第95話 選択と決断、そして森の中の天使
俺は仲間たちを見た。
これまでのやりとりで、領兵四人を含む十人全員が俺を注視している。
クリストフが偵察に出ている今、この場で彼らに対して統合的に指揮をとれるのは、俺しかいない。
『どうしよう』じゃない。
『やる』んだ!
俺は立ち上がり、鞘から剣を抜いて叫んだ。
「総員、戦闘用意!」
皆が武器を手にガチャガチャと立ち上がった。
ーー次。
次の指示だ。
このままじゃ、ただ武器を持った集団に過ぎない。
ぐるぐる回る頭で、必死に考える。
課題は、ふたつ。
敵の包囲への対応。
クリストフたちの救助。
ーー優先すべきは?
「……エリスとカレーナを中心に、その周りを囲んで固める。全周防御するぞ」
「「「はいっ!!」」」
女子二人を中心にして、あたふたと円陣を組む。
十秒と経たずなんとか即席の陣形が出来上がった。
皆、緊張した面持ちで、外側に向けそれぞれの武器を構えている。
「カレーナ。敵はどの辺りにいる? 退路は塞がれているか?」
背後の少女に背を向けたまま問うと、一瞬間を置いて、明確な答えが返ってきた。
「退路は大丈夫。今のところそっちまで行く気配はないよ」
「本当か?!」
嬉しい報せに思わず聞き返す。
「ああ。敵は三方向から来てる。正面と左と右。左と右は一定の速さで行進してるから、多分ここに通じる隠し通路か何かがあるんだと思う」
「隠し通路……」
そう言えば、目の前の草むらが一箇所、妙に薄い気がする。
「敵がここに来るまでどのくらいかかる?」
「一分くらい。多分ちょっとだけ左が早い」
「クリストフたちがここに着くのは?」
「分かんない。ーー戦いながら逃げてるみたいだ」
(くそっ! 最悪だ……)
心の中で叫ぶ。
ここに来て、俺は一つの選択を突きつけられた。
クリストフたち四人を見殺しにして逃げるか。
全滅のリスクを覚悟で四人を待ち、全員で逃げるか、だ。
今退却すれば、おそらく逃げ切れる。
ただ、それをやれば間違いなくクリストフと領兵三人は死ぬ。
ここまで戻ってきた彼らを出迎えるのが、俺たちじゃなく、隠し通路を通ってきた複数の狂化ゴブリンだからだ。
いくら屈強なクリストフと領兵たちといえど、オークほどもある狂化ゴブリンの群れに前後から挟撃されれば、勝てるはずもない。
では、ここでゴブリンと戦いながらクリストフたちを待ち、合流後に退却すればどうなるか。
その場合、三方向から続々とやって来る敵を凌ぎながらの撤退戦となる。
正直、やってみないと分からない。
が、かなり厳しい戦いとなるだろう。下手したら全滅だ。
「…………よしっ」
俺は一瞬迷い、そして決断した。
「広場の入り口に移動。退路を確保してクリストフたちを待つ。ーー移動開始!!」
俺の指示で皆が一斉に走り出す。
正念場だ。
〈カレーナ視点〉
ーーーー恐怖。
ずいぶんと長いこと感じていなかったその感覚が、足を、体を鈍らせる。
隠密のスキルを上げることで鋭くなった気配を感じる力が、私の本能に激しく警鐘を鳴らしていた。
三方向から近づく敵の数は、たぶん十匹じゃきかない。
下手したら二十を超えるかもしれない数の狂化ゴブリンが、私たちを血祭りにしようと規則正しく行進してくるのだ。
その一匹一匹が、自分より強者の気配を漂わせている。
こんな状況で震えない方がおかしい。
ーーが。
「カレーナとエリスは出口を確保。他の者は二人を半円状に囲め!」
声を出し、矢継ぎ早に指示を出してゆくボルマン。
あいつ自身も驚き、戸惑い、恐れと戦っているだろうに……。
その声に、その姿に、止まりかけていた足が動き、思考が巡り始める。
体が動き始めると、自分の中にわずかな勇気が生まれてくるのを感じていた。
広場の端に移動した私たちは、ボルマンの指示に従い、退路を確保してその場で態勢を整えてゆく。
