時間!?」
さすがに、そんなに時間をかけてはいられない。
文字通り日が暮れてしまう。
「もう一つの方法は?」
俺の問いにエリスは、顎に手を当て、険しい顔で答えた。
「これは机上の空論に近いんだけど……。同時に二つの『面』に攻撃をして一部の封力石に負荷をかけ、石の魔力回路を焼き切る方法が考えられるわ」
「負荷をかけて回路を焼き切る?」
「そう。本来あの封力石が扱える魔力量以上の魔力が瞬間的に流れるようにするの。……問題は、離れた二箇所に対して正確な同時攻撃ができるのか、ってことね。さっきの攻撃に対する反応を見る限り、コンマ五秒もずれたらダメだと思う」
––––いや、それはさすがに無理ゲーだろ。
俺は頭を抱えた。
エリスから提案された二つの方法。
一つは、確実に結界を消すことができるが、時間がかかり過ぎる。
もう一つは、実現不可能なレベルの二箇所同時攻撃が必要。
(……詰んだな)
自分の心が弱音を吐く。
脳裏に浮かぶ、可愛い婚約者の笑顔。
彼女は今、どうしているだろう?
拘束され、猿ぐつわを噛まされているかもしれない。
簀巻きにされ、荷物でも運ぶように抱えられているかもしれない。
怯えているだろうか?
震えているだろうか?
絶望に囚われているだろうか?
(––––それはないな)
怯えているかもしれない。
震えているかもしれない。
それでも彼女は、最後まで希望を捨てないだろう。
『ボルマンさまが、絶対に助けに来てくれます』
彼女の声が、聞こえた気がした。
気がつくと、皆の視線が俺に集まっていた。
いつのまにかきつく握りしめていたこぶしには、汗が滲んでいる。
(そうだ。俺が諦める訳にはいかない)
考えろ。
現状を打開する方法を。
いつもそうしてきたじゃないか。
ヒントは、既にエリスがくれている。
ゲーム知識でも、現代知識でもなんでも使って、突破してやる。
俺は顔を上げ、金色に光る封術結界を睨みつけた。
机の上に置かれた、エリスが描いた絵を手に取る。
それは、例の象の檻の絵だ。
天災少女からの提案は二つ。
すべての封力石の魔力を使い切らせる。
封力石の魔力回路に多量の魔力を流し、焼き切る。
考えてみれば、どちらも電気回路の話によく似ている。
そういえばこの絵自体も、どことなく小学校で習った電池と豆球の回路に似てるよな。
直列に繋いだ封力石(電池)と障壁(豆球)。
回路が壊れるのは、どういう時だろう?
物理的に断線する場合。
導電性のものが触れて、短絡(ショート)する場合。
「……ショート?」
俺はエリスの絵を見直した。
封力石同士を結ぶ、魔力供給のライン。
これを電線と見た場合、導電性のものを触れさせることで短絡(ショート)させることはできないか?
通常、この魔力線は障壁と一体化して護られ干渉することができないが『導電性』のものであればどうだろう。
「なあ、エリス」
俺の呼びかけに、天災少女がこちらを見た。
「なによ?」
「こういうことはできないか?」
俺はエリスが描いたポンチ絵を使い、彼女に自分のアイデアを説明した。
「…………ねえ」
説明が進むに従ってしだいに眉間にしわを寄せていったエリスは、説明が終わると一層険しい顔で俺を睨みつけた。
「あなた、何者よ?」
「は???」
エリスの問いかけに、趣旨が分からず問い返す。
「帝国封術はおろか、封術の基本すら知らないあなたが、何でこんなこと思いつくのよ?」
えーと……。
どう言い訳しよう?
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