第45話 雇用するということ
少しだけ時を遡る。
領民との関係改善をクロウニーに相談した翌日。
道具屋に滞納している料金を支払いに行く直前の話だ。
いつものように自室に子分ズを集めた俺は、こう切り出した。
「今日からお前たちを、正式に雇用しようと思う」
え? と、不思議そうな顔をする子分ズ。
スタニエフが手を挙げる。
「雇用、ですか? 僕たちを?」
「ああ、そうだ。俺がお前たちを雇用する。きちんと給与を支給してね」
「マジかよ」
「それって、わたしもか?」
ジャイルズが喜色を浮かべ、カレーナが眉を顰めて尋ねる。
「もちろんカレーナもだ」
「おいおい、給金までもらえるって、どんな奴隷だよ」
ショートカットの金髪美少女封術士が天井を見上げる。
反応は概ね上々。
だがそんな中、戸惑う者もいた。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「なんだ? スタニエフ」
スタニエフは複雑そうな顔で口を開く。
「僕ら……僕とジャイルズは、父親が領主様に雇って頂いています。雇って頂く際に『息子たちは坊ちゃんに仕えるように』と申しつけられたそうです。つまり父たちの給金には、僕らが坊ちゃんに仕える分も含まれているんです」
それは、初めて聞く話だな。
ボルマンも知らない話だ。
が、振り返ると納得できる部分もある。
将来的に配下に取り立てられることが約束されるとはいえ、進んで子豚鬼(ボルマン)に仕えたいと思う奴はいないだろう。
父親が雇用してもらう為に必要だった、というのなら、まあ分かる話だ。
「もちろん僕らは今、坊ちゃんに仕えさせて頂くことを誇りに思っていますし、よかったとも思っています。ですが、父と私で二重に給金を頂いてしまうのは…………」
「おい、スタニエフ! せっかく坊ちゃんが俺たちの働きを認めて給金を下さるって言ってんだぞ。断ったら失礼だろうが」
焦ったように口を挟むジャイルズ。
スタニエフは即座に言い返す。
「しかしですね、二重に給金を頂いたら僕らは誰に雇って頂いているのか、分からなくなりますよ?」
「そんなん、どっちにしろ坊ちゃんに仕えるんだから同じだろ!」
「違いますよ! 全然違う。もし坊ちゃんと領主様の利害が衝突するようなことになったら、どちらに従えばいいんです? ジャイルズが言うほど、この件は簡単じゃないんですよ!?」
「なんだとゴラァ!!」
ああ、なるほど。
つまりスタニエフは、親父(ゴウツーク)と俺(ボルマン)から雇用されて、二人から相反する指示が出された時のことを心配してるのか。
「はいはい、そこまでな」
俺は、パンパンと手を叩き、今にも掴み合いになりそうな二人に割って入った。
「スタニエフが心配してることは分かった。一つ一つ考えてみようか」
睨み合っていた二人ともう一人の注意がこちらに向く。
「まず、スタニエフの雇い主についてだが……お前が直接給金をもらうのは誰になる?」
「坊ちゃんです」
「そうだな。親父はお前の父親に給金を渡しているが、お前には渡していない。つまり親父はお前の父親の雇い主であって、お前の雇い主じゃないってことだ。要するに父親の雇用契約の付帯条件だな。……ここまではいいか?」
「…………はい。大丈夫です」
少し考えてスタニエフが頷く。
「次に、俺と親父の利害が対立する場合だが、その場合、スタニエフが俺の指示に従っても、親父がお前の父親に提示した条件には抵触しないと考える。……どう思う?」
俺の問いにスタニエフは再び考えこんでいたが、やがて、はっとしたように顔を上げた。
「…………そうか。領主様の条件は『僕が坊ちゃんに仕える』こと。例え利害が対立する指示であっても、それが坊ちゃんの指示である以上、条件に違反したことにはならないんですね!」
まあ詭弁に近い解釈だけどね。
このくらいはいいでしょ。
「その通り。だから俺があらためてお前たちを雇っても、なんの問題もないさ。まあ、俺に雇われるのが嫌なら、無理強いはしないけどな」
そう笑いかけると、スタニエフは首を振った。
「そんなこと、ある訳がありません。坊ちゃんには今までに色んなことを教えて頂き、体験させて頂きました。これからもぜひお仕えさせて下さい!」
「よし。……他の二人も異存ないな?」
「おうよ!!」
「わたしに拒否権はないし、貰えるものはもらっておくさ」
こうして俺は、三人に給金を渡し、正式に雇用することになったのだった。
事前にクロウニーに用意してもらった雇用契約書に全員がサインした後、給与支給に移る。
彼らにとっては、人生で初めての給与となる。
「よし。それじゃあ、ジャイルズ、前へ」
「おう!」
ジャイルズが前に進み出た。
俺は机の横のワゴンに置かれた布袋を一つ取ると、ジャイルズに手渡す。
これは文字通りの給料袋だ。
「俺の護衛隊の隊長として、よろしく頼む。すぐという訳にはいかないが、お前にはそのうち部下をつけていくつもりだから」
「マジかよ?」
「ああ、本気だ。スカウト含めて頼むことになると思う。……頼めるか?」
「おうよ。任せてくれ!」
ジャイルズは吠え、後ろに下がった。
「次、スタニエフ、前へ」
「はい!」
スタニエフが前に出る。
「パーティー後衛の盾として、また俺の金庫番として、頑張ってくれ」
