第104話 捜査と推理②
エステルの部屋の鍵を開けてもらい中に入ると、まず目に留まったのは可愛く設えられたテーブルセットだった。
普段はここでエリスとお茶をしたりしているらしい。
それから部屋をざっと見回すと、他に本棚と書物机などがあり、左手にぐるっと回り込んだところに、これまた可愛いドレッサーと天蓋付きのベッドがあった。
ざっと一見したところ、おかしなところはない。
「なあ、エリス。クローゼットの中を見てくれないか? 衣服がなくなったりしてないか念のためもう一度確認して欲しい」
「分かったわ。––あなた。案内してくれる?」
「かしこまりました」
そう言って、ドジッ娘メイドのミスティさんとクローゼットの確認に向かうエリス。
俺は彼女たちが衣類を見ている間、中年メイドのステラさんとクロウニーを連れて、部屋を見てまわった。
「……ん?」
それはテーブルセット横の窓際に落ちていた。
小さな緑の石の破片。
俺はそのかけらを手に取った。
既に見せてもらったものと同じように、砕けている。
––––が、こちらはまだいくらか原形を留めているようだった。
「クロウニー」
そのかけらを手のひらに乗せ、じいの目の前に持っていく。
「これをどう思う?」
じいは眼鏡の奥の細い目を、さらに細めて石を観察した。
「人の手で加工されているように見えないか?」
俺の問いに、クロウニーは「むむ」と唸って石を観察すると、やがて口を開いた。
「確かに、人の手で磨かれているように見えますな」
滑らかな曲面。
左右で大きさの違う二つのRが作り出す……わずかに巻いたような形状。
その破片は、人の手で形が作られ、磨かれているように見えた。
振り返り、今度はステラさんに問う。
「これと同じものが、他にもまだ落ちてると聞いたが?」
「ええ、ええ。廊下のものを合わせて、見つけられる範囲で、五個落ちてましたね」
「残りを見せてくれ」
小太りの中年メイドは頷くと、緑の小石が落ちている場所を案内してくれた。
緑の小石は、みな全て同じ状態だった。
––––つまり、砕けていたのだ。
だが最後の一つ。
エステルのベッドと窓の間に落ちていたそれを手に取った俺は、そのまま固まった。
その石ももちろん割れてはいたのだが、先ほど拾ったものに増して元の形を保っていたのだ。
「これは…………」
上下二つの部分に分かれたその形には、見覚えがある。
俺はその二つの破片をくっつけて指でつまみ、窓の光にかざした。
時計まわりに僅かに巻いた、肉食獣のツメのような形状。
薄緑に光る滑らかな曲面。
そして、上部の円形部分の真ん中にあいた穴。
「なによ。その石が何か分かったの?」
いつのまにか背後にやってきていたエリスに、俺は答える。
「ああ。この石を置いたのは、おそらくカエデさんだ」
「なんでそんなことが分かるのよ?」
「この装飾を使いそうな国を、俺は一つしか知らない。…………これは、遥か西方にある島国のものだ」
「それって、アキツ国のこと?」
「ああ。この石は『勾玉(まがたま)』という装飾品だ」
それはまさしく勾玉だった。
ゲーム『ユグトリア・ノーツ』に出てくる日本風の島国、アキツ国。
俺の身近にいる彼の国出身の人間は、カエデさんだけだ。
であれば、この勾玉はカエデさんが何らかの意図を持って、エステルの部屋や廊下に置いたに違いない。
「割れた勾玉、か」
「まあ、割れてるわよね」
俺はエリスの顔を見た。
「なによ?」
「クローゼットはどうだった?」
「きちんと整理されて、きれいに衣服が並んでいたわ。あのメイドが言うには、なくなった服はないそうよ」
「じゃあ、やっぱりエステルは寝間着のまま外に出たのか?」
「私が見た範囲では、寝間着も見当たらなかったわ」
「…………嫌な予感がするな」
「ちょっと、変なこと言わないでよ」
俺はエリスの抗議を無視し、何時間か前までエステルが寝ていたはずのベッドを見た。
「ベッドは、今朝のままだよな?」
「はい。一切触れておりませんよ」
俺の問いに、ステラさんが答える。
ベッドの上のかけ布団は、半分ほどが折り返すように剥がされ、放置されていた。
その跡に感じる違和感。
「仮に、エステルが自分でベッドを抜け出したとしてさ」
「なによ?」
隣のエリスが律儀に俺の言葉に反応した。
「こんな風に布団を放置するかな?」
ベッドを見ていたエリスの視線が厳しくなる。
「……多分、しないわね」
同感だ。
エステルは今をときめくミエハル子爵の娘だけあって、かなりしっかりした躾を受けている。
それはもう、転生インチキ貴族の俺が見ても分かるくらいに。
エステルの立ち居振る舞いは、とにかく美しい。
それは、スリムになる前からだ。
そんな彼女が、何かがあってベッドから降りたとして、こんな風に布団をはねのけたままにしておくだろうか?
