第44話 また来た!!!!

 

 道具屋で過去に徴発した商品の代金3000セルー(約30万円)を、一年分の利息と合わせて倍返しで支払ってから一週間。


 俺たちはその間、これまでにボルマンたちがやらかしてきた徴発や器物損壊などの損害を「割増で補償する」という活動を続けていた。


 もちろん名目は「ツケの支払い」だ。




 この「ツケを支払う」という形の補償は、クロウニーが考えてくれた苦肉の策だった。


 貴族は平民に頭を下げてはならない。

 だが、料金や事故の補償をツケとして後日支払うのは、よくあること。

 だから支払いや補償がちょっと遅くなった分は、割増して渡す。


 そう理屈をこじつけ、相手に宣言し、お金を渡していった。




 それに対する領民の反応は、概ね道具屋と似たり寄ったりだった。


 まず突然現れたボルマンたちに驚き、震える。

 次に、その場で淡々と補償額を計算して提示するスタニエフのペースに飲まれる。

 最後にボルマンの指示でスタニエフから金を渡され、茫然とした状態で受け取る。


 大体そんな感じだった。




 クロウニーの報告では、ペントの街では「ボルマンが来て補償して行った」とあちこちで噂になっているらしい。


 ただ話を聞く限り、あまり好意的な受け止め方ではなく「今更人気取りか」、「何を企んでるんだ」という反応がほとんどのようだが。


 まあいい。

 そんな簡単に領民感情が好転するなんて思ってないさ。


 それに、じいと考えた策はこれだけじゃないんだからね!





 ある日のお昼どき。

 俺たちは、ペントの街で唯一の宿屋の前に来ていた。


 この宿は一階に食堂を併設していて、昼の時間帯は飲食の客で賑わう。らしい。初めて来る店なのでよく分からないけど。


 クロウニーからはそういう風に聞いていて、実際目の前の店は繁盛して賑やかなので、やっぱりこれが日常なのだろう。


「坊ちゃん、本当に行くのかよ?」


 ジャイルズが眉をへの字にして俺に確認する。


「行く。情報の発信源を押さえない限り、ネガティブな情報が出続けるからね」




 じいからの情報では、この店の女将はとてもお喋りで、街の噂話の発信源(スピーカー)らしい。


 俺の悪評も、彼女によって街中から吸い上げられ、拡散されているのだとか。

 前述の「今更人気取り」やらなんならも、彼女の口を介して広まっているのかもしれない。


 本人は被害者に同情しているんだろうが、領民との関係を回復したいこっちにとってはたまったもんじゃない。


 まあ、これまで彼女は俺と直接の面識がなかったし、被害を受けてもいなかった。

 知らないからこそ悪口を言いやすい、というのもあったんじゃないか、と思う。


 であれば、本当(リアル)の俺が直接顔を見せてやる、というのは牽制になるだろう。


 そういう思惑と、領民の生活の実地調査を行う、という目的で、今、ここに立っている。




「それじゃあ、行くぞ!」


 気合を入れ、宿の扉を開く。


 賑やかな喧騒。

 飯をがっついている男たち。

 ほぼ満席だ。


「はい、いらっしゃ…………」


 給仕をしていたふくよかなおばさんが、俺たちの姿を見た瞬間に固まり、絶句する。

 これが噂を拡散する噂の女将だろう。


 何事か、ともそもそと振り返った客たちも、俺たちを見るとまるで森で熊と鉢合わせしたかのように、ぽかん、と口を開けて固まった。


 騒がしかった店の中に、一瞬で沈黙が広がる。


 超・アウェイ万歳!!

 だがこんなのは想定内だ。




「あ、あの、ボルマン様。き、きょうはなんでこんな安宿に?」


 女将が顔を引攣らせて尋ねて来る。

 そんなにビビるなら、人の悪口を言い触らさなきゃいいのに。


「飯を食いに来たんだが?」


 昼飯まだだしな。


「う、うちで、で、ございますか?!」


「ああ。だが……随分と繁盛してるじゃないか」


 そう言って店内を見回す。


 すると俺の言葉をきっかけに、すでに皿が空になりかけていた客たちが立ち上がった。


「お、お勘定っ!」


「俺も会計を頼む!!」


「釣りはいらないぜ!!!」


「俺もだ!!」


 みるみるうちに女将の手が銅貨でいっぱいになる。


「ちょっと! あんたたち!!」


 女将が引き止める間も無く男たちは出口に突進し、転げるように店から逃げ出した。


 そんなに俺(ボルマン)が恐いかね?




