第105話 勾玉の秘密
「あなたねえ……」
エリスが眉を吊り上げる。
「まあ、待てよ。誰がなぜ石を割ったかは置いといて、そもそもカエデさんはなんで勾玉(まがたま)をエステルの部屋に置いたんだと思う?」
俺の問いに、食ってかかろうとしていたエリスの勢いが弱まる。
「そんなの、分かんないわ」
「そうだろうな」
「何よ。なら、あなたには分かるの? カエデが『マガタマ』を置いた理由が」
エリスの言葉に、俺は小さく頷いた。
「思い当たることは、ある。ちょっと時系列を整理しようか」
俺は南の窓際に置かれている書物机(ライティングビューロー)のところに歩いて行った。
皆が後についてくる。
俺は机の上に置いてある便箋とペンを使い、現状で考え得るカエデさんの行動を順に書いていった。
「まず、深夜皆が寝静まった頃『何か』が起こった。––––何があったかは分からないが、それをきっかけにカエデさんはベッドから抜け出し、メイド服に着替えて、自分の部屋に鍵をかけた。ここまではいいか?」
箇条書きしたメモを皆に見せる。
「いいわ。続けて」
腰に両手をやり、こちらを軽く睨むようにしてエリスは先を促した。
「次にカエデさんは、エステルの部屋の鍵を開け、部屋の中と廊下に、勾玉を置いて部屋を後にした。––––これはどうだ?」
「…………いいと思うけど」
少し考えてそう答えたエリスに、俺は問いかける。
「この時、カエデさんはエステルの部屋に鍵をかけたと思うか?」
「それはそうでしょう。カエデがエステルの部屋に鍵をかけないわけ……あっ!!」
何かに気づき、声をあげるエリス。
「その通り。エステルの部屋には鍵がかかっていなかった。このことから考えられるのは、二つ。一つはカエデさんが鍵をかけなかった場合。もう一つは、この時は鍵をかけたが、後で誰かが鍵を開け、閉めずに外に出た場合だ」
「つまり、侵入者?!」
「一応、カエデさんか、エステル自身の可能性もある。多分、違うと思うがな」
俺の言葉で、皆に動揺が走る。
「なんてこと……」
エリスは目を伏せた。
「さて。そこで勾玉だ。カエデさんはなぜわざわざ五つの石を置いたのか。『置く』という行為を行った以上、そこには何らかの意図があったはずだ」
「つまり、何かのメッセージ?」
エリスの言葉に、俺は首を横に降る。
「その可能性もゼロじゃないが、おそらく違うだろう。分かりにくい上に、手間がかかり過ぎる」
「たしかに。誰かにメッセージを残すなら、私ならせめて文字を使うわね」
自分の頭をコン、コンと叩く伯爵令嬢。
俺は頷き、続けた。
「同感だな。これがメッセージだとは考えにくい。では、彼女の『意図』は何なのか? 俺は、勾玉が割れていたことに注目した」
「割れたマガタマ?」
「そうだ。五つの石は最初は破損していなかったと思われるが、発見された時には粉々に砕けていた。それも五つ全部が、だ。これはカエデさんの当初の『意図』が、何らかの理由で妨害された結果だと思うんだ」
「カエデの意図が妨害された?」
「ああ。五つの石は、目につきやすい場所だけじゃなく、ちょっと見つけづらい場所にも置かれていたが、その全てが砕けていた。カエデさん自身が砕いた可能性もあるが、俺は違うと思う」
「カエデなら、わざわざ割る必要ないものね。回収すればいいわけだし」
「その通りだ」
うちの助手は冴えている。
まあ、天災少女だしな。
「ここで一度、勾玉がどこに置かれていたかを確認しておこうと思う。––この中で、間取り図を描ける者はいるか?」
俺の問いに、エリスと執事のクロウニー、中年メイドのステラさん、ドジっ娘メイドのミスティは顔を見合わせた。
「私はダメよ。封術陣は詠唱で描く派だから」
早々に一抜けするエリス。
「私らも、そういうことはやったことがないねえ」
さらに脱落するステラさんとミスティ。
残されたクロウニーは、微笑を浮かべた。
「それでは、私が描きましょう。仕事の中でそういう図を描くこともありますから」
さすが、じいだ。
「こちらでいかがでしょうか? ボルマン様」
クロウニーが示したエステルの部屋〜廊下までの間取り図は、一目見ただけで分かるくらいによく描けたものだった。
「よし。それじゃあ次に、勾玉が置いてあった場所にしるしをつけてくれ」
クロウニーは自ら書いた図に五つの×(ペケ)を書き足し、俺はその紙を受け取った。
