第42話 謝礼と投資といかさま師
「まあ、こちらに被害が及ばない限り、特に敵対するつもりもありません。色々言いましたが、あくまで私の勝手な憶測ですから。証拠もありませんしね」
俺の言葉に頷くタルタス卿。
「そうだね。とりあえず、私も首が繋がったことを喜んでおくよ」
お互い笑い、お茶を口にする。
「さて、話が長くなってしまったね。本題に移ろう」
男爵はそう言って、部屋の端に立っている若い従僕に頷いてみせる。
隣室に向かった従僕は、間もなく二つの皮袋を持って現れた。
目の前に置かれる皮袋。
後ろに立つスタニエフと目を合わせ、心の中でハイタッチを決めて男爵を振り返ると、彼はニコニコしながらこう言った。
「約束の謝礼だよ。ミストリール金貨で20枚、20万セルー(約2千万円)ある」
「に、20万?!」
おいおいおいおい、ちょっと待て!
何だその大金は!?
「ちょ、ちょっと待って下さい。確か4万セルーの約束でしたよね!?」
タルタス男爵は、はっはっは! と楽しそうに笑う。
「いやあ、やっと君を出し抜けたな。わざわざ領地から護衛つきで運ばせといてよかったよ。すました顔で交渉する君をやりこめてみたいもんだと思っていたが、なかなか良い反応(リアクション)をもらえたな!!」
おいおい。
なんだこのファンキーなおっさんは?!
護衛つきで運ばせたってことは、この袋の中身、本当にそれだけ入ってるってことか!!
「私を驚かせるためだけに用意するには、些か額が多すぎやしませんかね?」
「そうかね?」
にやり、と笑うタルタス卿。
いやいやいやいや。
「それで、本当はどういうことなんです?」
尋ねる俺に、男爵はあっさりとした口調で答えた。
「前に君が言ってただろう。君たちの行動にいくらの価値があるのか、と。私は領地とうちの爵位を守れるなら、それだけ出しても惜しくない。そういうことさ」
全く。
これだから賢い人は困る。
それは建て前でしょ。
「どれだけ僕を働かせるつもりですか? そのお金、ドブに捨てることになるかもしれませんよ?」
「別に構わないさ。さっきも言ったが、これは君への正当な謝礼だ。もちろん君との関係強化、君への投資という気持ちもあるけどね。まあどちらにしろ、君がどう使おうと私に後悔はないよ」
すました顔で答える男爵。
この人もなかなか食えない人だな。
「分かりました。それでは、ありがたく頂戴しておきます。ご期待に沿えるよう頑張ります」
「ああ、楽しみにしてる。君の力で好きなように東部地域を引っかき回すといい」
タルタス卿はそこまで言うと、立ち上がり右手を差し出した。
「改めて礼を言うよ。ありがとう。何か困ったことがあれば言ってくれ。力になろう」
俺も立ち上がり、その手を握り返す。
「今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ」
そうして俺は、多額の謝礼(ぐんしきん)とビジネスパートナーを手に入れたのだった。
一階のロビーに戻ると、テーブルをはさんでジャイルズとカードをやっていたカレーナがこちらに気がついた。
「あ、遅かったじゃん。謝礼は約束通りもらえたのか?」
言いながら彼女が持っていた最後のカードをテーブルに放ると、ジャイルズが頭を抱えて吠えた。
「ぐおおおお! また負けかよ! カレーナ、お前イカサマしてんじゃねーか?!」
「自分が弱いのを相手のせいにするのは感心しねーなあ。ま、仮にイカサマだとしても、それを見破れない奴はその時点で負けてるよ」
「ぁんだと、ゴルァ?!」
ニヤ、と笑うカレーナと、いきり立って凄むジャイルズ。
ジャイルズはこんなだが、根は意外と正直者だ。
王国騎士だった父親の影響だろうか。ズルを嫌い、真っ向勝負を好むところがある。
俺は二人のところへ歩いて行き、ジャイルズの肩をぽんぽん、と叩いた。
「まあまあ、落ち着けジャイルズ。お前の気持ちも分かるが、カレーナの言うことにも一理ある。正々堂々の一騎討ちもいいが、現実には相手が騙そうと罠を仕掛けてくることも多いからな。自分の『正しさ』を通したければ、相手の嘘やズルを見抜く目も必要だということさ」
ジャイルズが顔を顰める。
「……んなこたぁ分かってるよ。オヤジが身に覚えもないことで嵌められて騎士団から追い出されたの見てるからな。だけどさあ…………なんか腹立つじゃねーか!」
ドン、とテーブルを叩くジャイルズ。
向かいのカレーナはそれを見て目を細め、薄く笑った。
「なら精進しろよ。世の中、そんなに優しくねーからな」
「ああ、騙されて盗賊の片棒を担がされたりすることもあるしな」
俺が茶々を入れると、みるみるカレーナの顔が赤くなる。
「ちょ、おまっ、今それ言う?!」
ぶっ、と噴き出すジャイルズ。
俺は、パン、パン、と手を叩いた。
「はいはい、もうおしまいにして夕飯食いに行くぞ。タルタス卿から謝礼もらったからな。金は俺が出すから、何でも好きなもの食っていいぞ!」
「おおっ!!!」 「マジかよ!?」」
食いつく子分たち。
この宿にはいい感じのレストランが併設されている。
これも経験だ。そこで食べさせてやろう。
俺たちは宿に三部屋とってチェックインした後、食事に向かう。
その晩彼らは、初めて食べるご馳走をたらふく腹に詰め込み、ご満悦で部屋に戻って行ったのだった。
翌朝、俺たちはモックルの街を出発し、昼前にはペントの街に戻って来た。
道中現れた四匹の野犬(ワイルドドッグ)を、それぞれダメージを食らいながら殲滅しての帰還となったため、大事をとってその日は解散とする。
「お帰りなさいませ、坊ちゃん」
エチゴールの屋敷に戻ると、小柄な老執事がエントランスホールで出迎えてくれた。
「ただいま、じい。すまないけど、これをしかるべく預かってくれないか」
そう言ってミストリール金貨の詰まった二つの袋を渡す。
ジャラ、という音のする袋を受け取ったクロウニーは、一瞬驚いた後、微笑を浮かべた。
「どうやら、首尾は上々だったようですね」
「ああ。約束を遥かに超える額を謝礼として預かったよ。これをこれからどう有効に使うか、考えないといけないな」
後半は、ほとんど独り言だ。
クロウニーは二つの袋を丁寧に傍らのワゴンに載せると、俺に向き直り、胸元から一通の手紙を取り出した。
「昨日、坊ちゃんにお手紙が届いておりましたよ」
「手紙?」
差し出されたその手紙を受け取ると、少しだけ甘い香りが漂った。
「はい。婚約者のエステル様からでございます」
俺は狂喜乱舞した。
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