第43話 婚約者の来訪予定と領民感情

 

 クロウニーから手紙を受け取った俺は、いそいそと自室に戻り、早速エステルからの手紙を読み始めた。




『ボルマンさま


 道中つつがなくご領地まで戻られましたでしょうか。


 貴方さまが出立された後なんとか我慢しようと思って堪えていたのですが、どうにも恋しさが抑えられず、三日目にしてこうして筆をとってしまいました。


 ボルマンさまと過ごした二日間は、私にとって母と過ごした日々以来、久しく感じることのなかった幸せを感じることができた時間でした。


 できることならば、今すぐにでも空を駆け、貴方さまのもとに参りたいほどです』




「うおおおおーー!!!!」


 手紙を広げたままベッドに倒れこみ、シーツの上をゴロゴロと転がりまわる。


 なにこれ!?

 なにこれ!!??

 うちの婚約者(フィアンセ)、可愛すぎるでしょう!!!!


 ひとしきり転がりまわって悶えた後、ベッドに腰掛けて再び手紙に目を落とす。


 続きを読むと、約束通りすぐにダルクバルトを訪れたいが、準備にひと月ほど掛かるであろうこと、エチゴール家として都合の良い時期はあるか、何泊して良いか、ということが書かれていた。




「よし!!」


 小さくガッツポーズする。


 またエステルに会える。

 それがどうしようもなく嬉しい。


 なんせ前世では全く女性と縁がない人生だった。

 まともにデートしたことすらなかったのだ。

 こんな手紙を受け取って、舞い上がらない訳がない。


 日程の件、夕食の時に両親に相談しよう。

 そう決めて、すぐに返事の下書きに取り掛かったのだった。





 夕食後、自室に戻り、早速エステルへの手紙を書き始める。


 両親の反応は良好だった。


 息子の婚約者に会えることより、ミエハル子爵家との縁が深まることを喜んでいるようだったが、まあ、それはいいだろう。


 時期もいつでも良い、日程等は俺とクロウニーに任せる、とのこと。

 放任主義バンザイ!!




 二時間ほどかけて手紙を書き上げ、ベルでメイドのおばちゃんを呼んで手渡した。


 この手紙は、共同ギルド支部を通じて定期馬車に預けられ、最終的には現地の商人ギルドがミエハル子爵家に届けるはずだ。


 届くまで約一週間。

 恐らくそこから起算して約一ヶ月後に、エステルはダルクバルトにやって来ることになるだろう。




 おばちゃんが退室した後、俺は机に肘をつき、物思いにふけっていた。


「グフフ……」


 思わず不気味な笑いが漏れる。


 どこにデートに行こうか。


 景色がいいところ?

 領内のお店?


 そんな場所も店も知らないぞ。

 うちの領内にあるのか、そんなところ?


「……あ」


 そんなことを考えていて、大事なことに気がついた。



 領民の、子供たちの、自分に対する視線のことを。

 恐れと怒りの混じった暗い視線。

 ボルマンのこれまでの振る舞いの代償を。




「ヤバい……」


 今までの幸せな気分から一転。

 嫌な汗が背中をつたう。


 このままじゃ、間違いなくエステルに嫌な思いをさせてしまう。

 いや、下手したら石を投げられるかもしれない。


「まずいな。非常にまずい。なんとかしないと……!」


 それに今後のことを考えれば、領民との関係は一刻も早く改善しなければならない最重要課題だ。


 だが、今までが酷すぎた。

 果たして彼らは俺(ボルマン)を赦すだろうか?


 それに、領主の息子が領民に頭を下げていいんだろうか?


「…………」


 わからん。

 無理じゃね? 色々と。


 いや、難問だということは分かっていた。

 それこそ、こちらの世界に来たその日から。


 いつか手をつけなければならない問題だと知りながら、気後れして先送りにしていたのだ。


「ちくしょう。なんでこう無理ゲーなんだ」


 俺は領民への謝罪と賠償、関係改善という難題に頭を抱えたのだった。





 一時間後。

 俺の目の前にはクロウニーが立っていた。


 一人で考えていてもラチがあかないので、分かりそうな人間に頼ることにしたのだ。


「領民との関係改善でございますか?」


 小柄な老執事は、穏やかな微笑をたたえた顔を傾げた。




 クロウニーは不正で平民落ちした没落貴族の出だ。


 苦労して王都の執事学校を出たものの、出自と背の低さが嫌われて就職先がなく、エチゴール家に仕えることになった、と聞いている。


 執事として非常に優秀な男で、あの両親、俺(ボルマン)という悪環境の中、周りの信用を得ながらよく使用人たちをまとめている。


 人の感情の機微によく気づき、こういう局面での対処では頼りになるのでは、と思えたのだ。




 俺はもう一度、今度はつっこんだ内容を含めて説明する。


「領民との関係を改善したい。しかもできるだけ早急に。俺が今まで彼らにやってきたことは、じいも知ってるだろ? どこからどう手をつけたらいいか分からないんだ。一緒に考えて欲しい」