「……やっぱりな」
思わず漏らした呟きに、エリスが反応する。
「何が『やっぱり』なのよ?」
「お前は、これを見てどう思う?」
俺から渡された間取り図に目を落としたエリスは、顎に指を当ててしばし考えて、こう言った。
「きれいな五角形になってるわね。……………………。え? ちょっと待って。これ、ひょっとして何かの儀式紋?!」
何かに気づき、声をあげるエリス。
「五角形。そう、五角形だな。だが俺なら、こう考える」
俺は彼女の手から間取り図を抜き取ると、ペンをとり、五つの×を一つ飛ばしで直線で結んだ。
「ーー何に見える?」
その図案を見たエリスは目を見開き、こう叫んだ。
「五芒星(ペンタグラム)!」
「五芒星は、いくつかの文化圏で使われる儀式図形だ。その中には魔除けとして使われる例もある。カエデさんの出身地である西方のアキツ国でも、そうである可能性は高い」
実際に体験したカエデさんの禁術は神道系の力な気がするが、『ユグトリア・ノーツ』に出てくるメイド仮面が使う技には、どこか陰陽師を感じさせるものがあった。
この世界のアキツ国が同じかどうかは確証がないけれど、少なくとも日本の陰陽道では魔除けの呪符として五芒星を使っていたはずだ。
「魔除け…………それって、エステルを守るために?」
エリスの言葉に、俺は頷いた。
「おそらく、結界だったんだろう。残念ながら何者かに破られてしまったけどな」
そう。
そう考えると、目の前のかなりのことに説明がつくのだ。
「これで、昨夜起こった一連の出来事について、おおよそのことが推測できる。時系列に沿って整理すると、
①カエデさんが『何か』に気づいて起きる。
②カエデさんが勾玉を使ってエステルの部屋に結界を張る。
③カエデさんが屋敷を抜け出す。
④何者かが屋敷に侵入し、結界を破る。
⑤侵入者はエステルを誘拐して、逃走。
ーーーーどう思う?」
「正直、一番考えたくなかった事態ね。今の話が当たっているとすると、カエデは誰かにおびき出されたのかもしれない」
え?
「おびき出された……?」
背すじに冷たいものが走る。
「だって、偶然にしては出来すぎてるじゃない。カエデが外に出なければならない『何か』と、エステル誘拐のタイミングが重なるなんて」
エリスの指摘に、俺は動揺した。
なぜ、気がつかなかったのか。
誘拐犯はカエデさんの結界を破っている。
それはつまり、カエデさんの術を破るすべを用意してきたということ。
彼女が禁術使いであることを知っている、ということ。
場合によっては、彼女の出自すら知っている可能性もある。
それを利用して彼女を外におびき出したとしたら?
「くそっ! そうだ。全ては繋がっているんだ!!」
ガンッ、と傍らの書物机をこぶしで殴りつける。
…………痛い。
こぶしの一部に違和感を感じ、机に視線を落とす。
机の表面に、小さい傷があった。
「ん?」
目を近づけ、その傷を観察する。
入口が小さく、その割にやたらと深い傷。
最近ついた傷なんだろうか。補修されることもなく、白い木の色を曝している。
「クロウニー、ちょっと来てくれ!」
俺の呼びかけに、傍らにやってくる、じい。
「どうされましたか?」
「これを見てくれ。––––どう思う?」
腰を屈め、傷を観察するクロウニー。
じいはしばらくその傷を見て、触れて、こう言った。
「細いナイフのようなものを、垂直に突き立てた跡ですね。意図的にやらないと、こうはならないでしょう。……例えば、このように」
じいは一枚便箋をとって机の上に置くと、ペンで勢いよく突き立てる仕草をした。
「––––野郎、エステルを人質に、カエデさんを別の場所に呼び出したな!?」
俺は唇を噛んだ。
「ボルマン様っっ!!!!」
その時、階下から俺を呼ぶ声が聞こえた。
その野太い声には、聞き覚えがある。
「上がって来い! クリストフ!!」
そう叫ぶと、間もなく見慣れた師匠が部屋に入ってきた。
「坊ちゃん! カエデどのらしき人物を目撃した、との報告が入りましたぞ!!」
「どこだ?!」
「南のトーサ村の農夫が、明け方近くに、風のように村を走り抜けるメイド姿の女性を見た、とのことです」
「行き先は?!」
「テナ村の方角に走り去った、と」
くそっ!
あいつらか!!!!
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