第96話 撤退戦

 

 〈ボルマン視点〉


 エステルの戦いぶりは凄まじかった。


 宙を蹴って跳躍すると、俺の斬撃の合間を縫って鋭く薙刀を振るい、即座に離脱する。

 一撃一撃は重くないけれど、俺と交互に攻撃することで魔物の注意は分散され、また俺の体を利用することで敵の死角から攻撃を加えることに成功していた。


 交互に繰り出されるリズミカルな斬撃。

 それはさながら、二人でダンスを踊っているかのように。


 だがーー。


「はっっ!!」


 とどめの一撃で倒れる狂化ゴブリンの巨体。

 その背後にはすでに一体が迫り、さらに後ろの茂みからは新たに一体が顔を出していた。


「くそっ、何匹いるんだ?!」


 すでに俺の周りには三体が転がっている。

 ジャイルズとスタニエフも今相手しているのは二体目だ。


 狂化したゴブリンは、オークの力をゴブリンの速度で繰り出してくる。

 レベルは分からないが、一対一では明らかに俺たちより強い。

 二人一組とはいえ、俺たちは十分健闘していると言えた。


 ーーが、戦力が足りない!!




 敵が迫る。


「『破裂火炎弾(バースト・ファイア)』!!」


 背後から撃ち出された高速の火球が俺たちを追い越し、茂みの中にいた魔物に直撃する。


 ドォン!!!!


 爆散する魔物。


 ーー目の前にもう一体が迫る。

 その豪腕が斧を振りかぶった。


「『返し斬り』!!」


 振り下ろされた斧を剣で右下に受け流し、その勢いを乗せて袈裟斬りで斬り返す。


 剣先が青い光を纏い、魔物の腕を切り裂いた。


「グギャァアア!!」


 悲鳴とともに仰け反る巨大ゴブリン。

 そこに空中からエステルが飛び込む。


「『玉響(たまゆら)の凪』!!」


 横一閃。

 青い光を纏った切っ先が、化け物の首をかき切った。


 声も出せず、そのまま血を吹き出しながら後ろに倒れる化け物。


「よし!!」


 俺の声に、着地したエステルがこちらを見て頷いた。


 二人の連携(コンビネーション)はどんどん良くなっていく。

 いいペースで魔物を狩れてはいるがーー。




「は!」


 背後から聞こえた声に振り返ると、右側の領兵たちが敵を捌ききれず、中衛のカエデさんが迎撃を始めていた。


 一撃で巨大な魔物の首を落とす和風メイド。さすが!!

 だが数で押し込まれれば、長くはもたないだろう。


 ーークリストフはまだか?!