「別に『席を空けろ』なんて言ってないんだけどな」


 そう言って再び店内を見回すと、逃げそびれた哀れな客たちは、怯えるように皿に視線を落とす。


「し、少々お待ち下さい! すぐに片づけますので!!」


 女将はバタバタと空いたばかりのテーブルの上を片づけ始めた。


 俺は子分ズを振り返り、首をすくめてみせる。

 皆、ため息をつき、あるいは首を振り「やれやれ」といった態度を返してきた。

 ……なんで?




「お待たせしました! どうぞお座り下さいっっ」


 片づけられたばかりの四人がけの丸テーブルに、子分ズと座る。

 さて、オーダーだが……


「初めて来たから、メニューがわからん。皆が食べてるのと同じものを四人前持って来てくれ」


「お、同じもの、ですか?」


 女将が無理して作った笑顔で尋ねてくる。


「今はランチタイムなので、シチューとパンのセットが一番出ていますが、その、貴族様にお出しするようなものでは……」


「じゃあ、それで」


「はぁ…………って、え?」


 女将が目を丸くして聞き返してくる。


「だから、そのセットを四人前頼む」


「い、いえ、ですが……」


「それとも、俺たちに出す飯はないと?」


 じろり、と女将を見る。


「め、めっそうもございません! すぐにお持ち致します!!」


 彼女は慌てて厨房の方に消えていった。





 〈女将視点〉


 まったく、なんでこんなことになっちゃったんだろう。

 あの日まで、普段と変わらない毎日が続いてたのに。



 うちは辺境のペントの街の小さな宿屋だ。


 宿と言っても、泊まっていく客は行商人や隣村から用事で来た人くらいだから、客室三部屋、夫婦二人でまわせる程度のこじんまりとした店でしかない。


 たまに忙しい時は、一昨年、近所の大工の家に嫁いだ娘が手伝ってくれる。

 まあ、そんな日は年に何回もないんだけどね。


 そんな訳で、普段は宿泊客が少ないから、収入のほとんどは一階でやってる食堂の売上になる。


 幸いなことに、食堂はテンコーサのレストランで修行してきた旦那の料理が好評で、固定のお客さんがついて毎日そこそこ賑わってる。


 いや、賑わってたんだ。

 あの日、子豚鬼(ボルマン)様が来るまでは。




 お昼過ぎ、ピークを過ぎた頃に、あの子たちは店に入って来た。


 あたしは目を疑ったね。

 領主様のうちは外で食事されることはないし、うちはボルマン様の興味を引くような店でもない。


『なんでうちに?!』って、そう思ったさ。


 お客さんの何人かはすぐにその場から逃げ出して、ボルマン様は『食事をしに来た』と仰った。


 すぐに空いたテーブルを片づけて座って頂き、オーダーされた本日のランチセットを用意して戻ると、残っていた他の客もすぐにお会計をして逃げるように出て行ったさ。




 店内に残ったのは、ボルマン様たちとあたしだけ。

 もう生きた心地がしなかったね。


 ボルマン様の噂は散々あちこちで聞いてたから『どんな無茶を要求されるんだろう』って。


 最近は、昔迷惑をかけたところに補償したって話も聞いたけど、あんなに酷い噂のあるボルマン様が本当に心を入れ替えるなんて、とても思えなかったんだよ。




 ところが。

 意外なことにその日、あたしが恐れたようなことは起こらなかった。


 ボルマン様は食べ終わると、調理していた旦那を呼びつけて、塩がどうの、砂糖がどうの、って話をすると、家来にきっちり料金を払わせて、あっさりお帰りになったんだ。


 あたしは拍子抜けすると同時に、胸をなでおろしたね。

『ああ、この店最大のピンチを切り抜けた』って。



 だけどそれは間違いだった。

 あの日が悪夢の始まりだったんだ。





 次の日。

 いつもより少ない客足に、あたしは心の中でため息をついていた。


 皆、ボルマン様を恐れ、うちに来るのを控えて様子を見てるんだろう。


 まあ、あの気まぐれなボルマン様のこと。

 当分、来店することもなく、二、三日すれば客足も戻るだろうさ。


 あたしは自分にそう言い聞かせ、いつも通りの笑顔と元気で働いてたんだ。




 そんなお昼のピークを過ぎた頃に、それは起こった。


 店の扉が開き、新たなお客さんが店に入って来る。


「はい、いらっしゃ…………っ!?」


 あたしは目を疑った。


 そこには、三人の家来を引き連れた子豚鬼(ボルマン)様が立っていたんだ。


「今日もランチセットを頼む。四人前だ」


 あたしは絶望のどん底に突き落とされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る