私とエリスが出口に立ち、その前方を他のメンバーが固める。
「領兵隊は右側に。左は俺とエステル、ジャイルズ、スタニエフで固める。一匹に対して二人一組で当たれ。ーーエステル。カエデさんに中衛を頼めるか?」
ボルマンの問いにエステルはこくりと頷き、メイドの方を向いた。
「カエデ、緊急事態です。ボルマンさまの指揮下に入りなさい」
「承知いたしました。お嬢様」
メイドは一礼すると、私とエリスの前に立った。
最初見たとき妖精か天使のようだと思った子爵家のお嬢様は、最近、芯の強さを感じることが多くなっている。
ーー私も、負けていられない。
そうしているうちにも、魔物たちの気配は近づいて来る。
「カレーナ、あと何秒だ?!」
ボルマンの問いに即座に叫び返す。
「ーー二十秒で左から来る! その十秒後に右っ!!」
「カレーナは気配探知に集中して敵のタイミングを教えてくれ! エリスは封術詠唱ーー速さ優先で単体攻撃!!」
「わ、わかったわ。ちょっと待って!?」
伯爵家のお嬢様は、戦い慣れていないのか、焦りながら腰袋から封力石を取り出す。
その時、左からの気配が強まった。
「ーー左! すぐそこ!!」
私の叫びに、ボルマンが茂みを睨み、剣を構えた。
「行くよ、エステル!!」
「はいっ!!」
彼女がボルマンの隣で薙刀を構えた次の瞬間、茂みから化け物が姿を現した。
「ヴゴォオオオ!!」
大人の背丈をはるかに超えるそれは、目を金色に光らせ、異様に筋肉の発達した腕に粗末な斧を持ち、大股で近づいて来る。
のっしのっしと歩くその巨体に対し、剣を下段に構えたまま、静かに歩み寄るボルマン。
その後ろをエステルが追う。
「左からもう一体! 右からも来るぞ!!」
私の声に、ジャイ・スタコンビと領兵が動き始める。
左右の茂みから新たな敵が姿を現したとき、最初の化け物とボルマンの戦いが始まった。
「グギャア!!」
高く振りかぶり、猛烈な勢いで振り下ろされる斧。
だがボルマンは、そろそろ歩いていた歩調を突然変え、一気に敵の懐に飛び込んだ。
ザシュッ!!
ーーズドン!!!!
斧が地面を抉るのと、 ボルマンの剣が敵の腹を切り裂くのは、ほぼ同時。
「グギャアアア!!」
狂化ゴブリンが苦痛に悲鳴をあげる。
だがその悲鳴はすぐに止んだ。
ザンッ!!
ボルマンの後ろを追っていたエステルが二度、宙を蹴って高く飛び上がり、敵の首筋に向け長大な薙刀を払ったのだ。
一瞬、彼女がステップを踏んだ空中が、青く光ったように見えた。
「なにあれ……?」
茫然として彼女に見入る。
その姿は、空を舞う白い天使。
彼女は再び宙を蹴り、今度は後ろに飛びのくと、そのままストンと着地した。
巨大ゴブリンの首筋から、赤いものが滴る。
「はあっ!!」
至近距離にいたボルマンがさらに首元を袈裟斬りにすると、魔物は赤いものを噴水のように噴き出しながら、ゆっくりと後ろに倒れていった。
「はぁ、はぁ……」
驚いた顔でエステルを振り返るボルマン。
そして、彼女に頷いて見せた。
私は叫んだ。
「ボルマン! 次が来るぞ!!」
左の茂みから、四体目がのっそり姿を現す。
再び武器を構えるボルマンとエステル。
さらに私は反対側の領兵を振り返り、叫ぶ。
「右からもさらに一体!!」
ーー戦いは、激しさを増そうとしていた。
☆諸事情あり、投稿ペースを上げます。
ありていに言えば余裕がなくなったということです。本作が勝負をかけられるのはあと4〜5日程度。皆さんついてきて下さいね? あと☆やフォローで応援して頂けると嬉しいです。皆さんの応援が、一度は打ち捨てられWebの海に沈みかけた本作に、未来を作ってくれています。
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