 偵察隊が進んだ小道を睨む。


「ボルマンさま!!」


 エステルの声に前を向くと、新たな敵が森から出てきたところだった。


「くそっ!!」


 俺は敵に向かって足を踏み出した。




 どれだけ経っただろうか。

 きっと数分のことだったのだろう。

 頭ではそう理解しながら、しかし体の感覚はもう何十分も戦い続けているような疲労と倦怠感を訴えていた。


 次から次に森からわき出てくる狂化ゴブリン。

 俺たちはひたすらそれを斬り伏せ続けた。


 じわじわと数に押され、迎撃が間に合わなくなってゆく。


 当初、ゴブリンが出てくる茂みの近くまで広げていた戦線はしだいに押し込まれ、今やカレーナとエリスを背にほぼ横一線で戦っていた。

 一進二退の攻防。


 唯一、カエデさんだけが単身敵のど真ん中に突っ込み、縦横無尽に薙刀を振るっている。彼女の周囲には魔物の死骸が積み上がり、まるで壁のようだ。

 しかし彼女の力を持ってしても、敵の波を全て防ぎきることはできない。


 前線で戦う者は皆、どこか傷つき、それでも必死に武器を振るい続けていた。


「まだか、カレーナ!?」


 もう何度目だろうか。

 小柄でボーイッシュな隠密封術士に向かって叫ぶ。


「もう少し。もう少しなんだけど…………あ

 !? き、来た!!!!」


 カレーナの叫びに、目の前の化け物にトドメを刺し、顔をあげる。


 その時、視界の端、偵察隊が入っていった小道の先に、わずかに人影が見えた。


「クリストフが戻って来た! あとひと踏ん張りだぞ!!」


「「「おお!!」」」


 俺の叫びに、皆が短く歓声をあげる。


「エリス! 直線上の敵を一掃できるような封術はあるか?!」


 新たに前に出てきた敵に剣を構えながら、背後の天才少女に問う。


「ちょ、直線上?!」


 戸惑ったような声を返すエリス。

 くそ……注文が難しいか?


「指向性があって距離が稼げるなら、足止めできるだけでもいい!」


「足止め、足止め……ええと…………あっ! ある! あるわ!!」


「それ、詠唱開始! 俺が言うタイミングで発動してくれ!!」


「わかった!!」




 そうして目の前の狂化ゴブリンに、隣のエステルがとどめを刺した時だった。


 突然前方で、ゴオッ、と風が吹き荒れる。


「「「グギャァアア!!!!」」」


 カエデさんが無双しているあたりを中心に、何匹もの魔物が上空に巻き上げられ、吹き飛んでゆく。


「くっ……!?」


 突風に思わず腕をかざす。

 その間、数秒。

 風が落ち着くにしたがって、何が起こったのかを理解した。


「ーーーー坊ちゃんっっ!!」


 カエデさんが切り開いた道を戻ってくる、三人の男たち。

 一人は背中に兵士を背負っている。

 クリストフともう一人は追ってくる化け物を退けながら、じわじわと後退していた。


 カエデさんが彼らとすれ違うように駆け抜け、追っ手の先頭の二匹を一刀両断にする。


 やっと、やっとその時が来たのだ。


「撤退する! 先頭はカレーナ。領兵はケガ人を守れ! エリスとクリストフ以外はあとに続け!!」


 ケガ人を背負った兵士が俺たちのところにたどり着くと同時に、撤退を始める。


 ゆっくりと戦線を縮小し、カエデさんがこちらに戻って来たところで、俺とクリストフが入れ替わって殿(しんがり)を務める。


 ーーこうして俺たちは多くの傷を負いながらも、辛うじて広場から撤退することに成功した。




 狭いけもの道。

 列をなして襲ってくる狂化ゴブリンを、俺とクリストフでなんとか退けながら後退する。


「坊ちゃん、やるようになりましたな!!」


 隣のクリストフが剣を振るいながら嬉しそうに話しかけてくる。


 そんな師匠に言い返す。


「正直、お前たちを待ってる時間の方がキツかったよ!」


 今になって思う。

 エステルとのコンビネーションは素晴らしかった。

 師匠とも息が合っている方だが、彼女と組んだ時の方がより一体感があったように思う。


 ともあれ、なんとか大きなダメージを防ぎながら

 じわじわと後退してゆく。


 ある程度来たところで、既に詠唱を終えているらしい天才少女に問うた。


「エリス! いけるか???」


「いつでも大丈夫よっ!!」


 その腕には、光りながら回転する封術陣。

 魔物を後ろに押し返した俺は叫んだ。


「今だ! 撃てえ!!」


 その声に合わせ、エリスが後方に腕を向ける。


「伏せてっっ! ーーーー『連続衝撃波(シーケンシャル・インパクトウェーブ)』!!!!」


 彼女の腕の封術陣が眩く光り、次の瞬間、見えない衝撃波が連続して撃ち出された。


 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!!!!


 一発ごとに、追って来ていた狂化ゴブリンたちが遠くに吹き飛ばされてゆく。


 術の発動が終わったところで、すぐにエリスとクリストフに声をかける。


「急いで皆に合流するぞ!!」


 二人は頷き、俺たちは早足でカレーナたちを追いかけた。

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