「……ないな」
俺のエステルが、こんな状態で放っておくはずがない。
つまり彼女は、
「––––誰かに連れ去られた」
その瞬間、俺は自分が口にした言葉に、寒気を感じた。
「ちょっと、本当にやめなさいよね。不吉なこと言わないで!」
エリスが食ってかかる。
俺はそんな彼女をじろりと睨んだ。
「今朝、お前自身が言っただろ。『落ち着け。俺がやらなきゃ誰がエステルを助けるのか』ってさ」
「うっ……」
「あと、こうも言った。『俺なら、正しい道を見つける』ってな。––お前は正しいよ。俺がエステルを救い出す。何があっても。そのためには、見たくないものも見なきゃならない。そうだろ?」
「うぅ」
エリスは言葉につまり、逡巡し、やがて苦い顔で「そうね」と呟いた。
俺は皆を振り返った。
「情報を整理しよう。今回、エステルとカエデさんが行方不明になってる訳だけど、ざっと見たところカエデさんが動いた跡に比べてエステルの痕跡は極端に少ない。そこで、カエデさんの行動を軸に何があったのかを検討していきたいと思うが、異論はあるか?」
エリスが首を横に振る。
「異議なし」
他の者たちも一様に頷いた。
「では、続けさせてもらう。まず、カエデさんが残した痕跡を確認してゆく。
一つ。着替えた際に脱いだままになった寝間着。
二つ。鍵がかけられた自室の扉。
三つ。廊下とエステルの部屋に残された、割れた勾玉。
確実にカエデさんが残したと思われるのは、この三つだ。エリス。ここまでで気づいたことはあるか?」
「さっきも話したけど、カエデが寝間着を片付けずに出たというのはよっぽどのことね。あのカエデが動転するくらいの何かがあったのは、間違いない。ただ、着替える時間があって、部屋に鍵もかけてるから、賊の襲撃という線は薄い。––––そんな話だったわよね?」
「そうだな。他に気になったことは?」
「あの『マガタマ』とかいう割れた石のことかしら。あなたの話では、あれはカエデが置いたってことだけど。なんで割れた石なんか置いていったのかしら?」
––ん?
「それは違うよ、ワトスン君」
「誰よ、ワトスンて?」
俺は、こほん、と咳払いをした。
「割れた勾玉を置いていったんじゃない。置いてあった勾玉が、何らかの理由で割れたんだ。勾玉が落ちていた場所には、粉のように細かな破片も残されていた。あれをわざわざよそで割ってから蒔いたとは考えにくい。カエデさんが置いた勾玉が、何らかの理由で割れた。もしくは誰かが割った、と考える方が自然だと思う」
「じゃあ、誰が、なんで、割ったのよ?」
「わからん」
俺の答えに、エリスはあからさまに顔をしかめた。
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