「……さようでございますか」


 俺の言葉に、クロウニーは目を細める。


 そしてしばしの間の後、口を開いた。



「長い時間がかかるかもしれません」


「分かってる」


「相手に屈辱的な態度をとられたり、言葉をかけられることもあるかもしれません」


「覚悟の上だよ」


 クロウニーが微笑んだ。


「……承知致しました。このじい、微力ながらお手伝いさせて頂きます」


 こうして俺は、領民との関係改善について頼りになる相談相手(アドバイザー)を得たのだった。





 翌日。

 ペントの街にある道具屋の前に、俺たちはいた。


 道行く人々がこちらに一瞬だけ不安げな視線を向け、だがすぐに下を向いて早足で歩き去ってゆく。


 恐らく俺たちに乗り込まれる道具屋のことを心配しながら、でも自分まで巻き込まれたくないので、近づかないようにしているのだろう。


 ははは。

 まるで害獣扱いだ。


 俺は、ぶんぶんと頭を振り、子分たちを振り返る。


「それじゃあ、行くぞ。さっき話したようにやるからな」


「おう!」 「分かりました」 「分かってるよ」


 子分ズから一斉に返事が返ってくる。

 俺は思い切って道具屋の扉を開けた。




「はい、いらっしゃ……ひいっ!?」


 店に入った俺たちの姿を見るや、悲鳴をあげて後ずさる禿頭の店主。


 地味に傷つく。

 が、まあその反応は分からなくもない。


 なんせ突然押し入って、店の売り物すべてを徴は……0セルーで買い取ったのが一年前の話だ。

 まだ心と懐の傷は癒えていないだろう。


「ここここれはボルマン様。ききききょうはどのような品をおお求めでしょうか?」


 額に脂汗を浮かべながら、泣きそうな笑顔で対応する店主。


「アップルキャンディを10個、オレンジキャンディを3個、グレープキャンディを3個頼む」


 そう言って皮袋を差し出す俺。

 ちなみにオレンジキャンディはSP回復薬、グレープキャンディはMP回復薬だ。


「か、かしこまりましたっ!」


 また「あるもの全部よこせ」と言われてはかなわないと思ったのか。

 店主は引き攣った笑顔に涙を浮かべながら、必死で商品を袋につめてゆく。


「お、お待たせ致しましたっ。ご注文頂いた品でございます!!」


 両手で皮袋を差し出し、九十度の角度で頭を下げる店主。




 俺は袋を受け取り、尋ねた。


「いくらだ?」


「は、は、はぁ?」


 店主はキョドりながら頭を上げ、死にそうな顔で俺を見つめる。


「お代はいくらだ? と、訊いてる」


 俺の問いに茫然として、口をパクパクさせる店の親父。


 ……こりゃあ、思った以上に重症だな。


「スタニエフ。いくらだ?」


 後ろに控えている我がパーティーの金庫番に尋ねると、すぐに答えが返って来る。


「アップルキャンディ10個で80セルー、オレンジキャンディ3個で60セルー、グレープキャンディ3個で90セルー。合わせて230セルー(約2.3万円)ですね」


 さすがスタニエフ。計算が速い!




 俺は店主に視線を戻した。


「……ということだが、金額はあってるか?」


 コクコクコクコクと、すごい勢いで頷く店主。


「スタニエフ、支払いを」


 俺の言葉に金庫番が頷き、皮袋から銀貨と銅貨を取り出し、カウンターの上に置いた。


「230セルーです。ご確認を」


 スタニエフの言葉に、店主は慌てて貨幣を数える。


「た、た、確かに、頂戴致しました!」


 震えながらお金を仕舞う店主に、俺はさらに声をかけた。


「一年前、俺がこの店の商品を『ツケ』で全部買ったことがあっただろう。あの時の金額はすぐに分かるか? 分かるなら、今この場で支払っていこうと思うんだが」


 店主は再び、あんぐりと口を開けて固まった。

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