「は、はい!」
スタニエフには、給料袋の他に、一本の鍵を手渡す。
「坊ちゃん、これは……?」
首を傾げるスタニエフ。
「今回、お前たちを正式に雇うにあたり、この屋敷の屋根裏部屋を一室、お前たちの控え室として親父からもらい受けた。その部屋に置いてある金庫の鍵だ」
「金庫、ですか……。それをなぜ僕なんかに?」
「言ったろ。今日からお前は俺の金庫番だ。帳簿の管理、それから活動資金の管理をお前に任せる。とりあえず今年度の予算として5万セルー(約500万円)入れておいたからな」
「「「5万セルー??!!」」」
子分たちがそろって素っ頓狂な声をあげた。
5万セルーがどのくらいの金額かというと、ダルクバルトの農民の年収が1万セルーちょっとだから、ざっとその4〜5倍にあたる。
スタニエフたちの父親はこの領では高給取りの部類に入るが、それでも年3万セルーくらい。
スタニエフは自分の父親の年収をはるかに超える額の金を預かることになる訳だ。
まあ、驚くわな。
ちなみに今回の給料袋には500セルー(約5万円)入れといた。
成人を雇用するには足りないが、年齢を考えれば破格と言えるだろう。
「ち、ちょっと待って下さい! そんな額のお金、預かれませんよ!?」
スタニエフがもう泣きそうな勢いで、震えながら鍵を差し出して来る。
俺はスタニエフの手を自分の両手で包み、押し返した。
「なあスタニエフ。お前の夢はなんだ?」
前に訊いた時には『父親が下ろした看板を、何らかの形で再び掲げること』と言っていたが。
「僕の夢、ですか……?」
「ああ。今はまだ固まってないだろうし、変わるかもしれない。だけどこの経験は、お前にとって何らかのチャンスになるんじゃないか?」
俺の問いかけに、スタニエフが考え始める。
俺は言葉を続ける。
「ボルマン・エチゴール・ダルクバルトの金庫番として、年5万セルーの予算を預かる。……仮にどこかの商店で働くにしろ、独立するにしろ、それだけの金額を管理するようになるまでには何年かかかるはずだ。お前の目の前には今、その経験を積む機会が転がっている。そのチャンスを掴むのか、捨てるのか。……お前はどっちを選ぶ?」
「……僕は、ぼくは…………」
暫しのためらい。
たっぷり躊躇った後、スタニエフは、きっ、と顔を上げた。
「この鍵、お預かりします!!」
「よし! そうこなくちゃな。……頼むぜ、金庫番(スタニエフ)」
「はい!!」
スタニエフは、今度は力強く頷いた。
その後、カレーナにも給料袋を手渡し「パーティーの後衛として、情報収集担当として、よろしく頼む」と伝えた。
彼女は怪訝な顔をしたが「尾行や下町の聞き込み、得意だろ?」と言ってやると、頰をかいて「まーね」と答えていた。
なんせ「スリLv5」だからね。
こうして初めての給金を渡し、それぞれに期待する役割を伝えた後、最後に訓示を行う。
「今渡した給金は、どう使おうがお前たちの自由だ。ただ俺としては、生活費や娯楽以外に、いくらかは将来に繋がる使い方……将来の自分への投資として役立ててもらいたいと思っている。今、使い方を思いつかなければ、とりあえず貯めておけばいい。有効に使ってくれ」
そこで言葉を区切り、ちょっと切り口を変える。
「今回、皆を正式に雇い、給金を渡すことにした理由の一つに『金の稼ぎ方、使い方を考えて欲しい』というのがある。俺は今日から、領内の店で積極的に金を使っていこうと思っている。それも自分自身が店に赴いて、だ。今まで領民から巻き上げ、イタズラで壊したものを補償し、さらにコンスタントに店に金を落としていく。そうすることで、悪化した領民感情を改善し、領内に前向きな空気を作っていきたいと思ってる」
ジャイルズとスタニエフが目を見開く。
まあ、俺(ボルマン)がこんなことを言い出すなんて、今までならあり得なかったからね。
「おそらく、時間がかかることだろう。不愉快な思いをすることもあるだろう。だけど今始めなければ、この領の立て直しと、魔物の襲撃への備えは間に合わない。お前たちには面白くない思いをさせるが……付き合ってくれるか?」
本来なら問う必要はない。
だけどここでは、彼らの声を聞きたかった。
真っ先に返事をしたのは、スタニエフ。
「はいっ! もちろんです!!」
次に、ジャイルズ。
「しゃあねえなあ。嫌な仕事だが、仕事じゃしょうがねーよな!」
カレーナはどうでもいい、という顔をした。
「わたしに選択権はないからねー」
こうして俺たちの、イメージ改善活動が始まった。
活動を始めてしばらくして、あることに気がついた。
道具屋や鍛冶屋の店主は、だんだん怯えがなくなり、まあいい効果があったのだが、一軒、マイナスの影響が出てしまった店があった。
宿屋の食堂だ。
客が俺を怖がっているのか、日に日に客が減っていくのだ。
正直、ここまで悪影響が出るとは思ってなかった。
女将への圧力にはなったが。
日に日にやつれていく姿は、さすがに気の毒になってきた。
だが、この活動は続けなければ意味がない!
俺は不退転の覚悟で、今日も食堂にランチを食べに行くのだった!!
一週間後。
店に行く時間を遅めにしたら、段々お客さんも戻ってきたYO!!
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